BGB 第十五話 「嵐の前」
「というより俺たちのことは疑われないんだな」
タイヨウと烏は歩いて家へと戻っている最中だった。
「外から来たって意味じゃ今の敵と同じだろうに」
「判断するのは色々あるが」
ヒョコヒョコと器用に足を動かし烏は進む。
「まぁ、わしらはそういうのに気づくというのもあるが二つある」
「2つ……?」
「一つは竜。あの種族が自ら来るというならまず大丈夫じゃろ。邪竜にも見えんかったしな」
「もう一つは?」
「お前らが来た方法だな。まともに外部の人間だ入ろうとすれば、今外にいるやつみたいな荒い手段になる。しかしお前らにはそれがなかった。ワシの連れが持ってる裏口から入ったんじゃろ。アイツが裏切るとも思えんし」
連れとは、おそらくタイヨウの師匠のことだろう。
「師匠を知ってるのか」
「まぁな。古い付き合いだ」
タイヨウは師匠についてはあまりよく知らない。
知っているのは精々“連鎖術式”の達人であるという程度だ。
人付き合いも、メイドの三人以外全くわからない。
「どうせあのほっそい男が何も言わずにお前をこの世界に落としたといったところか」
「……その通り」
「アレは直接的な言葉を使わんからな。いつもわかりにくい」
ハァ……と深く長く溜息をつく。
この大烏も、“師匠”にいくらか困らされたことがあるのだろうか。
「お前の思うアイツの目的はなんじゃ?」
そのつぶらな瞳をタイヨウに向ける。
「たぶん……神。エペレのことだと思うけど。その援護と敵の排除。それと神器」
「うむ……正解じゃろうな。神器がどこにあるかはわかっておるのか」
「……わかってた」
「……た?」
「あの神器、黄金の刀だったんだが、あれってひとりでに動いたりするもんなのか」
「主が呼べばともかく、今はその主はおらんに等しいからの……動くことはまずないはずじゃが」
「なら、俺たち以外に外から生き物が来るって可能性は……?」
「ははん」
烏が愉快そうに喉をならす。
「……なんだよ」
「さてはお前、神器をなくしよったな」
「なッ!」
あまりにも、というべきかタイヨウが隙を見せすぎたか。
「正確には動かしていないものが、次に見たときには消えていた、といったところか」
「……その通りだ」
「まぁそう気を落とすこともなかろう。あれはそもそも認めた者以外まともに触れんからな」
それについては、タイヨウは身に覚えがあった。
「だといいんだけど」
「……その顔は盗む方に心当たりがあるといった顔じゃな」
「初めてエペレに会うときに熊の被りものをした正体不明の人間に会った。あれが気になる」
「熊の被りものぉ……?知らんな。この森に何かがおったらわしはともかくエペレはわかるはずじゃが、そんなことは言っとらんかった。勘違いじゃないのか」
「それはない」
実際に戦闘もしている。
さらにどこか神という存在に通じるかのような言動。
見据えるべき敵がすぐそこまで来ているという状況下で、あの強い不確定要素はどうにかしておきたいが、手立てがない。
「まぁ、捨て置け。口ぶりから察するにお前らはソイツをやり過ごしたのだろう?」
「ハクのおかげでな」
熊の男との戦闘を思い出す。
力を削り取られたあの状況でハクが来なければどうなっていたかは、容易に想像がつく。
「お前、たったそれっぽちの量でよく竜と契約を結べたな」
「……量?」
なんとなく烏の言いたいことをタイヨウは察していた。
それっぽっち。
何度も聞いてきた言葉だ。
「力の量だ。わしが見てきた中で断トツで少ないぞ、お前」
「だろうな」
その大烏が言う通り、タイヨウの力の量は異様に少ない術者の平均レベルはおろか、そういう世界に縁のない一般人の平均的な量に比してもなお少ない。
しかしそんなことはとうの昔にわかりきっているのだ。
「その量だったら、あの男なら諦めろとか言いそうじゃが」
師匠に初めて会ったときのことを思い出す。
口を開いた一言めが、まさにそれだった。
「それでもなんとかした。だから今ここにいる」
その言葉の強さに烏が眼を見開く。
「ようやるわい。マオウを掲げるだけのことはある」
「量がないってだけで戦い方がないわけじゃない。やり方はいくらでもあるってことさ」
そういった瞬間ピシリと音が走った。
なにかに罅が入るような不快な音。
「あまり時間はなさそうじゃな」
烏の目線の先にあるのは空だ。
その青く広い空には太陽がないかわりに、大きな裂け目ができていた。
「よもや、ここまでもろくなっていたとはな」
「神敵……」
その存在はまだ姿を見せない。
ただ、この世界を文字通り揺らし動かすほどの力量。
強者でないわけがない。
「早めに戻るぞ。何としてでもエペレは守り通さねばならん」
