BGB 第十七話 「交代」
両手に持った大剣で煙を払い、宙に静止する青年。
「竜もいるのか。盛りだくさんで嬉しいね」
その冷たい視線がハクを射抜く。
「アイツやな感じがする」
「そうだね……」
目線が交差する中、ハクとエペレは本能的な嫌悪を持った。
全身は白くゆったりとした服を着ている。
エペレの拳打を遠方からとはいえ、二度も受けてなお無傷。
「ここまで厚く歓迎されたのは初めてだよ。いつもだったら神は不遜に待っているか、気づいていないかのどっかなんだけどね」
軽く剣をふりながら笑顔で男は近づいてくる。
「名前を言うわけにはいかないが、せめてもの礼儀として所属は言っておこう。神敵が源蝕のメンバー、“白”を司る者だ。これからの少しの時間だけ知っておくといい」
どうせ討ってしまうのだから、と。
敵が言い終える頃にはハクとエペレが同時にしかけていた。
エペレがハクの背から飛び上へ。
ハクはそのまま下へ。
立体的な挟撃。
二つの力はほとんど同時に白に接する。
やはり莫大な力。
ただの術者なら片方だけでも対処しきれないだろう膨大。
ただしその男は神敵だった。
「せめて最後までちゃんと言わせてほしいかなぁ。客人としては」
二本の剣で受け止め、消していた。
攻撃の勢いのまま、エペレはハクの背に着地する。
「なぁエペレ。お前もアイツみたいに浮けたりしないのか?!」
「ごめん!わたしああいうこまかいの無理!それよりハクちゃん、一旦下にいって!」
「わかった!」
少し一瞥をくれながら、言われた通りにハクは急転直下。
大地へと身体の向きを変えた。
敵からの追撃を避けるために蛇行しつつ。
「……なるほど地に足つけてやろうってのか」
ふっと身体から力を抜き重力に任せ降下あうる。
「まぁゆっくりやろうじゃないか」
エペレがハクを下に向かわせたのは自分の得意な戦場へと場をうつしたかったというだけではない。
初手で敵を仕留めきれなかったからだ。
敵の居場所がわかっている一方で、こちらの所在はわかっていない。
その位置の有利を失ってしまった。
初撃で畳みかけるどころか、傷さえほとんど負わせられていない。
再びその有利を取り戻すため、エペレは森に降りた。
「いい、ハクちゃん、あいつが降りて来たら一度空に昇って最初に会った湖の方に行ってくれる?」
「わかった」
「それじゃお願い。そこまで行ったら隠れてね」
そこからエペレは動き出した。
音もなく、狩りを、敵を討つために。
その手を腰のククリナイフに添えて。
「さてっと」
自由落下をしながら白は考える。
神が本気になれる時間までどの程度かと。
ほんの少しというか30分ほどはやってしまった。
どうせならその本気を打ち負かさなければ後味が悪い。
ならそれまではゆるりと遊んでいるべきだ。
とはいえ、神の攻撃は軽くいなせるほどのものではなかった。
全力全開とはいかないまでもそれなりの力でもって斬らなければ、こちらが吹き飛んでしまう。
あの太陽がごとき黄金の拳打。
さすがは神と言わざるを得ない質と量だった。
「太陽ねぇ……」
ふと空を見上げる。
元は晴天、青空が広がっていたのだろうが。
自分が落ちてきた穴から縦横無尽に罅が走り、あまつさえ広がっている。
闇夜が昼を侵食しているかのようだった。
「月の満ち欠けが影響するって言ってたか」
黒の言葉をなんとなく思い出す。
「いや、日食だったな」
月が太陽をくらうその瞬間。
今でこそこの世界は、元は晴天、昼なのかもしれないが、現実のソレとは全く流れが違う。
特に月や太陽なんかと絡んでいる神は時にさえ力を及ぼす。
黒からの情報だけならば、あの神は月を司っていそうなものだが。
その攻撃自体はそうではなかった。
「まぁどっちでもいいんだが」
狩る神は黒が選ぶ。
ほかの源蝕のメンバーは単純に神を狩りにいくだけだ。
「そろそろか」
見やれば思いのほか地面が近づいていた。
力をコントロールし、徐々に減速。
とん、と軽い音をたてて、白はようやくこの世界に降り立った。
「……ん?」
あたりは森だ。
ただの、というわけではないだろうが、土があり、葉が落ちていて、木が鬱蒼と茂っている。
それだけのありふれた森だった。
死角は大量に存在するが、いずれすべての気が戦闘の中でなぎ倒されるだろう。
気になったのは何か。
それがわからない。
何かがある。
何かが変だ。
それほどの小さな、わずかな違和感。
「なんだ……?」
ここは神の住まう森。
変な感覚が身を襲っていたとしても、なんの不思議はない。
「……覚えがあるぞ、この感じ」
かつて一度経験していた。
忘れもしない。
あの男と戦った時……!
「“妖怪”……!」
やはり来ているのか。
門、迷路に続き、その影がちらつく。
青年は歓喜に震えていた。
また戦える、殺せる!
