第101話 寄った白を渡すな
10階へ入るのは、9日目だった。
ここまでで拾えた言葉は、もうかなり増えている。
* 白い道は道じゃない
* 分かれ目に立つな
* 途切れた先が口だ
* 輪の中に立つな
* 輪の外で動け
* 欠けた所に寄るな
* 形の外で繋げ
* 残る白は減る
* 広い白は残らない
* 残る白は 1人分
* 見えた白は渡せ
* 先の白は折れる
* 灰はまだ残りだ
* 灰の中で寄る場所を見ろ
かなり見えてきた。
かなり通ってきた。
でも、昨日の最後に見えた気配は、まだ 1本足りなかった。
灰の面の中で、最後の白がどこへ寄るか。
そこまでは見えた。
けれど、その“寄った白”が、そのまま使えるとはまだ誰も言っていない。
結人は朝、ノートの余白へ短く書いた。
* 寄った白を渡すな
書いてから、少しだけ目を細める。
かなり近い。
かなり、今日の10階に合っている気がした。
⸻
配信を始める。
終路深界圏 / 10階 寄った白
「天城結人です。
今日は 10階で、灰の面のその先を見ます。
灰の中で最後の白がどこへ寄るかは見えました。
その先を拾います」
同接は 83。
コメント欄が流れる。
炭酸:きた
通り雨:今日は寄った白か
澪:お願いします
迷子の斥候:灰の面の続きだな
凪:寄った白が残ると思うな
結人は、その最後の 1行に小さく頷いた。
「はい。今日はそこです」
⸻
政府ギルド前の売店で、水を 2本、回復薬を 2本、塩飴を 1袋、ゼリーを 2本。
それにスポーツドリンクを 1本。
目薬も 1本。
新しいバックパックは、もうかなり身体の一部になっていた。
上位回復薬。
通常回復薬。
ゼリー。
飲み物。
目薬。
全部、止まらず触れる位置にある。
10階では、それがかなり大きい。
止まって探す時間が、そのまま白を減らすからだ。
会計を待っていると、後ろで探索者が小さく言った。
「灰の面で寄る場所が見えても、そこに全員で寄ったら終わりそうなんだよな」
かなり、その通りだった。
相良環の窓口へ向かう。
「今日は、寄った白の次ですね」
「はい」
相良は端末を見ながら言った。
「今朝の報告でもあります。
『灰の面で寄る場所は見えた。
でも、その寄った白に全員で乗ろうとして、そのまま崩れた』
この形です」
結人は小さく息を吐いた。
やはりそうだ。
灰の面で最後に残る白が見えても、それを“確保できた安全地帯”だと思った瞬間に、たぶん取られる。
「ありがとうございます」
相良は小さく頷く。
「10階、最後に寄った白も“使う順番”や“渡し方”まで必要になってきていますね」
かなり、その通りだった。
⸻
入口前には、坂城迅、真壁遼真、三枝透。
その後ろに、今日は探索者が 6人。
坂城が短く言う。
「今日は寄った白だな」
「はい」
真壁が続ける。
「帯の灰は戻る。
面の灰は寄る。
そこまでは見えた」
三枝も小さく言う。
「10階の次は、その寄った白をどう使うかですね。
寄った時点で完成だと思うと危ない気がします」
かなり良い。
かなり話が早い。
結人は頷いた。
「昨日は“灰の中で寄る場所を見ろ”まで見えました。
今日は、その寄った白がそのまま残るのかを見ます」
坂城が即答する。
「残らない方が 10階らしい」
真壁も頷く。
「寄った所に人が集まったら、それを刈りに来る」
三枝が前を見たまま言った。
「たぶん“寄る”と“渡す”がまた分かれます」
かなり、その通りだった。
⸻
10階へ入る。
白い空間。
黒い線。
遠さの狂った広さ。
入口の言葉は、もうかなり速い。
太い線。
縁を見る。
線蛇が裂ける。
分かれ目。
立たない。
岐路蜘蛛が浮く。
途切れた先。
見る。
終端蟷が開く。
輪。
入らない。
環路羊が首を上げる。
帯。
継ぎ目を見る。
渡輪鹿が裂ける。
欠けた輪。
寄らない。
欠輪鹿が飛ぶ。
白い余白。
広い方を捨てる。
細い白を 1人分ずつ渡す。
白削鼬。
奪白猿。
折路鷺。
灰の帯。
灰の面。
そこまでは、かなり場に残っていた。
探索者たちも、今はもう“白か黒か”だけで動かない。
白の幅。
白の減り方。
灰の揺れ。
寄る方向。
そこまで目を使っている。
かなり大きい変化だった。
⸻
少し奥へ進む。
昨日見た灰の面が、今日もそこにあった。
