崩壊
「先ほど言ったように、マチには絶えず粉を充満させている。当然あなた方も吸っているはずだ。
そうして二俣さんは2回目…生きた細胞に鉱石の成分が良い感じに染み渡っていると思うんですよね。」
富樫は薄く笑みを浮かべながら、二俣を見やった。
「最近はここに来る人はめったにいないから、崩れを治すことができず困っていたんですよ。
まぁ、人がいたとしても、やっぱり行き渡ってないでしょ、崩れを治しても持ちが悪くて悪くて…かといって、こんな辺鄙なところに、何度も来る人も長期滞在する人もいないでしょう?
…あなたは記者さんだというから、なぁんもせずにお帰ししたんですよ。
あなたが記事を書き、それを読んだ人から問い合わせがくる…世間一般にはないことになっているんですからね、ここは。
そうしたら再び戻ってくるでしょう?事実を確かめに。それを待っていたんですよ。」
おぉ、怖い。
笑みを浮かべてはいるものの、その目は真剣そのものだ。油断無く伊瀬達3人を見張っている。
こうなった以上どんな目に合うか検討ついてしまうのが悲しいところだ。
佐野も分かってはいるのだろうけど、ほぼお約束通りに相手に質問する。
「どうするつもりだ。」
「まず、あなた方を複製しますか…住人として。あ、これはすぐできます。
それから、二俣さんの髪の毛に皮膚に肉に骨…ちょっとずつ戴いて、腕一本分ぐらいかな?
そうそう、血液も欲しいですね。なぁに、大丈夫ですよ。もう少ししたら専門の者が来ます、大した痛みもなくやってくれますよ。」
案の定スプラッタな回答に、二俣ははじかれたように立ち上がり叫んだ!
「冗談じゃない、よくも、人をそんな…!!」
「あなた、献血するでしょう?虫歯になったら歯も抜くし、髪の毛だって自然に抜けていくでしょう?
それに肉と皮膚をプラスアルファして今下さい、というだけなんですよ。ね?簡単でしょ?」
「オレは献血したことないし、虫歯もないし、ハゲにもならないっ!」
「じゃぁ尚更いいじゃないですか。一気に経験できますよ。」
「尚更悪いじゃないか!」
これはヤバイ…
口論がどこかずれている気がするが、そんな場合ではない。
もたもたしてたら、その『専門の者』が現れて一層逃げにくくなってしまう。
まず、玄関はダメだ。鉢合わせする危険もあるから。
伊瀬は先ほどから目をつけていたベランダを横目でうかがった。昔風の横幅の広い大きなもので、縁側のようなものもなく開けるとすぐ地面に足が着く…靴はこの際諦めるべきか。
で、そのまま坂を斜め下に突っ切って車へ乗り込む…途中、庭や生け垣があるようだけど、道路に出るよりは速いだろう。
…いける。しかし問題は、拳銃だな。
サイドテーブルには佐野が近い。と同時にベランダにも近い。
上手く役割分担ができればスムーズに動けるのだが、まさか富樫の目の前で相談するわけにもいかず…ちらりと佐野を見ると、それに気が付いたのか小さく頷いた。そして…
「まぁまぁ、二俣さん、落ち着けよ。」
富樫と対峙している二俣をなだめようと立ち上がる。
佐野の体が壁となって、伊瀬の視界から富樫の姿が隠れた。
今だっ!!
伊瀬は佐野の後ろから思いっきり斜めに身体を伸ばして、拳銃に飛びついた!
気付いた富樫もあわてて手を伸ばすが、間髪の差で伊瀬の右手がテーブルの拳銃をはたき落とす。
くるくると回りながら滑るソレを拾い上げたのは、体勢を立て直した伊瀬だった。
…て、あれ?
「ちょ…三の字先輩、何してんですかっ!
二俣も!突っ立ってないで速くベランダ開けて逃げろよっ!!」
「あ、ああ…悪ィ。」
伊瀬が拳銃を突きつけている間に、2人はベランダを開けて外へ飛び出した。それを見届けて伊瀬も後を追う。 …と、後ろで玄関のチャイムが鳴ったのが聞こえた。
『専門職』がきやがった…!!
