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HAji-N-  作者: SAME
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足止め(2)

 佐野はもう丁寧語を使う気もないようだ。

一句一句強い口調で富樫に詰め寄るが、彼は全く気にする風でもなく、ちらりと佐野を見ただけだった。


 「ですから、再現は再現ですよ。伊瀬さん、といいましたか?あなたは情報を発信する分野に関わっておられる。資料の大切さはよくご存知でしょう?」

 「…ええ、まぁ、質にもよりますけどね。」

 「写真や文章、設計図まれに模型や装飾品…これらのモノが集まって初めて、ここではこうだった、ああだった、と知ることができる。歴史や文化には欠かせないものだ。ですよね?」


 富樫は言葉を句切ったが3人から反応はない。

しかし、気にもしていないように大きく頷いてまた話し続ける。


 「そう、けれど、どんなに資料を集めても、あくまで2次資料なんですよ。本当のところは分からない。

 たとえば、佐野さんの家の写真があったとしましょう…何カ所から撮ったもので、内部の写真もある。それを参考に、復元できるでしょうか?」


 そこで再び3人を見やった。…何かリアクションが欲しいらしい。

佐野が仕方なさそうに返事を返す。

 「それだけじゃ無理だな。設計図や施工図もないと。…ということは、何か?つまり、資料として芽久野を残しているんだと、そう言いたいのか?」


 「ええ、ここを造った者はそのつもりだったと聞いていますがね。」


 どうだか、と口の中で佐野が呟いた。大がかりにも程がある。

ここでようやく落ち着いた二俣が身を乗り出して尋ねた。


 「しかし、なぜです。残すためだけにワザワザ造ったんですか?あんなに沢山の建物を。

 整地も必要だし大がかりな工事になる。お金だってかかったはずだ。それに、上山町の誰にも気づかれないように、どうやって…。」


 「二俣さん達は勘違いされているようですな。まぁ、それに答える前に先ほどの『佐野さんの家』の話に戻りましょうか。

 設計図などあれば、確かに正確な復元はできる…しかし、それは同じ形の新品の家です。人がつけた傷、経年劣化した壁、空気感、今の技術で似せることはできるかもしれないが、完全ではない。

…たとえば、土台の内側に落書きした子供がいたかもしれない、家を建てる前に儀式的な何かを埋めたかもしれない。

 儀式的なものは、文化的な資料があれば再現できるでしょう(資料の少ない消えた文化であれば、どうしようもないですが)しかし、落書きのようなイレギュラーなものは本人が自白しない限りわからないですな。

 現代では、物を真の意味で『 完 全 に 複製』する方法はないのです。」


 やろうと思えばできるんじゃないか?と伊瀬は思った。

経年劣化だって、同じ年数分どこかで経過した物を使えば…ああ、それでもダメか。同じように劣化する訳じゃないもんな。

 そして多分『完璧』という言葉を使っている以上、板の目も一つ一つ同じ物…とかそういう意味なんだろうし。そりゃ無理だ。


 「その流れでいくと、『実はそうじゃない』と言いたげだな。」


 佐野は背もたれに深くもたれかかった。


 きつい…この状態でその座り方やめれよ…!!


 2人掛けの椅子に3人で座っているのだ。

しかも伊勢はその真ん中、片肘で佐野を追いやろうと押してみてもびくともしない。いっそ両手を使って全力で押し落としてやろうか…

 などと目の前で葛藤しているのも露知らず、富樫は嬉しそうに言葉をつづけた。


 「ええ、その通り。

 最初にそれを発見したのは、1950年代、九重という人がクズ石をいじっているときに見つけたそうです。おそらく、未知の成分が含まれているのでしょうな…コレに関しては我々も研究しているのですが、未だに分からないことだらけなんですよ。

 当時は、成功率30%弱で、しかもメンコのような軽い物しかできなかった。だから彼は世間に公表するつもりもなく、趣味でこっそり研究していたそうです。」


「こっそり?…それにしては、こんな大きなマチを残していますよね。

これも個人がやったと、そうおっしゃりたいのですか?」


 「そうです。70年代に入ると、休山となりマチがなくなると噂されるようになった。彼は残したいと思ったのでしょうな。

 写真でもいい、ビデオでもいい(…おっと、当時もう個人用のビデオカメラはありましたからね、二俣さん。今度、上山町の郷土資料博物館を見るといい、映像が残ってますよ…)けれど、このマチ自体を残せないだろうか?

