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贄の娘と支配の魔王  作者: 八千
<4>最終決戦
20/20

 オーウェンはしっかり縛ったあとに、もう少しだけティティの能力で回復をさせてやる。

しっかり地下牢に閉じ込めて、あとはヴォーゲントからの連絡を待つだけだ。おそらく、長くは生きられないだろう。

 牢屋の向こうにいるオーウェンを、メイストは哀れに思った。レベルを99まで上げるには、それなりの経験を積んできたのだろう。どんな卑怯なことをしても、どんなごまかしをしても、レベルだけは嘘をつかない。その者の強さを証明する、絶対の基準だから。

「なんでこんなことになっちまったんだろうな……」

 メイストのの言葉の意味を、ロニーもわかっている。メイストが、勇者に対し羨望の気持ちを持っていることはロニーが一番知っていた。

「いくら腕っぷしが強くても、こいつは気持ちが〈真の勇者〉じゃなかった。リミットオーバーできないことがわかって、腐っちまったのかもしれねえし……こういう奴だから、リミットオーバーできなかったのかもしれねえ……まあ、本当のところは奴にしかわかんねえよ」

 ロニーは励ますように、メイストの肩をポンと叩いた。メイストは、オーウェンから取り外した首輪を手の中でもてあそんだ。

 ロニーが地下室を出て行く。次にオーウェンに会うときは、既に彼の命運は決まっているだろう。

 メイストは視線を牢屋の中に残しながら、ようやく背を向けた。

 長い螺旋階段を上がり、城へと戻る。

「それ、ティティちゃんの首についてたのと同じ奴だろ?」

「ああ。掘り込まれてる呪術の文様が同じだから……オーウェンは、これでパワーアップしてたんだな。一度、説明書も確認してみる」

「俺はティティちゃんがオーウェンを一発で倒しちまったときは、冷や冷やしたぞ!まさか、この子が〈真の勇者〉なのか!と思ってなぁ。ティティちゃんのあの強さも、首輪の力ってことだろ?」

「ああ。でも、それだけじゃレベルが見えない説明がつかない。治癒の力のこともな」

「だからやっぱり、そこは――〈天恵の姫〉、ってことなんじゃないか?だって、俺たちはあの子のおかげでこうしていられるんだぞ?」

 ロニーがひび割れた鎧を叩いた。ロニーの言う通りだった。ティティがいなければ、今頃オーウェンがルミノクス地方の覇者となっていた。

「ティティが〈天恵の姫〉、か……」

「何だよ。嫌なのか?」

「嫌っつうか――」

 オーウェンの言葉を遮るように、城のほうから悲鳴が聞こえてくる。

 今風呂に入っているはずの、ティティのものだった。

「あっ、待て!メイスト!早っ……」

 矢のように飛んでいくメイストに対し、ロニーは階段を駆け上がる他、追いつく方法がなかった。




 メイストが風呂場に飛び込むと、ティティの体から光り輝く煙が出ていくところだった。

「どうした!」

「ぎゃー!ま、魔王様っ!」

 ティティは慌てて湯船に浸かる。乳白色の湯のため、浸かってしまえば体は見えなかった。

「あ、悪い」

「魔王様!ティティが湯船に浸かった途端、体があんな感じで……」

「なんだ……攻撃を受けたってわけじゃねえんだな」

 メイストはマントを捲り上げて濡れないように抱え、湯船に近づいていく。それから、背中を向けているティティを注視した。風呂の湯気とは明らかに違う、煌きを含んだ煙がティティの体から発されている。

「この風呂の湯には、状態異常を回復する薬を入れてある。死に際の魔導士に捕まえられただろ。ああいうときには、呪いをかけられることが多いんだ。念のためと思ったんだが……これは呪いとは違うんじゃないか?」

「ん?ティティ、ちょっとこっち見て」

 モニクが、〈眼〉を使って、ティティを見る。

「あれ……ティティ、あんた、レベルが見えるわ!」




 客間に入ったメイストは、驚いていた。城から追い出したはずのノーバディや、他の下働きの魔族たちがかいがいしく働いていた。ある者は食事の準備をし、ある者は壊れた城の修理をしている。

「へへへ……みんな城の前にいたんだよ。やっぱり、魔王様のところにいたいって」

 彼らを城に招き入れたドラゴンが、意味深に笑った。

「ったく……どいつもこいつも」

「あ、照れてる」

「照れてねーよ」

 ドラゴンの視線を振り払うようにして、メイストはティティの元へと向かった。その手には、空っぽの缶を持っている。

「お前の心当たりってのは、これか?」

 メイストが差し出した容器を見て、ティティが「あっ」と声をあげた。

「んだっす!これだぁ……これが、肌にかかってさっきの煙と同じ色に変わって、おらの肌に吸い込まれてしまったんだ」

「これは魔族の世界の道具で、不純な粉〈インプルパウダー〉っていうんだ。そうか……お前、これを被ってたのか。元々、魔族が人間に化けるときに、魔導士とかにレベルやステータスを見抜かれないように使うためのものだ」