伊瀬はスピードを上げた。
下り坂の上にむちゃくちゃ走っているものだから、気を抜くと足が絡まりそうになる。
「あ、でも、靴…」
「諦めろっ!走れっ!!」
ほんの少し未練まがしい二俣に、佐野は檄を飛ばす。どこかの畑を横切り小さな植木を飛び越えた。
ちらりと後ろを見ると、3~4人の男達が後を追ってきている。
大きなサイレンがマチに響き渡った。
完全に囚人脱走のソレである。ただ違うのはアナウンスの内容か。
『訪問者3人、入口方面へ逃走中!地域の皆様、至急外に出て捕獲にご協力お願いします。』
あちこちの住宅から人が出てくるのが見える。急げ!急げ!!
3人は転がるように道のない坂を駈け降りた。足の裏がチクチク痛い。後もう少し、あともう少しで車が…!!
「二俣!車の鍵の 準備っ!先輩も後部座席っ 左側へすぐ乗れるようにっ!」
「うわぁ!鍵全然きかないっ!」
「リモコンあてにすんなっ!鍵本体、鍵本体で開けれっ!!」
二俣は飛びつくように車の鍵を開け、数秒遅れて伊瀬達も乗り込んだ。全員がドアを閉めるか閉めないかのうちに急発進する。その後ろをわらわらと住人が追いすがってきた。
「二俣さん、もっとスピード!!ダンプが!!」
佐野の声に伊瀬はバックミラーを見た。ものすごい勢いでダンプが向かってくる!
生け捕りではなく、とにかく確保できればいいやということだろう。なんという大ざっぱ!
「ダメですっ、そんなに力でません!」
車が大岩を通り過ぎる頃には、ダンプはもう真後ろまでに迫っていた。
潰される!!!!
その時、バックミラーに薄赤いモヤのような物が広がり、伊瀬は後ろを振り返った。
最前面に迫るダンプが…いやダンプだった物が、赤みを増したかと思うと細かい粉となって崩れてきたのだ。
バサッとフロントガラスに大量の赤い粉が降りかかり、一気に視界が遮られる。あわてて二股がブレーキを踏みこんだ。
「うわあっ!」
3人は前につんのめり、後部座席に山積みになっている荷物が車内を飛んだ。ぐいっと左に引っ張られる感覚がきて、これは横転すると覚悟を決めた時、ようやく車の動きが止まった…。
「いてて…二俣ぁー、生きてるかー?」
頭の上から寝袋をどかしながら、伊瀬は運転席の方を見た…といっても丁度その間にガスボンベと折りたたみテントが倒れ込んでいて、彼の姿は確認できないのだが。
「生きてますよーっ。あぁ、びっくりした…。」
「…奴ら、襲いかかってこないな。車が止まっている今が絶好のチャンスなのに。」
後ろの下の方から佐野の声が聞こえた。どうやら座席から落っこちたらしい。
「…ひとまず降りて周りの様子をみよう。」
車は斜めに傾いて道路脇の木にもたれかかっていた。おかげでかろうじて倒れなかった様だ。悪戦苦闘の末ドアを開けると、上からザっと砂が落ちてくる。一足先に外へ出た二俣は、唖然としてマチの方を見ていた。
「ダンプが…。」
「こりゃ、すごい…。」
ミニはずっしり砂まみれになり、またダンプがあったと思われる地点にも、ものすごい量の赤い砂山があるだけだった。風が細かな砂をさらさらと飛ばしている…。
確かに、マチの中には粉を充満させていると言っていたが…外へ出るやいなや、簡単に崩壊してしまうものなのか。
岩石の向こう側には、芽久野の人々が口々に騒いでいるが、誰一人こちらへこようとしない。境界線を越えれば、今のダンプのようになってしまうことを知っているのだ。
「残念ですよ、二俣さん。」
人垣の中、富樫が声を張り上げた。
「あなたは救世主になってくれると思ったのに。本当に残念です!!!」




