表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
同接0人、時間だけが味方だった。  作者: TimeBender


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
110/125

第110話 奪える場所が尽きた時

今日は、10階を終わらせる日だ。


朝、結人はノートを開いた。

だが、もうほとんど読まない。


白い道は道じゃない。

分かれ目に立つな。

途切れた先が口だ。

輪の中に立つな。

輪の外で動け。

欠けた所に寄るな。

形の外で繋げ。

残る白は減る。

広い白は残らない。

残る白は 1人分。

見えた白は渡せ。

先の白は折れる。

灰はまだ残りだ。

灰の中で寄る場所を見ろ。

寄った白を渡すな。

最初の寄りは偽りだ。

2度目の寄りは待たされる。

待ち足は腐る。

消えた拍のあとで入れ。

戻る拍も偽りだ。


かなり多い。

でも、もう十分だ。


今日やることは 1つしかない。


主が先に取れる場所を、全部使い切らせる。


結人はノートを閉じた。



配信を始める。


終路深界圏 / 10階 決着


同接は 97。


「天城結人です。

今日は 10階を終わらせます。

主は最後に残る場所へ先に立ちます。

だから、その場所を全部使い切らせます」


コメント欄が流れる。


炭酸:きた


通り雨:決着だ


澪:お願いします


迷子の斥候:全部回収して勝ってくれ


凪:奪える場所が尽きた時、主はただ遅れる


結人は、その 1行に小さく頷いた。


「はい。今日はそこです」



入口前には、坂城迅、真壁遼真、三枝透。

後ろにつく探索者はいない。


真壁が低く言う。


「終わらせるか」


「はい」


坂城も短く続ける。


「取られる前を見るな。

取られたあとを見ろ」


三枝が静かに言う。


「主戦の理屈はもう十分です。

残る場所を減らし続ければ、主の立てる場所も尽きます」


かなり、その通りだった。


結人は短く返す。


「今日は新しいことはしません。

今までの全部を、そのまま最後までやります」



10階の奥。


未完成の線。

閉じきらない輪。

途中で切れた帯。

戻りきらない白。

寄りきらない灰。

その全部の中心に、終路の簒奪者が立っていた。


高い。

細い。

白線みたいな顔。

肩に浮く未完成の黒い弧。

そして、こちらが次に取るはずだった場所へ、先に立つという圧。


かなり嫌だ。

だが、今日はもう怖さの種類が違った。


分からない怖さじゃない。

終わらせるための怖さだ。



最初に来たのは、左手前の待ち足だった。


次に右奥の寄り。

その外に細い白。

全部、今まで見てきた形だ。


簒奪者がそこへ 1歩入る。


左手前が抜ける。

右奥が薄れる。

白が折れる。


そして、その右下にだけ細い残りが出る。


「右下!」


結人が言う。


真壁が即座に盾を差し込む。

坂城の剣が肩を裂く。

結人の槍が脇腹へ入る。


浅い。

だが通る。


簒奪者が一度だけ後ろへ引く。


その引き方で、もう分かる。


まだ立てる。

でも、前より選び方が狭い。



次は、灰の面が広がる。


1度目の寄りは左手前。

切る。

2度目は右奥。

だが待たされる。


左手前の外で待つ。

腐白蟇が腹を広げる。

消拍蛾が 1拍消す。

戻る。

偽拍鷺が抜く。

そのあとに持つ拍。


ここまで来ると、動きはもう短い。


「切る」

「待つ」

「まだ」

「今」


その 4つで足りた。


真壁が待ち足を“置くだけ”で取る。

坂城は動かない。

三枝が後ろへ拍を渡すみたいに小さく言う。


「今」


その一言で、全員の身体が揃う。


かなりいい。


そして 2度目の寄りが戻る。


だがその最初を、簒奪者が先に取る。


右奥へ、すでに立っている。


かなり悪い。


だが、もうそこは見ない。


「右奥は終わってます!」


結人が声を張る。


「その外、左外!」


真壁が盾を返す。

簒奪者の膝を外側から押す。

坂城の剣が肘を裂く。

結人の槍が胴の中央へ入る。


