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【第3話】

「キエエエエエ!!」



 甲高い絶叫を口から迸らせ、鍔の持たない日本刀を掲げて中年のおっさん管理職が突撃してくる。

 中年おっさん管理職とはいえ、さすが日本国大統領直轄の諜報機関で生き残ることが出来るほどの身体能力だ。疲れ切った見た目の割に身体能力は高く、機敏に動いて突っ込んでくる。


 しかしそれより先に、リヴが動いていた。真っ黒なレインコートの袖から大振りの軍用ナイフを滑り落とし、立ち向かってくるナイスミドルの日本刀を受け止める。



「このクソガキが……!!」


「そのクソガキに力で押し負けそうになっているのはどちらですか」



 リヴは受け止めた日本刀を弾くと、体勢を崩した中年おっさん管理職の腹を足底で蹴飛ばす。


 蹴飛ばされた彼は腹部を押さえて呻き声を漏らす。すぐさま体勢を立て直すも、すでにリヴは彼の懐に潜り込んでいた。

 驚愕に黒曜石の瞳を見開く彼は、背中を仰け反らせて顎に突き込まれようとした軍用ナイフの肉厚な刃をかろうじて回避する。だが、薄皮は切れたのか喉の辺りから血の珠を散らした。


 まるで遊ぶように相手を翻弄する真っ黒てるてる坊主の背中を眺め、ユーシアは真っ黒い煙草を吹かす。



「リヴ君さぁ、遊ぶならもっと安全なところで遊ぼうよ。こんな敵の本拠地ど真ん中じゃなくてさぁ」


「いやぁ、多少は遊んでやった方がいいかと思いまして」



 相手が繰り出してきた日本刀を踊るように回避したリヴは、レインコートの裾から黒いパイナップルのような球体を転がり落とす。

 それはすでに栓が抜かれた手榴弾だった。重力に従って床に叩きつけられる寸前で、リヴの姿がふっと掻き消える。残されたのはあのナイスミドルの男だけである。


 ユーシアは「よっこいせ」と机の影に隠れた。ついでに耳も塞いでおく。





 ――――ッッッッッッドン!!!!





 広さはあるが、屋外と屋内で手榴弾を使うと衝撃の具合が全く違う。腹の底どころか全身を揺るがすような衝撃と強烈な爆発音がユーシアを襲った。

 ひょこりと机の下から爆心地の様子を伺うと、もうもうと煙で包まれていた。屋内で手榴弾を爆発させれば埃も舞うだろう。真っ黒に焦げた絨毯と吹き飛ばされた机と椅子、爆発を受けて酷い有様となった会議場の様子が確認できた。


 そして肝心のナイスミドルの行方だが、



「けほッ」



 咳をしつつ、会議場を支配する煙が振り払われる。


 あのナイスミドルな男は無事だった。爆風はいくらか影響しているのか、その白髪混じりな髪は乱れている。目立った変化はそれぐらいで、それほど重篤な被害が出ている様子はなかった。

 まさかとは思うが『裸の王様』の【OD】だろうか。あれは脱げば脱ぐほど防御力が高くなるという変態志向の高い異能力で、まだ服を着ている状態から手榴弾の爆発を受け止められるほどの威力は発揮できないはずだ。


 どちらにせよ、手榴弾を扱っても死なないとは厄介な【OD】である。面倒なことこの上ない。



「リヴ君ってばどこに行ったんだろ」


「呼びました?」


「それでひょっこり後ろから出てくるんじゃないよ」


「やってます?」


「何をだよ」



 ユーシアの砂色のコートの裾を暖簾よろしく捲って馬鹿なことを言うリヴに、呆れた口調でツッコミを入れた。「日本人のノリが分かってないですね」とリヴは肩を竦めていたが、分かる訳がないのだ。



「あのおっちゃんの異能力って何?」


「7匹の子ヤギですね」



 ユーシアの質問に、リヴはあっさりと答えた。



「身を隠す異能力です」


「それで爆風が防げるのは凄くない?」


「まあ、そうですね。狼から身を隠す為に必死になって隠れたので」



 リヴは至極面倒臭そうに言葉を続けた。



「透明人間になれるんですよ。少しの間だけですが」


「狡くない?」


「それが世の常ですね」



 透明人間になれる【OD】とは反則ではないか。それでは手榴弾による爆殺も意味がない。

 リヴが言うには「意識をしなければ透明人間にはなれないですよ」らしいが、意識を逸らした瞬間が狙い目ということ以外に勝呂が見出せない。やはりリヴを囮にしてユーシアが背後からトドメを刺すしかなさそうである。


