表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
同接0人、時間だけが味方だった。  作者: TimeBender


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

53/62

第53話 静まる方

4階は、環境が順番に答えを作る階だ。


昨夜、結人はノートを開いたまま、その言葉の並びを何度も見返していた。

•始点を取れ

•重さが移った方

•途中でできた形

•閉じる方

•寄り切る前

•抜ける方


かなり見えてきた。

かなり通ってきた。


根這い犬。

幹皮猿。

葉喰い蛾。

垂根蜘蛛。

吊根豹。

垂蔓鹿。

樹腹梟。

編み枝蟷。

結根猪。

寄蔓狐。

抜枝鹿。


4階の入口で必要な言葉は、かなり残り始めている。

少なくとも、入口から少し奥までなら、それでかなり足が揃う。


けれど、昨日の抜枝鹿を見返していて、結人は1つだけはっきりしないものが残った。


始点がある。

重さが移る。

途中に形ができる。

寄る。

抜ける。


そこまではいい。

でも、その全部を見てもなお、半歩だけ遅れる瞬間がある。


それは多分、全部が終わったあとに静まる方だ。


沈みが消える。

揺れが止まる。

たわみが戻る。

寄りがほどける。


その全部が一度通り過ぎたあと、

最後に「何も起きていないように見える場所」だけが残る。


4階のもう1段重い相手は、そこを通っている気がした。


結人は新しい付箋を1枚取って、短く書いた。

•静まる方


書いてから、少しだけ目を細める。


まだ確信ではない。

でも、今日見るべきものとしてはかなり近い気がした。


端末を開く。

配信タイトルを打つ。


灰石坑道の先 4階 / 静まる方を見る


配信開始。


「天城結人です。今日は4階で、環境の変化が全部通ったあとに静まる方を見ます。入口の言葉はかなり残ってきたので、その先を拾います」


同接は13。

多くはない。

でも、今はそれでいい。


コメント欄が流れる。


炭酸:きた


通り雨:今日は静まる方か


澪:お願いします


迷子の斥候:4階かなり深くなってきた


凪:動いた方だけ見るな。止んだ方も見ろ


結人は、その最後の1行に小さく頷いた。


「はい。今日はそこです。動いた方だけじゃなく、動き終わった方を見ます」



政府ギルド前の売店で、水と回復薬を買う。


回復薬を2本。

保存食を2つ。

塩飴を1袋。

ゼリーを1本。


今日はそれに加えて、湿気で端末画面に指が引っかかるのが少し気になって、薄い画面拭きを1つ買った。

4階に入ってから、こういう小さい不快さが前よりはっきり分かる。

岩の階層では無視できたものが、地下樹林ではそのまま半歩の遅れになる。


会計を待っていると、いつもの探索者が声をかけてきた。


「天城さん」


「はい」


「4階、入口の言葉はかなり残ってきてると思います」


結人は少しだけ目を上げる。


「はい」


「でも抜枝鹿、最後に抜けた方まで見えても、そのあと変に視線が余る感じありました」


かなりいい。

ちゃんとそこまで見えている。


「はい。今日はそこを見ます」


相手は頷いた。


「今日は後ろで、静まる方だけ見ます」


短い。

でも、その短さの方が今の4階には合っていた。


相良環は窓口の奥から、結人が近づく前に言った。


「今日は、動き終わった場所ですね」


「はい」


「今朝の報告にも少しだけあります。

『揺れを見た。寄る方も見た。抜ける方も見た。

でも、そのあと何もないところから来た』

という形です」


結人は小さく息を吐いた。


かなり近い。

かなり昨日の違和感に近い。


「ありがとうございます」


相良は端末を整えながら続ける。


「4階は、入口の言葉が残るほど、その先の“何もないように見える場所”が危なくなりますね」


かなりその通りだった。



入口前には、坂城迅、真壁遼真、三枝透がすでに揃っていた。


坂城は4階へ向かう探索者の足元を見ている。

真壁は大盾の下側を繊維床へ一度だけ押し当て、三枝は音のない空気の流れを読んでいるようだった。


結人が近づくと、坂城が短く言う。


「今日は静まる方だな」


「はい」


真壁が続ける。


「始点。

移った方。

途中の形。

寄り切る前。

抜ける方。

そこまでは見えた」


三枝も小さく言う。


「4階のもう1段重いやつは、その全部が終わったあとにできる“空白”を使ってる」


かなり良い。

かなり話が早い。


結人は頷いた。


「抜枝鹿がそうでした。

最後に抜けた方まで見えても、そのあとに少し視線が余ります。

今日は、その余った先を見ます」


坂城が即答する。


「本体は追わない」


真壁も頷く。


「入口の言葉は崩さない」


三枝が前を見たまま言った。


