【第2話】
長い長い廊下を道沿いに突き進んだ先には、広大な会議場があった。
「うわ広い」
「テレビでもよく見かけません? この椅子たちにおっさんおばさんが座ってお遊戯会やってるんですよ」
「表現」
廊下を突き抜けた先に広がる会議場を目の当たりにして、ユーシアはテレビでしか見かけない珍しい光景に感心する。
階段状に配された座席は誰も座っておらず伽藍としており、歪曲した長机がずらりと並んでいる。雛壇を降りた先にあるのは講演台で、おそらくあの場で政治家が立って議題を提示するのだろう。あれやこれやと揉める光景しか見たことがないので『お遊戯会』と表現されても致し方ない。
足元は赤い絨毯が敷かれており、艶やかな木目調が特徴的な壁や手摺りなどが会議場に高級感を与えている。国を動かす人物たちが集まる場所だからか、高級感を与えていても損はないという訳か。
誰もいないのをいいことに、ユーシアは試しに手近にあった椅子に座ってみる。椅子が低かった。
「足が悪くなりそう。もしくは腰」
「日本人の狸ジジイどもにはその程度の椅子の高さがお似合いなんですよ」
「足が短いんだね。可哀想に」
やたら低い椅子にもたれかかり、ユーシアは「あー」と情けない声を漏らす。ようやく安全地帯で座れたので気が緩んでいた。いや、全然安全地帯ではないのだが。
敵陣のど真ん中で椅子に座り、駄弁っているのだから「狙ってください」と言わんばかりの愚行である。しかし自分勝手な悪党には関係のない話だ。ユーシアが政治家用に誂えられた椅子に座って休憩しているのを見たリヴが真似をし始め、通行用の小道を挟んで隣に座ってきた。
もはやここに何をしに来たのか分からないが、2人の悪党による緊張感のない会話が会議場に落ちる。
「何だか偉くなった気がしますね」
「ね。記念品として持って帰りたいな」
「椅子なんて持って帰っても置くところないじゃないですか」
「政治家の1人でもいればさぁ、首と一緒に椅子も持って帰ったのになぁ。テレビだと座る場所が決まってるんでしょ、ここ?」
「ああ、それなら確かに椅子も一緒に持って帰った方がよさそうですね。観賞用です、観賞用」
「ちゃんと首には防腐処理を施してね。ガラスケースに入れなきゃ」
「美術館の展示品じゃないんですから、腐り落ちていくのを鑑賞しません?」
会話の内容が全体的に不穏である。そもそも他人の命をゴミか何かと認識しているユーシアとリヴにとって、国を動かす大事な職業に就く人々の命など玩具も同義だ。
「あ、リヴ君」
「何ですか?」
「靴にゴミがついてるよ」
「え?」
椅子に座るリヴの真っ黒なブーツの爪先に、何やら埃のようなものが付着していた。これだけ立派な絨毯が敷かれた高級感あふれる会議場なのに、掃除はあまり施されていない様子だった。絨毯から舞い散る埃なら仕方がない。
リヴは「えー、もう」と面倒臭そうに呟いてから身を屈める。指先でブーツの爪先を擦って付着した埃を落とそうとしていた。
念の為に自分の靴も確認すると、危うく靴紐が解けかかっていた。ちょうど椅子にも座っているので結び直そうと、ユーシアも背中を丸めて靴紐を解く。手慣れた様子で靴紐を結び直した。
――――ちゅいんッ、と弾丸が机を掠めたのは、ちょうどユーシアとリヴが身を屈めた瞬間であった。
上体を起こしたユーシアとリヴは、こちらに自動拳銃を向ける人物を発見する。
どこから現れたのだろうか。会議場という普通の人ではまず来られないような場所に、黒い影の如く50絡みのナイスミドルが立っていた。リヴと同じように黒だけで統一された服装をしているが、首元まで覆う真っ黒なタートルネックの上からボディーハーネスというのはなかなか変態感がある。