今度は深い。


白線みたいな顔の中央に入った細い線が、少しだけ崩れた。


かなり通っている。



コメント欄が一気に流れる。


炭酸:うお


通り雨:取られたあとを見てる


澪:かなり綺麗です


迷子の斥候:ここまでの全部がいる


凪:主が奪うたび、その外は減る。でも消えない


かなり、その通りだった。



簒奪者はここで変えた。


今までは“残る場所へ立つ”だった。

ここからは、“残る場所を立ちながら消す”へ変わる。


左に寄る。

右を抜く。

中央を待たせる。

外縁を腐らせる。


全部、同時だ。


かなり悪い。

かなり、主らしい。


だが結人は、ここで初めて少しだけ確信した。


もう、主の方が苦しい。


残る場所を奪うには、残る場所が必要だ。

だが、こちらが理屈でそれを削り続けるほど、簒奪者の立てる場所も減る。


それが今、はっきり見えていた。


簒奪者が左へ寄る。

左を奪う。

その直後、右の外縁が細く残る。


そこへ真壁が入る。

盾。

坂城の剣。

結人の槍。


簒奪者が右へ逃げる。

右を奪う。

その直後、手前中央に灰の薄い縁が戻る。


そこへまた入る。


かなり通る。

かなり、主の動きが読める。


主の方が、残る場所に縛られ始めていた。



三枝が低く言う。


「結人、左です」


「はい」


「次に取るのは左奥。

でもその外の柱際が細く残ります」


かなりいい。


結人も同じだった。


「左奥、切ります!」


真壁が動かない。

その直後、やはり簒奪者が左奥へ立つ。

そこを中心に白が抜ける。


「柱際!」


真壁が盾をねじ込む。

坂城の剣が胸元を裂く。

結人の槍が白線の顔の少し下へ入る。


かなり深い。


簒奪者の身体が一度、大きく揺れた。


肩に浮いていた未完成の輪が、片側だけ砕ける。

床に落ちた黒い弧は、そのまま未完成の線になって崩れた。


かなり大きい。



「通ってます!」


結人が声を張る。


「主が取る場所、減ってます!」


真壁が低く笑う。


「ようやく追い詰めてる感じがするな」


坂城も短く続けた。


「遅れ始めた」


かなり、その通りだった。


簒奪者は、今までずっと先に立っていた。

でも今は違う。

奪う前に、こちらが“その外”を見ている。


それはもう、主が半拍遅れているのと同じだった。



簒奪者が後ろへ退く。


今度は、何もない白い床の中央に細い白が立つ。

待ち足もない。

寄りもない。

ただ、1本だけ立つ。


かなり嫌だ。


だが、その“何もなさ”が逆に分かった。


ここは、今までの理屈のどれか 1つじゃない。

全部をまとめた最後の 1本だ。


簒奪者がそこへ立つ。

だが、立った瞬間に分かる。


その 1本へ乗ったことで、こいつの逃げ先もまた 1つ減った。


「真ん中じゃないです!」


結人が言う。


「そこを取ったあと、右下!」


真壁が盾を低く返す。

簒奪者がその上から踏み込もうとする。

だが、その右下のほんの細い外縁へ、坂城の剣が先に届く。


位置を切った。


かなりいい。


結人も、そこへ槍を突き込む。


今度は、今までで一番深かった。


白線の顔の中央に入った縦の線が、ぱきりと音を立てて割れる。


簒奪者が初めて、はっきりと崩れた。



コメント欄が流れる。


炭酸:入った


通り雨:いける


澪:お願いします


迷子の斥候:終わる形だ


凪:奪える場所が尽きる


かなり、その通りだった。



ここからは、ほとんど一気だった。


簒奪者はまだ立とうとする。

だが立てる場所がない。


左へ寄れば、その外が読まれる。

右へ立てば、柱際が残る。

待ち足を使えば腐る。

戻る拍を使えば切られる。

寄りを偽れば、2度目を見られる。

奪えば、その外が残る。


ここまでの全部が、主の選択肢を削っていく。


かなり綺麗だった。

かなり、ここまで積み上げた意味があった。


「左外!」

「切る!」

「まだ!」

「今!」


もうそれだけで足りた。


真壁が受ける。

坂城が裂く。

三枝が後ろから拍を渡す。

結人が、終わる形だけを見る。


簒奪者が最後に選んだのは、灰の面の右上だった。

