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同接0人、時間だけが味方だった。  作者: TimeBender


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111/127

第111話 5のまま進んだ日

次の日、結人は昼前まで起き上がれなかった。


身体が重い。

肩も張っている。

目の奥も熱い。

10階の白と灰が、まだ頭の内側に薄く残っていた。


終路の簒奪者を倒したあとも、結人はすぐに「終わった」とは思えなかった。

10階は最後まで、今立っている場所が本当に残るのかを問い続ける階だった。


だから今日、こうして布団の中で天井を見ている時間が、逆に終わったことを少しずつ実感させていた。


かなり長かった。

かなり嫌だった。

でも、ちゃんと越えた。


結人はそこでようやく息を吐き、上体を起こした。


今日は潜らない。

休む日だ。

測る日だ。

それから、少しだけ生活が変わったことを確かめる日でもある。



顔を洗い、冷蔵庫を開ける。


前より中身がある。


卵。

ハム。

野菜。

ヨーグルト。

少しだけ良いスープ。

飲みやすいゼリー。

小分けのナッツ。


10階に入る前に、結人はバックパックを新調した。

上位回復薬も前提で持つようになった。

食べ物のラインナップも変えた。


その変化は、ダンジョンの中だけじゃない。

こういう朝にもちゃんと残っている。


フライパンに油を引く。

卵を落とす。

ハムを焼く。

トーストを 2枚。

スープも温める。


それだけなのに、前より“生活している”感じがあった。


前なら、勝った翌日ほど適当だった。

疲れているから。

金も気になるから。

だから、安い物を適当に腹へ入れて終わりにしていた。


今は違う。


ちゃんと食べる。

ちゃんと戻す。

その方が次に繋がると、もう分かっている。


かなり大きい変化だった。



食べ終わってから、結人は昨日持ち帰ったドロップを机の上へ並べた。


未完成の輪の破片。

灰と白が層になった薄い板。

白線の入った細い核。

それに、簒奪者の顔の中央にあった透明な細片。


どれもかなり嫌な形をしている。

だが、その嫌さがもう“終わった嫌さ”になっている。


結人はノートを開く。


* 10階勝利

* 終路の簒奪者

* 最後に残るはずの場所へ先に立つ主

* 取られたあとに残る外を見る

* 奪える場所を尽きさせた


そこまで書いてから、少しだけ手が止まる。


かなり長かった。

でも、言葉にすると短い。


それが少しだけ不思議だった。


結人はペンを置き、床に置いた新しいバックパックを見た。


前よりひと回り大きい。

でも、今の自分にはちょうどいい。


持てる量が増えた。

取り出しの順が整った。

そして 10階で、それがちゃんと役に立った。


数字じゃない。

でも、かなり大きい成長だと思えた。



昼過ぎ、政府ギルドへ向かう。


街の空気はいつも通りだ。

でも、結人の見え方は少し違った。


10階を通した。

それだけで景色が変わるわけじゃない。

空が広くなるわけでもない。

道が綺麗に見えるわけでもない。


でも、自分の歩き方だけが少し変わる。


焦って前へ行こうとする歩き方ではなくなってきている。

必要な時に進み、必要な時に休む。

その方が遠くまで届くと、もう身体の方も少し分かってきている。


途中、アウトドア用品店の前で一度だけ足を止める。

バックパックはもう買った。

今日は何も買わない。

でも、前より「いつか必要な物」を見ても苦しくならなくなっていた。


今の自分なら、そのうちちゃんと揃えられる。

そう思えるだけで、かなり違う。



政府ギルドへ入ると、入口近くの空気が少しだけ変わった。


売店の前にいた若い探索者が、結人を見て小さく会釈する。

別の 1人は、昨日一緒に 10階へ入っていた探索者だった。


「天城さん」


「はい」


「10階……本当に通したんですね」


かなり短い言葉だった。

でも、その短さの方が今は合っていた。


「はい。

かなり嫌でしたけど」


相手が少しだけ笑う。


「嫌だったのは、かなり分かります」


前なら、こういう会話は起きなかった。

名前を呼ばれることも少なかった。

でも今は違う。


有名になったというより、

“あの階を通した人”として見られるようになってきている。


それがかなり大きかった。



測定室の前で少しだけ待つ。


廊下の向こうから、職員同士の声が聞こえた。


「10階の記録、かなり整理されましたね」


「“見えた白は渡せ”と“寄った白を渡すな”が一番共有されてます」


「入口が通るだけでも大きいですよ」


全部、自分の言葉だった。


結人は壁にもたれたまま、少しだけ目を閉じた。


かなり不思議だ。


生き残るために短くした。

次に入る時に忘れないようにした。

ただそれだけのつもりだった。


でも今は、その言葉が別の探索者の動きになっている。


それはかなり重い。

かなり嬉しい。

そして、少しだけ怖くもある。


相良環が扉を開けた。


「どうぞ」



個室へ入る。


椅子に座る。

相良も向かいへ座る。

端末を開く。


「お疲れさまでした」


「ありがとうございます」


「身体の方は」


「かなり重いです。

でも、頭の方は前より静かです」


相良は小さく頷いた。


「10階を通したあとは、そうなる人が多いです。

考え続けていたものが、一度止まるので」


かなり、その通りだった。


「では、測定します」


短い静けさ。


派手な光も音もない。

でも、この時間はいつも少しだけ緊張する。


相良が端末から目を上げた。