かつての苦渋を倍にして返せる機会が、その好機が目の前にある。
「やってやるよ、妖怪。神もろともな」
自然、剣を握る力が強くなる。
同時、ゴウっと音をたてて、火球が飛来した。
上空。
「竜か」
軽く剣で払う。
目標は三。
妖怪と神と竜。
居場所は不明。
「とりあえずアイツを追いかけろと」
きびすを返し、いずこかへ飛び去って行く竜を、ゆるりとした足取りで白は追い始めた。
「竜が肩慣らしってのも乙なもんだよなぁ」
言われた通り、ハクは白の注意をひき、湖の方へと移動を始める。
てっきり、敵は剣を投げるか剣撃を飛ばすか何らかの方法で攻撃をしかけてくると思っていたが。
そんな警戒をよそに敵はゆっくりと、まるで径を散歩でもするかのようにゆっくり歩いてくる。
正直拍子抜けだった。
「……それならそれでいいけど」
ハクの今やるべきことはあの男を湖に連れていくことだ。
そう距離はない。
湖に着いたなら、どこに隠れるか。
ほんの少し、スピードを上げた。
「へぇ……湖か。綺麗じゃないか」
竜を追っているうちたどり着いたのは湖だ。
浅い。
「……どこいった、あの竜」
そして白い竜を見失っていた。
「木の影に隠れられるほどの図体でもないだろうに」
少し不可解だ。
しかしそれほど重要な問題でもない。
「神の居場所も手掛かりなしになっちまったな」
あくまで最優先は神。
個人的には妖怪をぶちのめしたいどころではあるが。
もう一度空から剣を降らせるか。
面で一斉にたたけば必ず防御の反応が出る。
自然と居場所がわかるが、それだけの剣を用意するのはさすがに一瞬というわけにはいかない。
「けれどその必要もない、か」
左側。
森の中から少し大きめのククリナイフが一直線に飛んできた。
「ただの人間相手ならそれも通じるんだろうけどさ」
簡単にはじく。
多少は重いが、なんの力もこもっていないそれはポチャンと音をたてて、湖に落ちた。
「あまり良策とは言えないかな」
数本の剣を出現させ、ナイフの飛んできた方向へと飛ばす。
それらは何かと衝突する気配もなくかき消された。
「ほらな、愚策だろ」
その方向から突風が迫る。
黄金の髪をなびかせながら神が眼にもとまらぬスピードで詰め寄っていた。
水しぶきさえ、その影に追い付かない。
拳が、突き出された。
大量の力を凝縮させた衝撃。
白がいたその地点に太い水柱が上がる。
「少し、威力が落ちたか?」
その水柱を割きながら、後方へ。
至近距離の拳でさえ、剣で防ぐ。
傷も、ない。
水柱がしぶきへと変わり湖に落ちていくそのさなか、いつの間にか拾ったのだろう、またもククリナイフが飛来する。
今度は直線ではなく、曲線でブーメランのように弧を描いて、来る。
「せめて力を入れてくれよ」
今度は剣で払いすらしない。
ただ刀身にあて、その場に落とす。
いい加減飛ばされるのもわずらわしい。
「さて」
踏み出そうとしたその瞬間に神は動いていた。
左手を腰の後ろに添えて。
何かを握っている。
「二本目か」
おそらくこの距離なら投げるということはすまい。
「来い、力を込めてなァ!」
両手に握る剣に力を込める。
うっすらと光を放つ。
「さぁ!」
ニヤリと。
その神が微笑んだように見えた。
神が左手を引き抜く。
思わず白は目を見張った。
その手には何も握られていなかった。
そして左手に痛みが走る。
「ッ!」
ククリナイフが左の掌を切り落としていた。
湖の底から飛び出した曲刀はそのまま神の左手に収まる。
そして、至近距離にいた敵にむかって神は右手を突き出した。
神の右側。
すなわち敵の、掌と剣を失った左側。
「クソッ!」
「らァッ!」
裂帛の拳打が確実に敵を捕らえた。
巨大な水柱をたてて、白は飛ばされる。
その衝撃は、最初の一撃に比べれば落ちてはいたにせよ、何度か湖面を跳ね、湖の傍の木にたたきつけられることでようやく止まった。
その左半身、特に左腕は原型をとどめていなかった。
額からも、血が出ている。
しかし。
「ふふふ、はははははははは!」
その顔は歓喜に満ちていた。
「……帰って」
「そういうわけにはいかない。ここまで楽しめるならもっととことんやるべきだ」
立ち上がりながら喝采する。
「こんだけ傷つけられたのは初めてだよ!これはほんの礼だ!」
右手に持つ剣を天に掲げる。
それは瞬時に、空をつくほどに巨大化し、地が揺れるほどに力を持った。
「受け止めてみろよ、神よ!」
その表情が狂喜だと、エペレは初めて理解する。
そしてその剣の先。
まず思ったのは森。
こんなものが振り下ろされたら森がなくなってしまう。
次にそのさらに先を思った。
その方向には、エペレの家があり、タイヨウがいる。
気づいた時には動いていた。
ククリナイフに力を込め、投げ
「遅い!」
巨大な剣は振り下ろされる。
膨大な熱と光を持って。
歯噛みする。
間に合わないのか。
時間が止まったかのように遅い。
身体はゆっくりと。
振り下ろされる剣も何もかも、動きを止めたかのようだ。
「いや……本当に……?」
ぱしゃりと、水の音がした。
「大丈夫だ、エペレ」
背後。
「ここからは俺がやる」
笑みを浮かべたタイヨウがいた。




