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Beardead Gold Bear  作者: 大隈寝子
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BGB 第十六話 「開戦」


 それは嵐よりも激しく、雷よりも轟いた。

 空が割れていく音。

 太陽のない晴天に、黒い罅が、徐々に広がっていく。

「……直に敵は来るぞ」

 言うことを聞かないエペレと、それをしようともしないタイヨウたいに若干のいら立ちをにじませつつも、小さな二つの瞳は空を捉えていた。

「予想より早いな」

 ぼそり、タイヨウがつぶやく。

 あと一日ほどは余裕があるかとなんとはなしに思っていたのだが。

 それになにより神器が見つかってない。

 その状況下で、神が本気を震えないこの状況下で、神を討たんとする敵と遭遇するのは避けたかった。

 しかし

「そうも言ってらんねぇな」

「どうする、タイヨウ」

 小さな白色の少女もまた、空に浮かぶ罅の中心を見ながら、契約者に問う。

「戦闘の準備に入る。ハク、戦うのは人化と竜だったらどっちのがやりやすい?」

「竜だな」

「じゃぁ戻ってくれ」

「ん」

 それだけ言うと、ハクは目をつむり、両の掌を合わす。

 祈るように、その身体を銀色の光が覆っていき、その光が、人間から竜へと形を変えた。

 

「ふひー……できた」

 姿を変えても中身が変わることはない。

 相変わらず天真爛漫な雰囲気をハクは放っていた。

「今からしばらく、たぶん十分くらいは俺は動けない。だからハク、その間エペレを頼む」

「わかった」

 身体をゆるりとくねらせ、鱗を光でひからせながら、ハクは答える。

「エペレ、悪いけど、家の中使わせてもらう。いいか?」

「いいけど、なにするの?」

「戦う準備だ。俺の場合ちょっと面倒でな」

 言い終えるころにはタイヨウは家の中へと入っていた。

 その中央。

「水平軸はある。なら垂直軸だけだな」

 符を二枚。

 天井と床に放り、その直線上に立つ。

「さて、俺が成るまで待っててくれよ、敵さん」


「タイヨウは……」

 空を見ているカラスとハクとは対照的にエペレは家を見ていた。

 正確にはその中にいるタイヨウを視ていた。

 瞳が知らず、虹色に輝く。

「……」

 息を呑んだ。

 タイヨウから走る無数の力の流れ。

 そしてその一本一本の消え入りそうなほどのあまりの細さに、神であるエペレが圧倒された。

 もしそれが夜であったならば、さながらシーズン中の電飾に似た感想を抱いただろう。

 無論街中で見られる木に巻き付けただけの雑なものと違い、タイヨウのそれはすべて計算しつくしたゆえに成されるものであったのだが、そのガラス細工よりも繊細でステンドグラスより豪奢な力が描き出す流れの意味を、エペレは理解することができない。