「……レベルは、5のままです」


その言葉が、部屋の中で静かに落ちた。


結人は一度だけ目を瞬かせる。


「5のまま、ですか」


「はい」


相良は淡々と続ける。


「ただし、10階突破の記録としてはかなり強いです。

現場判断、共有、他者を通す判断、生還への寄与。

このあたりは明確に上がっています」


結人は小さく息を吐いた。


少しだけ悔しさがないわけじゃない。

10階を通した。

かなり長く潜った。

かなり積み上げた。


それでも、数字は 5 のまま。


でも、不思議と前みたいな虚しさはなかった。


今の自分は、もう“数字が上がらない=進んでいない”ではないと分かっている。


相良が少しだけ言い淀んでから続けた。


「……率直に言うと、少し妙です」


結人が目を上げる。


「妙、ですか」


「はい。

10階での伸び方に対して、数値の動きがかなり静かです。

もちろん測定としては 5 で間違いありません。

ただ、記録の伸び方と数値の出方にズレがあります」


かなり静かな言い方だった。

だが、その一言は深く残った。


「ズレ、ですか」


「はい。

今すぐ断定できる話ではありません。

ただ、天城さんだけ少し特殊な伸び方をしている可能性はあります」


相良はそれ以上は言わなかった。

結人も、それ以上は聞かなかった。


でも、その言葉はかなり残った。


数字が止まっている。

けれど、止まっていない何かがある。


その感覚は、結人自身の中にも前から少しだけあった。



個室を出ると、廊下の景色が少し違って見えた。


レベル 5。

据え置き。


だが、それで全部が否定される感じはなかった。

むしろ逆だった。


10階を通した。

それでも 5 のまま。

なら今の自分は、数字の外側でもう少し先へ行っているのかもしれない。


売店の前で、若い探索者がまた声をかけてくる。


「天城さん」


「はい」


「10階、まだ入口しか無理ですけど、前よりかなり足が揃います。

本当に助かってます」


結人は少しだけ考えてから答える。


「よかったです。

でも、10階は入口でも無理しない方がいいです」


相手は真顔で頷いた。


「はい。

でも前より、“どこを見ればいいか”があるだけでかなり違います」


それが、かなり嬉しかった。


数字じゃない。

火力でもない。

でも、自分の残したものが誰かの次の 1歩になっている。


それはこの物語にとって、かなり大きい。



帰り道、結人は少し遠回りしてスーパーへ寄った。


今日は 10階を通した日だ。

だから少しだけ、食べる物も良くする。


肉を買う。

野菜も少し多めに。

ヨーグルト。

スープ。

それに、前なら迷っていた少し良い惣菜も 1つ。


さらに、携行食も補充した。


しっとりしたパン。

小分けのナッツ。

肉系スティック。

塩味のクラッカー。

飲みやすいゼリー。


前より、買い物の中身がかなり変わってきている。


“安いから”より、

“今の階に必要だから” で選ぶ比率が増えている。


それがかなり大きかった。



部屋へ戻る。


新しいバックパックを床へ置く。

買ってきた物を机の上に並べる。


前より多い。

でも、前より整っている。


上位回復薬 2本。

通常回復薬 2本。

ナッツ。

しっとりしたパン。

肉系スティック。

クラッカー。

ゼリー。

飲み物。


それを見ているだけで、少しだけ落ち着く。


10階みたいな階では、強い武器があるだけでは足りない。

必要な物を必要な順番で持っていること。

それがかなり大きい。


そして今は、その準備を前よりちゃんと組めている。


結人は 1つずつバッグへ戻しながら、少しだけ思う。


前なら、ここまで揃えるのは苦しかった。

今は違う。


全部ではない。

でも、今の自分に必要なものを前提で揃えられる。


それだけで、次に潜る時の怖さが少し減る。



夕飯は、前より少しだけ良かった。


肉を焼く。

野菜を炒める。

味噌汁。

ごはん。

ヨーグルト。

それに、買ってきた惣菜も足す。


食べながら、結人はスマホでアーカイブを開く。


コメントがかなり増えていた。


10階おめでとう


言葉が全部つながったの良かった


“先に立たれても、その外は残る”が刺さった


この人、攻略の残し方が強い


レベルより評価が先に上がってる感じする


最後の 1行を見て、結人は少しだけ笑った。


自分でも、少しそう思う。


数字は 5 のままだ。

でも、それで止まっている感じはしない。


むしろ逆に、数字に出ていない何かが静かに積み上がっている感じがあった。


かなり不思議だ。

でも、嫌な感じじゃない。



夜、ノートを開く。


* レベル 5 のまま

* 10階突破

* 生活の変化

* 食べる物が少し良くなる

* 携行食の質が上がる

* 補給を前提で組める

* バックパックが今の階に合っている

* 周囲の変化

* 10階の言葉が通っている

* 名前を呼ばれる

* 助かったと言われる

* 測定で残ったこと

* 記録の伸び方と数値の出方にズレがある

* 止まっているようで、止まっていない何かがある


そこまで書いて、最後に 1行だけ足した。


* 上がらない時間にも意味があるのかもしれない


書き終えてから、結人はペンを置いた。


レベルは 5 のままだ。

でも、ちゃんと進んでいる。


10階を通した。

生活も少し変わった。

周囲の見方も変わった。

そして、自分の中にも数字だけでは測れない何かが少しずつ残っている。


今日は潜らない日だった。

でも、こういう日の方が、前へ進んだことはよく分かる。

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