「はああ~……」

「しかし、レベルがあるのはいいけど……」

 ロニーががっくりと肩を落とす。「97って……」

 そう、ティティのレベルは凄まじく高かった。ロニーを遥かに越え、あのオーウェンに届かんとする勢いだったのだ。

「一体どういうことなんだ!三十年、勇者一筋でやってきた俺を差し置いて、このものすんごい数値はー!」

「な、何かの間違いなんでねえのか?おら、これまでモンスターを倒したこともねえし……なあ、モニク」

「……ううん、倒してるかも」

「えっ」

 その場にいた全員が、モニクを見つめる。

「ティティ、毎日虫退治してたじゃない?魔王の城って特別な結界があるから、長く住んでる生き物は魔力を帯びてくるでしょ。ドラゴンについてるノミと同じよ。それが少量でも、ティティみたいに毎日あれだけ退治してたら……」

「レベルが上がる、と……」

 信じられないが、それなら説明がついた。

「それに、ティティはデリランテの一撃を受け止めてるし、オーウェンにトドメを刺してるもんね」

「ちょっと待てよ!毎度のようにメイストと剣を交えてた俺はどうなるんだっ!毎年欠かさず武者修行に出てるし、モンスターを倒した数ならティティちゃんにも負けねえぞ!だったら、俺だってレベルが上がったっていいはずだろおっ?」

「経験値っていうのは、新たな経験を得たときに溜まるもんだ。お前は毎度俺に挑んできて、学習してねえだろ。武者修行だって、低レベルのばっかり倒してきたんじゃねえのか。お前のは武者修行っつーより、旅行だろ」

 容赦ない一言が、ロニーにナイフのようにサクサクと刺さっていく。

「でもさあ、モップで勇者を倒しちゃうって、強くてもティティらしいっていうか、なんていうか……」ドラゴンがふふっと笑う。

「それもね、魔王様があげたものだから、もしかしたら……“魔王のモップ”みたいな、特別な意味を持っちゃったのかもね。このモップ、結構値打ち品になってるかも」モニクが呆れたように笑う。

「おいメイスト!俺にも何かくれ!」

「ほれ」

 メイストが、紅茶に浸かっていたスプーンを差し出した。視線は膝の上に広げた紙の上だ。彼は〈不純の粉〉と共に持ち出してきた、首輪の説明書を読んでいた。

「こんなのが武器の勇者なんて嫌だー!」

「だったら他に頼らず強くなれ」

「んだよ!ロニーさん……おらの力は全部道具のおかげで、偶然だ!」

 ティティはモップを強く握り締めた。

 自分を守ってくれたのは、全部メイストのくれたものや、この城で暮らしていたから得たものだ。それに、カナシ村から助けられたのも、デリランテから生きて逃げることができたのも、オーウェンに殺されずに済んだのも、全部、誰かのおかげだ。

「おらは勇者でもなんでもねえ。魔王様の生贄だべ!」

 だが、ロニーは納得しない。

「それだけの能力があるのに、勿体ねえよ!経験値やレベルの上がり方は、みんな一緒じゃない。そいつの素質も影響するんだ。たった数回の戦闘で、もうレベル97だなんて、才能としか思えない。リミットオーバーを目指して、勇者をやってみるっていうのもいいんじゃないか?」

「あんた、魔王様の前で勇者になることを勧めてどうするのよ!」モニクが憤慨して、ロニーの鎧を蹴り飛ばした。

「……ティティはどうしたい?お前が望むなら、今度は勇者として生きていけるように、準備する」

「え……」

「俺はお前になら、倒されてもいいよ。俺が魔王をやめたいからじゃなく……お前になら、いい」

 メイストは、ティティの顔をまっすぐに見つめた。手元から顔を上げて。いつも大事な話をするときには視線をそらしていたのに。

 彼が視線をそらすのは、相手の気持ちを目の当たりにしたくないからだ。でも、今日は違う。

「魔王様まで!ティティはね――」

 モニクの後ろにいたドラゴンが、尻尾の先でモニクの口をぴたりと塞ぐ。

 ティティもまた、メイストの顔を見つめ返した。彼の言葉がそのままティティに入ってきても、それは思った以上に高い温度を持っていた。




 深い森の中を、胸元を押さえながら走っていく男がいる。モンスターがうようよしているというのに、彼は武器を持っておらず、防具も身につけていない。

 彼はレベルが99に達しているだけあり、夜通し走り続けてもライフは十分にあった。食らったのは一撃だけで、そのダメージもほとんど回復している。月明かりと星の位置を頼りに、彼は森を東に向かっていた。ヒロイの都を目指しているのだ。

 一心不乱に走っていた男だが、立木の枝で目の横を切った。半回転しながら地面に倒れこむ。ちょうど木の葉の切れ目で、広場のようになっている場所だ。月明かりを遮るものはなく、頬を撫でると血に濡れた手元がよく見えた。

