第106話 戻る拍も偽りだ
10階へ入るのは、14日目だった。
ここまでで拾えた言葉は、もうかなり増えている。
* 白い道は道じゃない
* 分かれ目に立つな
* 途切れた先が口だ
* 輪の中に立つな
* 輪の外で動け
* 欠けた所に寄るな
* 形の外で繋げ
* 残る白は減る
* 広い白は残らない
* 残る白は 1人分
* 見えた白は渡せ
* 先の白は折れる
* 灰はまだ残りだ
* 灰の中で寄る場所を見ろ
* 寄った白を渡すな
* 最初の寄りは偽りだ
* 2度目の寄りは待たされる
* 待ち足は腐る
* 消えた拍のあとで入れ
かなり見えてきた。
かなり通ってきた。
でも、昨日の最後に残った嫌さは、まだ 1本足りなかった。
待ち足が 1拍だけ消える。
だから、そのあとに戻る拍で入る。
そこまでは見えた。
なら次に来るのは、たぶんこれだ。
戻ったように見える拍そのものが偽物。
結人は朝、ノートの余白へ短く書いた。
* 戻る拍も偽りだ
書いてから、少しだけ目を細める。
かなり近い。
かなり、今日の 10階に合っている気がした。
⸻
配信を始める。
終路深界圏 / 10階 戻る拍
「天城結人です。
今日は 10階で、消えた拍のあとに戻る白を見ます。
入口の言葉はかなり残ってきたので、その先を拾います」
同接は 89。
コメント欄が流れる。
炭酸:きた
通り雨:今日は戻る拍か
澪:お願いします
迷子の斥候:かなり嫌な予感する
凪:消えたあとに戻るから本物とは限らない
結人は、その最後の 1行に小さく頷いた。
「はい。今日はそこです」
⸻
政府ギルド前の売店で、水を 2本、回復薬を 2本、塩飴を 1袋、ゼリーを 2本。
それにスポーツドリンクを 1本。
目薬も 1本。
新しいバックパックは、もうかなり身体の一部になっていた。
上位回復薬。
通常回復薬。
ゼリー。
飲み物。
目薬。
全部、止まらず触れる位置にある。
10階では、それがかなり大きい。
止まって探す時間が、そのまま白を減らすからだ。
会計を待っていると、後ろで探索者が小さく言った。
「消えたあとに戻るなら、もうそこしかないって思うよな」
かなり、その通りだった。
相良環の窓口へ向かう。
「今日は、戻る拍そのものですね」
「はい」
相良は端末を見ながら言った。
「今朝の報告でもあります。
『消えた 1拍を切った。
戻った拍に入った。
でも、その白が荷重の瞬間だけ抜けて落ちた』
この形です」
結人は小さく息を吐いた。
やはりそうだ。
戻る拍で入る。
そこまでは昨日見えた。
でも、戻ったように見えるだけなら、まだ終わっていない。
「ありがとうございます」
相良は小さく頷く。
「10階、最後に残る正解へ入る拍すら、視認だけでは足りなくなっていますね」
かなり、その通りだった。
⸻
入口前には、坂城迅、真壁遼真、三枝透。
その後ろに、今日は探索者が 6人。
坂城が短く言う。
「今日は戻りだな」
「はい」
真壁が続ける。
「待ち足は腐る。
消えた拍のあとで入る。
そこまでは見えた」
三枝も小さく言う。
「10階の次は、その戻った拍が本当に支えるかですね。
見えて戻っても、踏んだ瞬間に抜けるなら意味がありません」
かなり良い。
かなり話が早い。
結人は頷いた。
「昨日は“消えた拍のあとで入れ”まで見えました。
今日は、その戻りが本物かどうかを見ます」
坂城が即答する。
「見えただけで入らない」
真壁も頷く。
「支える拍を見たいな」
三枝が前を見たまま言った。
「戻る拍と、持つ拍は別かもしれません」
かなり、その通りだった。
⸻
10階へ入る。
白い空間。
黒い線。
遠さの狂った広さ。
入口の言葉は、もうかなり速い。
太い線。
縁を見る。
線蛇が裂ける。
分かれ目。
立たない。
岐路蜘蛛が浮く。
途切れた先。
見る。
終端蟷が開く。
輪。
入らない。
環路羊が首を上げる。
帯。
継ぎ目を見る。
渡輪鹿が裂ける。
欠けた輪。
寄らない。
欠輪鹿が飛ぶ。
白い余白。
広い方を捨てる。
細い白を 1人分ずつ渡す。
白削鼬。
奪白猿。
折路鷺。
灰の帯。
灰の面。
灰寄蟲。
寄白犬。
初寄狐。
遅寄鷺。
腐白蟇。
消拍蛾。
そこまでは、かなり場に残っていた。
探索者たちも、もう見えた拍にすぐ足を出さない。
消えたあとを切る。
そこまでは揃ってきている。
かなり大きい変化だった。
⸻
少し奥へ進む。
昨日と似た灰の面があった。
1度目の寄りは右手前。
切る。
2度目の寄りは左奥。
待たされる。