数分としないうちにタイヨウと烏は家へと戻っていた。
「おかえり、カラスさん。タイヨウ」
そういったエペレをよそに、契約者が戻ったはずのハクは
「ハフハフハフ」
口を忙しく動かしながら焼き魚を食していた。
「また随分とってきたのう……」
縁側に座るエペレの横には山とつまれた魚がおかれ、それを棒にさして焼いていくたびにハクがかっさらっていく。
「ハク、お前そんな魚好きだったか?」
そう聞かざるをえないほどの勢いで
「はふ……んぐ……うん。おー、好きだぞ、魚。普段はあんまり食べないけどな」
タイヨウの脳内では牛を丸ごとぱくついている竜の姿が再生されていた。
「“山”にも魚いるんだろ」
「いるけどこんなにうまくない。“山”のは苦いだけだ。じい様はよく食ってるけど」
「あのでかいのが魚ねぇ……」
ハクの言うじい様はその寿命のせいなのか、あるいは何か特別なのかはわからないが、異様に大きい。
太さ、という表現が正しいかはわからないが、それだけでもハクの四倍近くはある。
長さにいたってはタイヨウはよく把握していない。
その圧倒的な威容で、竜からすれば小さな魚を食べているというのは想像がつかない。
「どんどん食べてね、ハクちゃん。タイヨウもカラスさんも、食べていいよ?」
「食いたいのは山々じゃがな、娘っ子。わしらは……というよりお主はここから逃げる算段をつけねばならん」
微笑んでいたエペレの表情に少しの陰がさす。
「逃げるアテならついとるしな。なるべくはやくに移動をはじめんと、敵が来よるぞ」
カラスの声は、意図的なのか、刺すようにするどい。
「私は、逃げないよ」
そう返すエペレの言葉も鋭かった。
「何を言っとる。世界を揺らすほどの相手に今のお前が逃げずにどうすると言うんじゃ!」
「戦うの。戦って、倒す」
その瞳には強い意志があった。
「この世界は、誰にも壊させはしない」
「その意思は立派じゃがの。娘。たかだか狩りしかやったことのないお前が、神を相手取るやつ相手に戦えると思っとるのか」
語気は荒い。
しかしそれでも諭すようにカラスはねばる。
「大丈夫。ハクちゃんもそういってくれたし。それに……」
虹色の瞳がタイヨウを捉える。
場違いにも、綺麗だなとタイヨウは見とれていた。
「おい小僧」
「待て、いきなり襲い掛かろうとしないでくれ」
「ならあの意味深なそれにはなんじゃ!」
「バサリと翼を広げながらカラスが問いたてる。
「俺はなんも聞いてねぇよ。俺はな」
「タイヨウなら一緒に戦ってくれるって、ハクちゃんが……」
力なくエペレが声にする。
少し震えていた。
「ハク……」
「だってタイヨウならそうするだろ?」
その不安げなエペレとは対照的に白い少女は尻尾をいくらかゆらしながらニコニコと答える。
「あのなぁ……まぁいいや。エペレ。一つ聞きたい」
「何?」
「本当のところを言うと、俺もカラスさんの言うとおりにさっさと逃げた方がいいと思う。けどそれをしない理由はなんだ?それがわかってないんじゃ、俺はともかくハクにも突き合わせるわけにはいかない。だから、俺たちに戦う理由をくれ」
虹を見据える。
金色の髪が揺れた。
「ここは、この世界は、お父さんとお母さんの帰ってくるところだから」
その表情は決意に満ちている。
「だから、私が守らなくちゃいけないの!」
ぐっと拳を握りしめてエペレは宣言した。
「そうか」
ハクはにこにこしている。
カラスの表情はよくわからない。
タイヨウは
「わかった。なら、俺は戦える」
笑っていた。
「オレもなー」
「……小僧」
「なんだ」
「お前と竜が、外の敵にかなうとでも思っとるのか」
そのカラスの言う質問は至極最もな質問だった。
あるいは否定といってもいい。
「そりゃまぁ、数字だけの性能とか量でいうなら完敗だろうさ」
「なら」
「でもな、カラスさん。俺の敵はいつもそうだったよ。だから今回もいつも通り、どうにかするさ」
その言葉はただの能天気のようでいて、自信に満ちいてた。
「それに逃げる時間もあまりなさそうだしな」
タイヨウが見上げるその先。
空には、無数の亀裂が走っていた。
空が割れていく音は、いまや間断なく聞こえていた。
「……止めなきゃ」
それを見上げながらエペレがつぶやく。
湾曲した刀を片手に持って。
「待て、まだ」
カラスは、それでもとエペレに呼びかける。
考え直すことはないか、と。
「大丈夫だよ、カラスさん。私なら大丈夫」
ニコリと笑う。
その身体をうっすらと虹色に輝きが覆う。
「ね?」
瞳とわずかな言葉だけで、少女は問うた。
「おう」
返す少年の言葉もまた短かった。
そしてついに、空が崩壊する。
「それじゃ、いこうか」