広い。
中心は薄い。
だが均一ではない。
面の下で、何かがうねり、白が左下へ寄る。
灰寄蟲だ。
昨日と同じ。
だが今日は、その先を見る。
「左下です」
結人が言う。
真壁がその寄り先へ足を置く。
坂城。
三枝。
そのあとに探索者たちが続こうとした、その瞬間だった。
左下へ寄った細い白の縁に、黒い影が 2つ滑った。
犬に似ていた。
だが、狼や犬ほど大きくはない。
体は細く長い。
脚は低い。
鼻先だけがやけに尖っている。
背中には灰色の斑が流れ、その斑は灰の面の寄り先そのものと同じ形に見えた。
耳は小さく、尾は短い。
止まっている時は、灰の中で“最後に残った白の縁”そのものに見える。
寄白犬。
灰の面で最後に白が寄った場所にだけ現れ、そこへ集まる足を横から刈る10階の中位種。
こいつは灰の面全体を使わない。
あくまで、最後に残った細い白の“縁”だけを走る。
つまり、寄った白が見えた時点ではまだ遅い。
そこへ人が集まる前に、誰がどう入るかが必要になる。
実用的に言えば、
10階では、寄った白は完成じゃない。
寄白犬は“最後に残った場所”そのものを狩り場にする。
寄った白を全員で取りに行かない。
1人分ずつ、外から差し込む。
かなり嫌だ。
かなり、10階らしい。
⸻
「寄った白、縁が危ないです!」
結人が叫ぶ。
その瞬間、最後尾の探索者の 1人が、寄った白へそのまま真っすぐ入ろうとする。
かなり自然な動きだった。
だが、その直後、寄白犬の鼻先がそこを切った。
かなり危なかった。
真壁が盾を左へ返す。
寄白犬の体が弾かれる。
坂城の剣がその脇腹を裂く。
結人も槍を差し込む。
かなりいい。
だが、もう 1匹いる。
三枝が低く言う。
「結人、白の入口!」
その通りだ。
今、見るべきは寄白犬だけじゃない。
寄った白へどう入るかだ。
結人はすぐに寄った白の“中心”じゃなく、“外から差し込める 1歩”を見る。
左下に寄った白。
その手前の縁は犬が走る。
だが、少し外から斜めに入ると、1歩だけ犬の走路から外れた白がある。
そこだ。
「斜めです!
真下じゃなく、斜め左から!」
真壁がその声で足を差し込む。
白に乗る。
かなりギリギリだが、通った。
坂城も続く。
三枝が後ろへ渡す。
探索者たちも、真ん中へ集まらず、斜めから 1人分ずつ差し込む。
かなりいい。
かなり大きい。
寄った白は“集まる場所”じゃない。
差し込む場所だ。
⸻
結人は配信へ向けて短く言う。
「10階、灰の面で最後に寄った白が見えても、そこへそのまま全員で寄らない方がいいです。
縁に犬型が走ります。
今のところ、寄った白は斜めから 1人分ずつ差し込む方がかなり通ります」
コメント欄が一気に流れる。
炭酸:なるほど
通り雨:寄った白も完成じゃないのか
澪:かなり大きいです
迷子の斥候:集まるんじゃなく差し込むのか
凪:寄った白を渡すな
かなりいい。
短い。
強い。
そして、今日の違和感をそのまま言っていた。
結人はその言葉を胸の中で転がした。
寄った白を渡すな。
かなり、その通りだった。
見えた白は渡す。
でも、灰の面で最後に寄った白は違う。
それは“後ろへ配る正解”じゃない。
最後に 1人ずつ差し込むための狭い残りだ。
かなり嫌だ。
でもかなり、今の10階の深さに合っている。
⸻
そこで終わらなかった。
次の灰の面では、寄る場所が右上だった。
しかも、右上の寄り先は手前と奥に 2段ある。
かなり悪い。
人はどうしても、広く見える手前へ集まりたくなる。
でも、結人はすぐに奥を見た。
奥の方が細い。
だが、手前の縁にはすでに寄白犬の足跡みたいな濁りがある。
つまり、集まりやすい手前の方が先に狩り場になる。
「奥です!」
結人が言う。
真壁が一瞬も迷わない。
その声で奥へ差し込む。
直後、手前の寄り先へ寄白犬が 2匹滑った。
やはりだ。
人が寄りたがる所ほど、先に狩られる。
坂城が低く言う。
「手前を捨てるのか」
「はい」
結人も短く返した。
「寄った白でも、“入りやすい方”は危ないです」
かなり、その通りだった。
⸻
そこから先、灰の面の進み方はまた少しだけ変わった。
帯の灰は戻る白を使う。
面の灰は寄る場所を見る。
そして、寄った白は斜めから 1人分ずつ差し込む。