左手前の待ち足を取る。
消拍蛾が 1拍消す。
ここまでは、かなり見えている。
結人はそこで足を止めた。
「左手前、待ち足あります」
三枝もすぐに言う。
「はい。
一度消えます」
真壁が低く続ける。
「そのあと戻る」
坂城も短く言った。
「そこだな」
かなり、その通りだった。
次の瞬間、消拍蛾が翅を震わせる。
左手前の白が 1拍だけ消える。
そのあと、細く戻る。
ここまでは昨日と同じだ。
だが、結人の喉が少しだけ冷えた。
戻った白の縁に、何かがいた。
鳥に似ていた。
だが、遅寄鷺より小さい。
脚は長いが軽い。
胴は薄い。
羽は半透明で、内側だけがうっすら白く見える。
首は短め。
嘴は細く、先端だけが黒い。
止まっている時は、戻った白の縁に残る“白い錯覚”そのものにしか見えない。
偽拍鷺。
消えた拍のあとに戻ったように見える白へだけ降り、荷重の瞬間にその白を抜く 10階の中位種。
こいつは白を長く消さない。
ただ、“戻ったように見えた最初の 1拍”だけを偽物にする。
実用的に言えば、
10階では、戻る拍も偽りだ。
消拍蛾のあとに見えた最初の戻りは、偽拍鷺が抜くことがある。
入るなら、戻った拍を 1つ見送って、その次に持つ拍で入る。
かなり嫌だ。
かなり、今日の 10階そのものだった。
⸻
「まだです!」
結人が叫ぶ。
その瞬間、後ろの探索者の 1人が左手前へ足を出しかける。
かなり自然な動きだった。
消えた拍は切った。
戻った。
なら今だと思うのが普通だ。
だが次の瞬間、偽拍鷺の黒い嘴が白の縁を突いた。
左手前の白が、見えているのに支えを失う。
白そのものは消えない。
でも、そこへ入る拍だけが抜けた。
かなり危なかった。
もし今、踏み込んでいたら、そのまま灰へ沈んでいた。
真壁が低く言う。
「見えてるのに抜けるのか」
「はい!」
結人も短く返した。
「戻った 1拍目は切ります!」
三枝がすぐに後ろへ渡す。
「消えたあと、戻ってもすぐ入りません!
1つ見送ってください!」
かなりいい。
かなり大きい。
10階はここまで来ると、
消える。
戻る。
でもまだ偽り。
その先の、“持つ拍”まで必要になる。
⸻
結人は左手前の待ち足を見る。
消えた。
戻った。
今、偽拍鷺がいる。
だからここはまだ切る。
その一拍あと。
偽拍鷺が首を上げる。
白の縁から影が薄く外れる。
その次の瞬間、左手前の白が今度はわずかに沈まず、均一に戻る。
そこだ。
「今です!」
真壁がその拍で入る。
足を置く。
体重を預けない。
かなりいい。
その直後、遅寄鷺が左奥の本物の寄りを遅らせる。
腐白蟇が待ち足の外側を濁らせる。
かなり嫌だ。
でも、真壁はもう待機しない。
置いて、次へ出る拍だけを見る。
そしてその一拍あと、左奥の本物の白が均一に戻る。
「今です!」
結人が言う。
真壁が入る。
坂城。
三枝。
探索者たち。
かなりギリギリだが、通る。
かなり大きい。
消えた拍のあとで入る。
でも、その戻りも 1拍目は切る。
2拍目で持つ。
かなり嫌だ。
でもかなり綺麗でもある。
⸻
結人は配信へ向けて短く言う。
「10階、消えた拍のあとに戻っても、その最初の戻りは偽物のことがあります。
今のところ、“戻る拍も偽りだ”です。
戻った 1拍目を切って、その次の持つ拍で入ります」
コメント欄が一気に流れる。
炭酸:なるほど
通り雨:そこまでやるのか
澪:かなり嫌です
迷子の斥候:消える→戻る→まだ偽り、か
凪:戻る拍も偽りだ
かなりいい。
短い。
強い。
そして、今日の違和感をそのまま言っていた。
結人はその言葉を胸の中で転がした。
戻る拍も偽りだ。
かなり、その通りだった。
⸻
そこで終わらなかった。
次の灰の面では、待ち足が右手前に出る。
消拍蛾が 1拍消す。
戻る。
ここまでは同じだ。
だが、今度は偽拍鷺が 2羽いた。
かなり悪い。
1羽目が 1拍目を抜く。
2羽目がその次を抜く。
つまり、戻ったあともすぐには持たない。
結人はそこで喉が少しだけ冷えるのを感じた。
「……2羽です」
三枝もすぐに言う。
「はい。
戻りを 2回切ります」
真壁が低く続ける。
「じゃあ 3拍目か」
坂城も短く言った。
「数える」
かなり、その通りだった。
次の瞬間、白が戻る。
1拍目。
切る。
次。
2拍目。
偽拍鷺がもう 1度嘴を入れる。
切る。
その次。
白の縁がようやく均一に戻る。
「今!」
結人が短く言う。
真壁がその拍で入る。
かなり危なかった。
でも、かなり大きい。