「環境が喋り切ったあと、どこが急に静かになるかを見る」


それで十分だった。


今日は後ろにつく探索者が5人。

昨日と同じ。

4階の入口の見方だけでなく、その先の見方まで少しずつ共有され始めている。



4階へ入る。


湿った空気が肌へ貼りつく。

白い根。

黒い幹。

沈む床。

返らない音。


結人はその場で配信へ向けて短く言った。


「4階は、本体より先に環境が答えを作る階です。

今日は、その答えが終わったあとに何が残るかを見ます」


コメント欄が流れる。


炭酸:かなり4階だ


通り雨:森っていうより罠の会話だな


澪:はい


凪:答えのあとを見ろ


かなりその通りだった。


最初に来たのは、根這い犬だった。


黒い幹の根元。

繊維床が少し沈む。

前にいた探索者が言う。


「白い筋じゃない、沈みの始点!」


坂城がそこへ剣を入れる。

根這い犬が逃げる。


ここはもうかなり土台だ。


幹皮猿も同じだった。


白い根が揺れる。

黒い幹が剥がれる。

前にいた探索者が言う。


「本体じゃない、剥がれた始点!」


真壁が盾を上げ、坂城が落下角度を切る。

幹皮猿が横へ流れる。


ここまでは、かなりそのままで通る。

4階の入口の言葉は、もう現場の声になり始めていた。



少し奥へ進む。


白い根がさらに密になり、黒い幹の間に薄い水たまりが増える。

湿りが強い。

足裏の返りがさらに鈍い。

4階の奥は、入口より明らかに重い。


最初に来た中位は抜枝鹿だった。


左が沈む。

右へ移る。

間が低く落ちる。

寄る。

そこから左へ抜ける。


前にいた探索者が、昨日までの言葉をかなり自然に出す。


「移った先じゃない!」

「……落ちた方!」

「抜ける左!」


かなり良い。

そこまではかなり残っている。


坂城がその抜け道へ剣を入れる。

抜枝鹿の脇腹がその直前を抜ける。

浅い。

だが、ここももうかなり早い。


入口の言葉。その先の言葉。

そこまでは場に残り始めている。


結人は配信へ向けて短く整理した。


「4階の入口からその先までは、かなり現場に残り始めています。

今の抜枝鹿でも、最後の“抜ける方”までは見えていました」


コメント欄が流れる。


炭酸:でかい


通り雨:ここまで残ると強いな


澪:かなり大きいです


そうだ。

今日はそこが大きい。



そこで、新しい重い気配が来た。


最初は、何も見えない。


ただ、左の根が沈む。

次に、右へ重さが移る。

間が少しだけ低く落ちる。

さらに閉じる。

寄る。

抜ける。


ここまでは、結根猪や抜枝鹿とかなり似ている。


だから前にいた探索者の目は、その“抜ける方”へ向いた。

結人も、そこまでは同じだと思った。


だが、その次の一拍。

抜ける方の根が、ふっと静かになった。


揺れもない。

沈みもない。

寄りもない。

さっきまで全部が集まっていたのに、そこだけが急に何も起きていないように見える。


結人の背中が冷たくなる。


そこだ。


4階のもう1段重い相手は、環境の変化を全部使い切ったあと、その変化が通り抜けた跡の静けさを本体の道にしている。


「抜けた方じゃない! 静まった奥です!」


前にいた探索者の目が、抜け道の少し先へ跳ねる。

真壁が盾を上げる。

坂城が、その静まった奥へ剣を差し込む。


その瞬間、黒い幹の影そのものが横へ滑った。


静枝狼。


狼に似ている。

だが肩が低く、胴が長い。

毛はなく、湿った黒樹皮をそのまま貼りつけたみたいな皮膚をしている。

背には白い細枝が何本も寝ていて、止まっていると幹の裂けた影にしか見えない。

目だけが暗い琥珀色で、動いた瞬間にだけ一拍遅れて光る。


実用的に言えば、

始点でも移った方でも、途中の形でも、抜ける方でもない。

その全部が通ったあとに“静まった場所”が、本当の走路になる。


4階のここまでの見方を、さらにもう1段だけ深くした相手だった。


坂城の剣が静まった奥へ入る。

静枝狼の肩を浅く裂く。

真壁の盾に前脚がかかり、そのまま横へ滑って黒い幹の裏へ消える。


かなり大きかった。

かなり4階らしかった。


配信へ向けて結人は短く整理した。


「今の新しい重い相手です。

4階の重い相手は、環境の変化を全部使ったあと、その変化が通り抜けて静まった場所を本体の道にしてきます」


コメント欄が一気に流れる。


炭酸:うわ


通り雨:静まる方か


澪:かなり大きいです


迷子の斥候:4階の重いやつきたな


凪:今日の言葉だ


今日の言葉。

かなり、その通りだった。



そこで終わらなかった。


静枝狼は1匹ではなかった。


少し奥の幹影で、もう1匹が来る。


左が沈む。

右へ移る。

間が落ちる。

寄る。

抜ける。


前にいた探索者が、一度はその抜ける方へ目を寄せる。

だがそこで、昨日から後ろについている探索者が先に叫んだ。