1度目の寄りでもない。

2度目の寄りでもない。

そのさらに遅れた、主自身が“まだ取れる”と思った最後の位置。


だが、そこにももう残りはなかった。


残ったのは、その外の、ほんの細い 1本だけだった。


かなり細い。

かなり短い。

でも、持つ。


「そこです!」


結人が叫ぶ。


真壁が盾を差し込む。

簒奪者の身体が少し浮く。

坂城の剣が白線の顔を横へ断つ。

結人の槍が、割れた中央へまっすぐ入る。


その瞬間、10階に残っていた未完成の線と輪と帯と灰が、一斉に揺れた。


白が走る。

黒が崩れる。

灰が剥がれる。


終路の簒奪者は、その場で細く、長く崩れた。


最後まで“人が立つべき場所”を奪いながら、

最後はもう自分の立つ場所を失って、床へ沈んだ。


動かない。


終わった。



しばらく、誰も何も言わなかった。


10階の白い空間は、前より少しだけ静かだった。

いや、本当は同じなのかもしれない。

ただ、ずっとそこにあった“先に取られる感じ”だけが消えていた。


真壁が最初に息を吐く。


「……終わったな」


坂城も短く言う。


「立てなくした」


三枝が静かに続ける。


「10階の勝ち方でしたね」


かなり、その通りだった。


強さで押し切ったんじゃない。

火力で消したんでもない。


主に先に取られる場所を、先に尽きさせた。


それが 10階の勝ち方だった。



結人は配信へ向けて、息を整えながら言う。


「10階、終わりました。

主は終路の簒奪者。

最後に残るはずの場所へ先に立つ相手でした。

でも、ここまでの理屈で残る場所を絞り続けると、主が奪える場所も減ります。

最後は、それを尽きさせました」


コメント欄が止まらない。


炭酸:勝った


通り雨:うおおおお


澪:おめでとうございます!


迷子の斥候:全部つながった


凪:先に立たれても、その外は残る。お前はそこを最後まで見た


かなり、その通りだった。


結人は大きく息を吐いた。


かなり疲れている。

かなり目も熱い。

でも、立っている。


通した。



ドロップは、今まででいちばん嫌だった。


未完成の輪の破片。

白線の入った細い核。

灰と白が層になった薄い板。

それに、簒奪者の顔の中央に入っていた縦の線だけが、細い透明片になって残っていた。


どれも、“最後に残るはずだったものを奪う力”の欠片みたいに見える。


結人はそれを見ながら、少しだけ思った。


10階は、かなり嫌な階だった。

でも、かなりこの作品らしい階でもあった。


残るもの。

遅れるもの。

最後に拾うもの。


その全部が、ここにあった。



政府ギルドへ戻ると、空気が変わった。


入口近くにいた職員が足を止める。

売店の店員が、遠くから一度だけこちらを見る。

それだけで充分だった。


相良環は立って待っていた。


「……本当に通しましたね」


「はい」


結人は、細い透明片の入ったケースをそのままカウンターへ置く。


相良はそれを見て、小さく息をついた。


「終路の簒奪者です」


「はい」


「どういう相手でしたか」


結人は短く答える。


「最後に残るはずの場所へ、先に立つ相手でした。

だから、残るものを読むだけじゃ足りません。

取られたあとにまだ残る外を見ます。

それを続けると、最後は主の立てる場所も尽きます」


相良は静かに打ち込む。


「……綺麗です」


その一言が、かなり深く入った。



部屋へ戻り、ノートを開く。


* 終路の簒奪者

* 最後に残るはずの場所へ先に立つ

* だが、理屈で絞るほど奪える場所も減る

* 10階の勝ち方

* 残るものを読む

* 取られたあとに残る外を見る

* 主が奪える場所を尽きさせる


最後に、1行だけ足した。


* 10階は、先に取られても、その外を最後まで見た者が勝つ階


書いてから、結人はペンを置いた。


かなり長かった。

かなり嫌だった。

でも、ちゃんと終わった。


次は、休む。

測る。

少しだけ生活がまた変わる。


そして、その先へ行く。


今日は、そういう日だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