戻りの拍数まで見る。
そこまで来ると、もう 10階は“道”の階というより、“残る拍”の階に近かった。
坂城が低く言う。
「ここまで来ると、白じゃなく拍だな」
真壁も短く笑う。
「嫌な階だ」
三枝が小さく続けた。
「でも、かなり綺麗です」
かなり、その通りだった。
⸻
結人は配信へ向けて短く整理する。
「10階、消えた拍のあとに戻っても、その戻りが 1回で持つとは限りません。
今のところ、“消えた拍のあとで入れ”に加えて、“戻る拍も偽りだ”がかなり強いです」
コメント欄が流れる。
炭酸:かなり大きい
通り雨:嫌さが綺麗だな
澪:かなり強いです
迷子の斥候:場所、時間、拍、拍数まで来たか
凪:最後に残る正解は、見えるかどうかじゃない。持つかどうかだ
かなり、その通りだった。
⸻
今日はそれ以上深追いしなかった。
入口の 4本。
その先の“輪の外で動け”“欠けた所に寄るな”。
そして“形の外で繋げ”“残る白は減る”“広い白は残らない”“残る白は 1人分”“見えた白は渡せ”“先の白は折れる”“灰はまだ残りだ”“灰の中で寄る場所を見ろ”“寄った白を渡すな”“最初の寄りは偽りだ”“2度目の寄りは待たされる”“待ち足は腐る”“消えた拍のあとで入れ”。
そこへ今、“戻る拍も偽りだ”まで見えた。
ここまで見えたなら十分だ。
結人は配信へ向けて短く整理する。
「今日はここまでにします。
10階は、最後に残る場所だけじゃなく、待つ足場の拍も、戻る拍も、そのままは信用できません。
今のところ、“消えた拍のあとで入れ”と“戻る拍も偽りだ”がかなり強いです」
コメント欄が流れる。
炭酸:かなり見えた
通り雨:主戦前の理屈完成してきたな
澪:かなり大きいです
迷子の斥候:10階の嫌さすごい
凪:次は、その持つ拍そのものを削るやつが来る
結人は、その最後の 1行で少しだけ目を細めた。
かなり、その通りかもしれない。
次はたぶん、持つ拍そのものを削る。
そこまで来ると、10階の主がかなり近い。
⸻
政府ギルドへ戻ると、相良環はすぐにメモを開いた。
「どうでしたか」
結人は答える。
「消えた拍のあとに戻っても、その最初の戻りは偽物のことがあります。
鳥型が荷重の瞬間に白を抜きます。
だから、戻った拍もそのまま入らず、持つ拍まで見ます」
相良の指が止まる。
「……かなり大きいですね」
「はい。
今のところ、“消えた拍のあとで入れ”と“戻る拍も偽りだ”でかなり通ります」
相良はすぐに打ち込む。
「かなり綺麗です」
その一言が、かなり嬉しかった。
「10階、最後に残る正解へ入るまでの拍が、さらに細かくなっています」
相良は小さく頷く。
「終路深界圏らしいです。
“最後に残る位置が使える 1拍”から、“その 1拍が本当に持つか”まで入ってきましたね」
かなり、その通りだった。
⸻
部屋へ戻り、ノートを開く。
* 10階
* 入口の 4本はかなり通る
* 輪の外を繋ぐ帯
* 欠けた輪
* 形の外の白い余白
* 灰の帯
* 灰の面
* 1度目の寄り
* 2度目の寄り
* 待つ 1歩
* 待つ拍
* 消える拍
* 戻る拍
* 持つ拍
* 4本
* 白い道は道じゃない
* 分かれ目に立つな
* 途切れた先が口だ
* 輪の中に立つな
* 次の言葉
* 輪の外で動け
* 欠けた所に寄るな
* 形の外で繋げ
* 残る白は減る
* 広い白は残らない
* 残る白は 1人分
* 見えた白は渡せ
* 先の白は折れる
* 灰はまだ残りだ
* 灰の中で寄る場所を見ろ
* 寄った白を渡すな
* 最初の寄りは偽りだ
* 2度目の寄りは待たされる
* 待ち足は腐る
* 消えた拍のあとで入れ
* 戻る拍も偽りだ
* 偽拍鷺
* 戻った拍の 1拍目を抜く
* 見えても持たない
* 持つ拍で入る
最後に、1行だけ足した。
* 10階は、“最後に残る正解へ入る 1拍”すら 1度では本物じゃない階
書き終えてから、結人はペンを置いた。
かなり嫌だ。
でも、かなり進んでいる。
危ない形を避ける。
白を繋ぐ。
白が減る。
広い白が消える。
細い白が 1人分残る。
見えた白を渡す。
先の白は折れる。
灰の下にも残りがある。
灰の面では最後の白がどこへ寄るかを見る。
寄った白はそのまま渡さない。
最初の寄りは偽り。
2度目の寄りは待たされる。
待ち足は腐る。
消えた拍のあとで入る。
戻る拍も偽りだ。
ここまで見えたなら、10階はかなり深い所まで形になり始めている。
今日は、そのことがかなりはっきりした日だった。