「はぁっ、はぁっ……くそっ、どうして……なぜ私が……!」

 彼に影がかかった。月が雲で隠れたのか、そうなれば森を移動することはできない……そんなことを考えながら顔を上げると、目の前に黒いマントが見えた。倒れこむ男――オーウェンと月明かりの間に、彼が割って入ったのだ。

「デ、デリランテ!」

「よう、勇者様。お疲れ様だな」

 魔王の姿を見とめた瞬間、オーウェンは掴みかかった。

「貴様が力を貸すと言ったのではないか!こんなことになったのは、貴様のせいだぞ!」

「はぁ~?俺は、テメェがぶっ倒したロニーとかいうあの勇者を片付ける……それだけの話だったろうが。倒し損ねたのはテメェが弱かったからだろ」

「お主が寄越した首輪!あれがリミットオーバーと同等の効果があるのではなかったのか!実際は、小娘の一撃でこのザマだぞ!」

「あーあー、わかったよ」

 デリランテは、オーウェンの言葉に大げさに耳を塞ぐ。だが、興奮したオーウェンは口が止まらない。

「貴様は私をハメたのだろう!私の力に恐れを成し、協力を装って近づき――」

 デリランテの眼の色が変わった。それは怒りや、オーウェンの言葉が気に障ったからではなく、彼が雷の鞭を使用したからだった。オーウェンの全身を包む眩い光を捉えても、雷の支配者たる彼は瞬きひとつしなかった。

 オーウェンは黄金の光に絡め取られ、そのまま息絶えた。デリランテが残念そうな顔をしたのは、防具も武器もなかったとはいえ、彼があまりにもあっさりと死んでしまったからだ。冬の木のように硬く細くなってしまったオーウェンを、無造作に放り投げる。

 デリランテがオーウェンに近づいたのは、魔王同士の領地争いは禁じられているからだった。それを決めたのはあの忌まわしい魔王会議だが――それに逆らってまでヴォーゲントに楯突くほど愚かではなかった。ヴォーゲントとの力量に差があることは、自分が一番よく知っているからだ。

 だから、オーウェンを利用しようとした。彼にルミノクスを制覇させ、折を見て倒すつもりでいた。可能なら、他の地域の魔王もやらせてよかった。

 だが、結局はデリランテの見込み違いだったようだ。

「ちょっと考えたら、わかんねえのかよ。メイストが死ねば計画通り、テメェが死んだら俺にとったら勇者様がいなくなってラッキーだ。どう転んだって、俺に損はなかった。ちったぁ、そういうことも考えねェとな――あァ、もう死んでたか。テメェが俺に話をさせねェからだぞ」

 この勇者はレベル99だったというのに、大した力は持っていなかった。あちこちの魔王を倒したら、もしかしたらリミットオーバーするかもしれないし、そうなったら倒す楽しみもあったのに――デリランテは、待っていたプレゼントが貰えなかったような悲しみを覚えた。

 人が焼けた匂いを嗅ぎつけて、魔族たちがやってくる。低脳な魔族で、犬猫と大して変わらない。魔王デリランテの存在を彼らは意識するわけでもなく、オーウェンの真っ黒な死体にかじりついていく。もうちょっと軽めに焼いてやりゃあよかったな、とデリランテは思った。




「おらは……」

 ティティの答えは決まっていた。ただ、どう言葉にすればいいのかわからなかった。この躊躇が、なぜ自分の体の体温を上げているのかもよくわからない。

「……え、何であの子顔赤いの。赤いわよね?」ドラゴンの尻尾をよけて、モニクが小声で呟いた。

「鈍いなー。モニクはお子様だなー」

 意味深に笑うロニーに、ドラゴンもわかったように首を上下に動かしている。

 さっきまではメイストをしっかり見つめることができたのに、今のティティは視線をあちこちに動かして落ち着かない。それでもようやく、意を決したように口を開いた。

「おら、魔王様にお仕えしてえです。だって、おらは魔王様の生贄だもの」

 メイストから貰ったモップを、ティティは強く握り締めた。

 メイストの返事は、小さな笑顔と共に。

「そうだな。……お前は俺の生贄だ」

 笑っているのに、その横顔には魔王としての自信があった。これが、メイストという魔王なのだ。

「さぁーて、それじゃあ俺は退散しますかね!」

 ロニーがニヤニヤと笑いながら、パンと手を叩いた。

「ええっ?なしてだ!お祝いのパーティーの準備をしてるだよ!」

「そうだよ。食ってけよ。もったいねえだろ」

「だってさあ~。なあ~、ドラゴン?」

「ねえ?ふふふ……」

「さっきから、あんたたち何なのっ?気持ち悪い!」

 メイストは説明書を読むのを切り上げて、テーブルの上に伏せる。


 その説明書に、メイストが最後まで目を通したのは、数時間後のこと。宴もそこそこにきっちりとベッドに入ったメイストが、朝起きてからのことだった。


 ティティがつけていた首輪に、治癒を行う能力を宿す効果など、無かったのだ。



果たしてティティの治癒力とは一体何だったのか――それがわかるのは、また新たな事件が起きた時だった。

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