10階は、ここまで来ると“残る場所を見る”だけじゃ足りない。
残った場所へどう入るかまで要求してくる。
かなり嫌だ。
でもかなり綺麗でもある。
三枝が小さく言う。
「10階、かなり言葉が増えましたね」
「はい」
結人も短く返した。
「でも、増えてるというより、深くなってる感じです」
真壁が低く笑う。
「嫌な深さだな」
坂城も短く続ける。
「でも、見えてる」
かなり、その通りだった。
⸻
結人は配信へ向けて短く整理する。
「10階、灰の面で最後に白が寄る場所が見えても、それで終わりじゃありません。
そこへ全員で集まると、縁を犬型に刈られます。
今のところ、“寄った白を渡すな”でかなり通ります」
コメント欄が流れる。
炭酸:かなり大きい
通り雨:嫌すぎる
澪:かなり強いです
迷子の斥候:渡す白と渡さない白があるのか
凪:見えた白は渡せ。寄った白を渡すな
かなり、その通りだった。
結人は、その 2本を並べて頭の中で転がした。
見えた白は渡せ。
寄った白を渡すな。
似ている。
でも違う。
それがかなり、10階らしかった。
⸻
今日はそれ以上深追いしなかった。
入口の 4本。
その先の 5本目、6本目。
そして“形の外で繋げ”“残る白は減る”“広い白は残らない”“残る白は 1人分”“見えた白は渡せ”“先の白は折れる”“灰はまだ残りだ”“灰の中で寄る場所を見ろ”。
そこへ今、“寄った白を渡すな”まで見えた。
ここまで見えたなら十分だ。
結人は配信へ向けて短く整理する。
「今日はここまでにします。
10階は、危ない形を避けたあとに残る白だけじゃなく、灰の面で最後に寄った白もそのまま安全じゃありません。
今のところ、“灰の中で寄る場所を見ろ”と“寄った白を渡すな”がかなり強いです」
コメント欄が流れる。
炭酸:かなり見えた
通り雨:10階どんどん嫌になるな
澪:かなり大きいです
迷子の斥候:主戦前って感じしてきた
凪:次は、その寄り方そのものを偽るやつが来る
結人は、その最後の 1行で少しだけ目を細めた。
かなり、その通りかもしれない。
次はたぶん、白がどこへ寄るかそのものを偽る。
そういう嫌さが来る。
⸻
政府ギルドへ戻ると、相良環はすぐにメモを開いた。
「どうでしたか」
結人は答える。
「灰の面で最後に白が寄る場所は見えます。
でも、そこへ全員で集まると縁を犬型に刈られます。
寄った白は、そのまま配る正解じゃありません」
相良の指が止まる。
「……かなり大きいですね」
「はい。
今のところ、“灰の中で寄る場所を見ろ”と“寄った白を渡すな”でかなり通ります」
相良はすぐに打ち込む。
「かなり綺麗です」
その一言が、かなり嬉しかった。
「10階、見えた白は渡した方がいい場面と、渡してはいけない場面が分かれ始めました」
相良は小さく頷く。
「終路深界圏らしいです。
“残るものを読む”から、“残ったものをどう使うかを分ける”段階に入りましたね」
かなり、その通りだった。
⸻
部屋へ戻り、ノートを開く。
* 10階
* 入口の 4本はかなり通る
* 輪の外を繋ぐ帯
* 欠けた輪
* 形の外の白い余白
* 灰の帯
* 灰の面
* 寄った白
* 4本
* 白い道は道じゃない
* 分かれ目に立つな
* 途切れた先が口だ
* 輪の中に立つな
* 次の言葉
* 輪の外で動け
* 欠けた所に寄るな
* 形の外で繋げ
* 残る白は減る
* 広い白は残らない
* 残る白は 1人分
* 見えた白は渡せ
* 先の白は折れる
* 灰はまだ残りだ
* 灰の中で寄る場所を見ろ
* 寄った白を渡すな
* 寄白犬
* 最後に寄った白の縁を走る
* 集まる足を横から刈る
* 斜めから 1人分ずつ差し込む
最後に、1行だけ足した。
* 10階は、“最後に残った正解”すら、そのまま配ると崩れる階
書き終えてから、結人はペンを置いた。
かなり嫌だ。
でも、かなり進んでいる。
危ない形を避ける。
白を繋ぐ。
白が減る。
広い白が消える。
細い白が 1人分残る。
見えた白を渡す。
先の白は折れる。
灰の下にも残りがある。
灰の面では最後の白がどこへ寄るかを見る。
そして、寄った白はそのまま渡さない。
ここまで見えたなら、10階はかなり深い所まで形になり始めている。
今日は、そのことがかなりはっきりした日だった。