 術者に神の力の用い方が理解できないのと同様、神にもまた、術者の力の使い方がわからない。

 ただこれまでこの世界に宿る自然の力と、両親のものしか見たことのないエペレにとって初めて視る術者の力。

 それはただ

「きれい……」

 その一言につきた。

「あやつ……あれだけの量をどうやってここまで広げた……?」

 エペレの言葉に反応したのか、カラスもまたタイヨウの力を視る。

 ガラスのように、あるいは鉄のように、熱することで形を変えていく。

 力はそう単純なものではない。

 長年生きているカラスでさえ、ここまでの力の扱いを視るのは初めてだった。

「綺麗だろ、タイヨウのそれ」

 ただ空を見上げながら、白い竜は言葉を発する。

「オレも術者のやることなんてのはよくわかんねーんだけどな。タイヨウのそれがとても綺麗だってことだけはわかる」

 そう言いながらも、ハクはタイヨウを視てはいない。

 空を見ている。

 今のタイヨウがどういう状態かわかっているから、だから空を見る。

 タイヨウの準備が終わるまで、ハクはタイヨウの代わりだ。

 みしり、空が悲鳴を上げる。

 その時はじめて、エペレとハクは空が落ちるという現象を目にした。

「来る……!」


 空の上に立つ、という感覚はあまり馴染みのあるものではない。

 空中に静止するというのとはまた一つわけが違う。

 ひび割れたその眼下を視るのはほんの少しの愉悦を“白”にもたらした。

 “黒”に刻限を告げられた後、彼は一旦待った。

 しかしあまりに退屈だったがゆえに剣をどこまで出現させられるかという遊びを始めた。

 それにもあきると出現させた剣を宙に浮かせ、そのすべてに均等に力を込め始めた。

 そこから、“白”のいる地面に罅が入り始めた。

 一時間もすると扉も崩れ、二時間を迎えるころには、地が割れた。

 そして今に至る。

 とりあえず、その割れた空から世界を見渡しているわけだが。

「思ったより広いな」

 神が作り出した世界の大きさはすなわちその神の力の巨大さを表している。

「楽しめそうだ」

 薄く笑みを浮かべながら、10m四方ほどの割れた穴から

「行け」

 暇つぶしで作り出した無数の刀を送り込んだ、

 手土産だといわんばかりに。

「これくらいはどうってことないだろう、神よ」


 地上から見るそれは白い瀑布だった。

 鈍く光るそれらは、空の穴を広げながら地へと速度を上げて襲い掛かる。

「ぬっ」

 タイヨウが準備を終えるまで、ハクの経験からいえばあと三分ほどの時間があった。

「止める!」

 長い身体をくねらせ、空へ飛び立とうとする。

「待って、ハクちゃん」

「ん?」

 止めたのはエペレだ。

「まず私がやる」

 その姿には意思が宿っている。

 あるいは覚悟というべきか。

 神として拳をふるうという決意。

「まず、しっかりと見て」

 せまり来る大量の剣を視る。

 それは未だ遠く、距離を鑑みれば脅威とはいいがたい。

「拳を握って」

 思い出すのは父の言葉だ。

 力強く、優しかった、大好きだった父の言葉。

「いいか、エペレ、それだけを狙うんじゃなくてそいつの周り全部をたたきつけるんだ」

 今でも脳内にこだまする。

 その父と、父が愛した母の帰るべき場所を

「壊させはしないッ!」

 叫びながら、エペレは拳を放った。

 動作だけ見て取るなら、ただ少女が手を突き出すだけ。

 それだけの簡素な動きだ。

 しかしそれは神の一撃だった。

 拳の放った力が、この世界から、すべてを持って行った。

 匂いも、音も、光も。

 およそ感覚に訴えるものはすべて。

 ゆえにハクの眼には拳が放たれた次の瞬間。

 一瞬の暗闇の後に、塵となって消えていく大量の剣だったものがうつっていた。

「ふー」

 拳をほぐしながら、何事もなかったかのように、エペレが少し身体の力を抜く。

 その様子にハクは驚嘆せざるを得なかった。

 全力を出せば、今の自分でもあれくらいはできる。

 そういった次元のことを、ハクは目の当たりにしていた。

 ただの肩慣らしとでもいわんばかりのエペレを視る。

 うっすらとその身体のまわりには金色の光がうずまき、瞳は虹色に輝いている。

「力の配分を考えておけよ。敵もこんなものは序の口じゃぞ」

「わかってる」

 そう言いながら、エペレは再び拳をひいていた。

「敵が本気を出す前に、倒す!」

 それは狩りの基本だ。

 気づかれるまえに仕留める。

 気づかれたとしても、本気を出される前に仕留める。

 これは母に教わったことだった。

 再び、拳を打つ。


 自然に身をおくものにとっては、それはただ巨大な力が放たれただけ、という風にうつるだろう。

 術者にとっては違う。

 光りすぎるほどに金色の巨大な塊が、恐ろしいほどの速度で近づいていた。

 さながら動く太陽といったところか。

「なるほど金色というだけはあるか」

 口にしながら剣を生み出す。

 八本。

 大きさはそれほどではない。

 普通の剣だ。

 それを花火のように並べ、回す。

 力を込めながら。

 ほどなく金色の塊が剣の盾にぶつかり、甲高い音をたて熱をほとばしらせた。

 じりじりと、盾が押されていく。

「へぇ……」

 暇つぶしとはいえ多少は力を込めた大量の剣を一瞬で消し飛ばすだけのことはあるな、と“白”は喜んでいた。

 小手調べでこれならば、今までうちとってきたどの神よりも骨がある。

「ならゆっくり遊んでるのはもったいないな」

 ここにいたるまでのうさんくさい仕掛けを施した男の顔がちらつく。

「“妖怪”が絡んでいるなら、逃げられるやもしらんし」

 盾に向かって手をのばし、何かを握りつぶすように、その掌を閉じた。

 その指に応じるように、八枚の剣による華が閉じていく。

 それにのまれるようにして、力の塊は徐々に徐々に消えていった。

 閉じた左手がわずかに震える。

「強いな」

 わずかな言葉だけをその場に残して“白”は世界へと飛び降りた。

 強烈な風にあおられながらも、自分の周りに剣を生み出していく。

「楽しもうぜ、神!」


「出てきよったな」

 少し遠くにいるせいか、細かい部分まではわからないが全身を白で覆った人間が、空の割れ目から降りてきた。

「ハクちゃん!飛べる?!」

「おうよ!」

 言葉すくなに、エペレの要求をハクが理解する。

 地を低くすべるようにとんだハクにエペレが乗る。

「しっかりつかまれよ!」

 背の感触を確認するや否や、ハクは速度を上げ敵に向かって飛翔する。

「小娘!直線はやめよ!狙われるぞ!」

 大烏が黒い翼を揺らしながら飛んでいた。

「わかった!」

 大きく身体をうねらせながらハクが蛇行を始める。

 大きく円を描くように飛ぶ。

「ハクちゃん、剣だ!」

「わかってる!」

 無論、気づかないわけがない。

 ハクが飛ぶより速く、三本の剣が飛来していた。

「……ガァッ!」

 速度は落とすことなく、一度大きく息を吸い込み、力を練り上げ、吐き出す。

 力を濃密にまとった息吹は、ぶあつい壁となり、向けられた剣を弾いた。

 同時、剣は塵となって霧散する。

「もっと速度あげるぞ!」

「うん!」

 そこからは音がついていけなくなった。

 程なくして、敵の姿をまともに捉えられるまでに近づく。

「ハクちゃん、少しふんばってね!」

「任せろ」

 距離はつめた。

 腕をひく。

 今度は片手じゃない。

 両手。

 獲物を見据えて、空間ごとたたきのめすように。

「出ていけッ!」

 単純にさっきの倍。

 それだけの純粋なまでの力の塊をぶつける。

 敵はとっさに剣を出現させ、盾としたようだが、巨大な爆発にかき消された。

 剣と激突した衝撃から生まれた煙が、徐々に晴れていく。

「……驚いた。これほどまでとはな」

 その煙の中から、一人の青年が現れた。

 まとっている服は多少破れてはいるものの、その身体には傷一つついていない。

 なにより、笑顔を浮かべていた。

「初めまして、この世界の神。お前を狩りに来た」

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