「抜けた先じゃない! 静まった方!」


かなり良かった。

かなり強い。


前にいた探索者の目が、その少し先へ戻る。

真壁が盾を少しだけ奥へ送る。

坂城が、その静まりの奥へ剣を差し込む。


静枝狼の胴が、その直前を横へ滑る。

だが、腹側を大きく裂いた。

静枝狼が幹影の中へ退く。


結人は、その一連を見ながら胸の奥が少し熱くなるのを感じていた。


もう、自分だけの言葉ではない。

4階の入口だけじゃなく、その先、そのさらに先、そのまた先まで、少しずつ場の声になり始めている。


三枝が低く言う。


「4階の重いやつには、“静まる方”でかなりまとまるな」


真壁も続ける。


「始点の反対側まで行って、最後に静まる場所か」


坂城が短く吐いた。


「かなり嫌だな」


かなりその通りだった。



今日は、それ以上進まなかった。


十分だったからだ。


4階の入口の言葉は残り始めた。

その次の言葉も見えてきた。

そして今、4階の重い相手に通る短い言葉まで立った。


結人は配信へ向けて短く整理する。


「今日はかなり大きいです」


少し呼吸を置く。


「4階の入口は“始点を取れ”です。

その先は“重さが移った方”です。

さらにその先は“途中でできた形”“寄り切る前”“抜ける方”です。

でも静枝狼みたいな重い相手は、その全部が終わったあとに静まる場所を使ってきます」


コメント欄が流れる。


炭酸:かなり分かってきた


通り雨:4階の重いやつだな


澪:かなり良いです


迷子の斥候:入口からここまで綺麗に繋がってる


凪:今日はそれでいい


そうだ。

今日はそれでいい。



政府ギルドへ戻ると、換金列にはまだ4階のここまで深い言葉は届いていない。

だが、入口の言葉はかなり残り始めている。


「始点を見ろって言ってた」

「4階は本体より周りなんだろ」

「音じゃなくて沈みなんだな」


相良環の窓口で袋を渡す。


今日は静枝狼の樹皮毛片。

どれも高くはない。

でも、4階の重い相手に通る言葉を持ち帰った感触はかなり大きい。


相良は樹皮毛片を見て言った。


「新しいですね」


「はい。4階の重い相手です」


「どういう嫌さでしたか」


結人は短く答える。


「始点でも移った方でも、途中の形でも、抜ける方でもありません。

その全部が通り抜けたあとに静まる場所が、本体の道でした」


相良の手が少しだけ止まる。


「……かなり地下樹林らしいですね」


「はい。

4階は、環境が答えを作る階です。

でも重い相手は、その答えが終わったあとに残る静けさを使ってきます。

“静まる方”がかなり合うと思います」


相良はすぐに打ち込む。


「かなり共有しやすいです」


その一言は、かなり重かった。


「窓口でも次には“始点を取れ”の先として残りそうです」


「はい」


結人も頷く。


「その前に、もう少し4階で通します」


相良は小さく頷いた。


「その方がいいと思います。

4階は入口の言葉が強いぶん、その先の短い言葉が1本立つだけでかなり奥まで行けそうなので」


かなりその通りだった。



帰り道、結人は普通の弁当と、小さいヨーグルト、それから薄手の替えタオルをもう1枚買った。


4階は湿気が手元にも首にも残る。

前より、そういう小さい遅れをそのままにしなくなってきている。

今は必要だと思えたら整える。


部屋へ戻る。


机の上に弁当、ヨーグルト、タオル、換金票、ノートを並べる。

前より、探索と生活がかなり自然に繋がっている。


ノートを開く。

•4階

•音が返らない

•床が沈む

•揺れが始まる

•入口

•始点を取れ

•その先

•重さが移った方

•途中でできた形

•少し重い相手

•寄り切る前

•抜ける方

•重い相手

•静まる方

•4階は、環境が作った答えのあとを本体が通る階


そこまで書いて、少しだけ止まる。


それから、最後に1行だけ足した。

•4階は、言葉が残るほど静けさが危なく見えてくる階だ


書いてから、結人はしばらくその文字を見ていた。


今日はかなり大きかった。

4階の入口の言葉が残り始めた。

その次の言葉も見えてきた。

そして今、4階の重い相手に通る短い言葉まで立った。


端末を見る。

コメント欄にも同じ熱が流れている。


4階かなり好きだわ


始点→移る方→形→抜ける方→静まる方、綺麗


次はこれをまとめた完成形が来そう


結人は、その最後の一言で少しだけ目を細めた。


そうだ。

次は、この見方をまとめたような、4階の完成形に近い相手が出てくるはずだった。


結人は端末を閉じる。


4階はまだ入口だ。

でも、入口の言葉が残り始めたなら、少しずつ奥へ行ける。


今日は、その奥へ行くための言葉が、また1本立った日だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