 純白の狙撃銃を抱えてため息を吐いたユーシアは、



「今度こそ楽が出来ると思ったのになぁ」


「思わないでください。僕だけで戦わせるつもりですか」


「もしかしなくてもそうですよ」



 これはご自分で蒔いた種なのだから、どうぞご自分で片付けてほしいと言いたいところだ。まあユーシアもかつては復讐に付き合ってもらった身の上なので言わないでおく。


 視界の端で捉えたナイスミドルな中間管理職おじさんは、鍔のない日本刀を逆手に握りしめてこちらを睨みつけている。迷いのない足取りで近づいてきているので切り捨てるつもりなのだろう。

 間合いに入られるのは御免である。こちとら狙撃手なのだ。自動拳銃の備えはあるが、銃弾の残弾数が心許なくなるのは精神的によろしくない。


 ユーシアはリヴを小突き、



「ほらリヴ君、かつての先輩と逢瀬を重ねておいで。俺のことは気にしないでいいから」


「逢瀬を重ねるならシア先輩のように線の細いイケメンがいいですね」


「あっちも整えれば俺みたいになるかもしれないよ?」


「年齢でアウトです。お断り」


「可哀想に、振られちゃってやんの」



 リヴも自分の請け負うべき責務であることは理解しているようで、軍用ナイフを構えて中間管理職おじさんの目の前に躍り出る。その隙に、ユーシアは机と机の隙間に設けられた小さな階段を駆け下りた。

 じろりと中間管理職おじさんが睨みつけてくるものの、すぐに襲いかかってきたリヴに意識が引き戻される。ユーシアを気にかけている余裕はなさそうだ。


 ユーシアは適当な机の下に身体を滑り込ませると、純白の狙撃銃を構えた。冷たい銃把に頬を寄せ、狙撃銃を抱え込むようにして狙撃姿勢を整える。



「もうちょっと、あと少しだけこっちに顔が……」



 リヴの素早い攻撃をかろうじて回避する男に、ユーシアは囁き声で懇願する。その声に気づく様子はないだろうが、希望を口にするぐらいは許してほしい。


 すると、ユーシアの位置に気づいたらしいリヴが、不意に身体を入れ替える。男のボディーハーネスを掴むと、ユーシアに背中を向けさせるように無理やり引き摺った。

 狙撃銃を構えるユーシアに背中を向けたことで、狙える面積が増えた。加えて相手はユーシアの存在に意識を向けることが出来ないほどにリヴしか見えていない。


 だからこそ、ユーシアは迷わず引き金を引けた。



「――――ッ」



 短く息を吸い込み、発砲。


 細く長い銃声が会議場に響き渡る。ナイスミドルの中間管理職おじさんの肩が、後ろから見ても分かりやすく震えた。振り向こうにもリヴが彼の喉を掴んでいるので簡単に首を振れない。

 ユーシアの撃った弾丸は男の後頭部を的確にぶっ叩き、撃たれた衝撃でリヴにもたれかかる。リヴは崩れ落ちた自分自身の元先輩を鬱陶しそうな目で眺めてから、ポイと問答無用で足元に放り捨てていた。


 階段を上がるユーシアは、



「さすがだね、リヴ君。俺のやりたいことをよく分かってらっしゃる」


「何年の付き合いだと思ってるんですか」


「そこまでの長い付き合いはないと思うけどね」


「まあそうですね」



 リヴはしれっと頷き、



「シア先輩が言ったんでしょう。視線と銃口の向きに気をつけろって」


「覚えてたの?」


「有益な情報ですから覚えてますよ。そのおかげで、アンタがどこを狙っていたのか分かりました」



 ユーシアがあのナイスミドルに批評を下した時の台詞を覚えているとは、リヴの記憶力はかなりいい方である。しかもその何気ない台詞をさっそく戦場に取り込んでくる柔軟性にも目を見張る。



「さて、次はボスですかね」


「行ける?」


「余裕ですよ」



 リヴに「こちらです」と先導され、ユーシアは会議場を突っ切るのだった。

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