 写真ではなくこの景色を丸まま、とっておきたかったんです。佐野さんなら分かっていただけますよね?もっと年取らないと無理かな?」


 「…。」


 「その頃には大きな物もできるようになっていたので、少しづつ家を…マチをコピーしていきました。そうして休山が決定し、次第に芽久野の住宅や施設が消えてしまう頃、この場所に『芽久野』の複製としてマチができたのです。

 ですから、一戸一戸土台から造り上げていないんですよ。鉱石の成分を『復元する対象』にしみこませるのは時間がかかりますが、それさえ終わってしまえば、復元などあっという間。

 この場所は元々使われなくなった畑でね、だから整地の必要もないしお金などかかっていません。工事も必要ない。かなり山奥の、それも道から離れたところだからめったに人も来ない。実際、登山で迷った人が1~2年に一回来るか来ないかですし…。どうです?隠れ里みたいでしょう?」


 「…ただの自己満足ってことか。

 ワケの分からん石を使って、誰も評価することもない大がかりな模型を造った。こんな山奥に!」


 「評価はいただいてますよ?」

 富樫はにやにやと佐野を見た。


 「ある時、鉱山の記念冊子を作るから当時の写真を持っていないか、という話がありましてね、彼は『ここ』の写真を送ってみた…すると見事に載ったんですよ。90年代に写したここの写真が、1978年当時の写真として疑いもされずに載っちゃった。これは第3者に『芽久野だ』と認められたことになりませんかね?まぁ、その頃あったもの、鉄塔や建物、橋の色まで同じですから、見分けることは不可能でしょうけど。」


 伊瀬は、はっとした。その写真というのはもしかして…。


 「この写真ですか?」


 二俣がファイルから一枚の紙を取り出した。

『芽久野銅山の思い出』のHP、例の写真が載っていたページを持ってきていたらしい。


 「そうそう、それですよ。その老人が『九重』さん、石の発見者です。」


 これは当時の写真ではなく、90年代の物だったのか!

佐野が二俣の方に身を乗り出して(…当然、真ん中の伊瀬は更に圧縮された)写真を眺めた。

 「あぁ、見たことあるなこの人。確かに何かやってたわ。親から言われてたよ、変な人だから近づくなって。」


「彼は独力でこのマチを『造り上げた』んですよ。

芽久野は確かにもうない、鉱員住宅も学校も店もない。あるのは道路に排水管理所だけ…でも、ここにはそれが全部ある。もはやこの場所が『芽久野』と言っても過言ではないでしょう。」


 「何言ってやがる、作り物で偽物のくせに。」


 「先ほど言いましたよ?『完全にコピー』していると。

 違うのは場所だけで、あとは何も本物と変わらんでしょう。なぜ否定するんです?」


 「…本物はもう無くなったからだ。いくら元と同じだろうとコピーはコピーで原本にはならない。」


 「あなたのように原本の存在を知っていればね。

 けれど知らなければ、それが偽かどうかなんて区別つかないですよ。」


 少々、佐野の分が悪いように見える。それほど富樫は『この』芽久野に自信と誇りを持っているのだろう。だからこそ、ここまでペラペラ話すのかもしれない。

 佐野の体重に耐えながら、伊瀬はそんなことを思った。



 ……ん、まてよ?




 「ほぉ、伊瀬さんは見当がついたようですね。それ、正解ですよ。」

 富樫は満面の笑みを浮かべて、手をたたく真似をした。


 「なんだよ。」

 「その前に、三の字先輩はもうちょっとずれてくださいって。キツイ!

…ふぅ。いや、だから九重って人はマチを残したかったんでしょう?復元したのは建物だけなのかってことですよ。」


 佐野は少しその意味を考えた。…建物と…


 「人間もか。」


 「そう、ただ、やはり生物をコピーするのは難しかったようで、技術を確立させるのも時間がかかった。だから当時の住人をそのまま…ってわけにはいかなかったようですね。

 おそらくあちこちの町や市に出かけて行っては、こっそりコピーを行っていたのではないかと思いますよ。ここに写っている子供もその一人でしょう…本物か偽物かはわかりませんが。

『私は』芽久野出身ですが、私の『原本』はここ出身ではない。佐野さんが知らないのもそういう理由です。」



 伊瀬はそっと後輩の様子をうかがった。二股はじっとあの写真を見つめている…。



 「悲しいことに、やはり復元されたものは消えるのも早い。九重さんは永久に残す方法を模索している途中で死んでしまった…。」


 ほんの少し、富樫の口調が寂しさを感じさせるものになった…が、すぐに元の淡々とした調子に戻った。


 「建物は随時、石の粉をかけていけばそれほど老朽化はしません。

しかし、人間は違う。普通に生きていても細胞が死に生まれ変わっているのですから。思いもよらぬ所から崩れてしまう。人としての寿命を迎える前にです…おそろしいでしょう?

 少しでも『崩れ』を減らそうと、このマチには絶えず粉を散布しています。それでも、やっぱりね。」


 もしかして、伊瀬が見たトラック…あの町内をただ回っていただけの、あれはそういうことだったのだろう。積み荷は石ではなく粉だったのだ。


 ということは、三の字先輩が言ってた死体と言うのも…。


 「崩れてしまった人間は、鉱山の中に置いているんだな?」


 「物みたいに言わないで下さいよ。彼らはちゃんと戻ります。


                   …二俣さんが協力してくれさえすれば、ね。」



 部屋の中に緊迫した空気が流れた。




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