白髪混じりの短髪を整髪剤で後頭部に撫で付け、皺が刻まれた顔立ちには疲れのようなものを感じさせる。今まで散々苦労して駆けずり回り、その果てに上司からいいように使われて逃げられなくなった中間管理職のような印象だ。元々はなかなか整った顔立ちだったと窺える。
リヴはそのナイスミドルから視線を外すことなく、
「シア先輩」
「何?」
「気づいてました?」
「うん」
ユーシアは頷く。
狙撃手の中でも優秀な視野を持つと自負するユーシアが、どこからともなく現れたあのナイスミドルの存在を見逃すはずがなかった。何か机の裏から出てきたのをちゃんと視界の端で認識していたのだ。
だからユーシアはリヴに「靴にゴミがついている」と言ったのだ。本当なら面倒だからそんなことは教えてやらないのだが、こちらに自動拳銃を突きつけるところまで見えたので、わざと身を屈めさせて銃弾を回避させた訳である。
純白の狙撃銃を抱えるユーシアは、こちらを睨みつけてくるナイスミドルに言葉を投げかける。
「俺たちを殺したかったらもう少し、視線と銃口の向きに気をつけなよ。気配を殺せばいいって問題じゃないよ」
『よもやこんな場所で再び巡り会おうとはな』
「うわお、日本語だ。話が通じないタイプだな、これは」
お手上げと言わんばかりにひらりと両手を振るユーシアは、視線でリヴに助けを求めた。
「リヴ君、日本語翻訳できる?」
「あーいきゃーんとすぴーく、じゃっぱにーず!!」
「下手くそな英語だなぁ」
その下手くそな英語が伝わったのか、ナイスミドルは咳払いをすると改めて言葉を紡ぐ。
「よもやこんな場所で再び巡り会おうとはな。腰抜けの脱走兵如きが」
「あら随分とお口の悪い」
「そうですね、下品極まりありません」
リヴは胡乱げな眼差しをナイスミドルの男に向けると、
「記憶にございませんが、確か僕よりも遥かに長く『カゲロウ』に在籍しているにも関わらず、碌な成果を上げないから上司から何度も怒られているところを見ましたね」
そんな相手の地雷原を全体重で踏み抜くような発言が気に障ったのか、男の握りしめる自動拳銃が火を吹いた。
耳障りな銃声が会議場に響き渡る。射出された銃弾はリヴの頭部を狙って撃たれたものだが、雑な狙いをつけたものだからか、少し頭を揺らしただけで弾丸は外れた。怒りは人間の冷静さを失わせる、というのは本当のようである。
ユーシアは「あー」と納得したように頷き、
「あんな狙いじゃ、確かに碌な成果も上げられないかもね。感情に身を任せて引き金を引くと碌なことにならないよ」
「さすが『白い死神』と呼ばれるだけありますね。天才狙撃手様は言うことが違いますよ」
がうんッ、と再び銃声が耳を劈く。
銃弾が飛んでくることなど簡単に予想できていたので、ユーシアは軽く首を捻って弾丸を回避する。なおもあのナイスミドルは苛立ちが隠せない表情で自動拳銃を握りしめていた。
少し煽っただけでこれである。撃つ時は銃口の向きと視線に気をつけろと助言したはずなのに、彼には通用しないようだ。だから上司とやらにも何度も怒られるのではないだろうか。
やれやれと肩を竦めたユーシアは、純白の狙撃銃を構える。
「拳銃の使い方すら危ういおじさんが、人にそんな玩具を向けるんじゃないよ」
手早く照準を合わせると、引き金を引いた。
タァン、という細く長い銃声が会議場に響き渡る。射出された銃弾は男の握りしめていた自動拳銃を掠め、彼の手から吹き飛ばした。呆気なく手元から離れ、吹き飛んでいく自動拳銃を無感動に男は視線だけで追いかける。
それから、男は自動拳銃を拾うことなく、新たな獲物を背中から抜き取った。どこに隠していたのか不明だが、鍔のない日本刀である。
「わあ、ドスが出てきた」
「映画で見たことある!!」
苦笑するリヴとはしゃぐユーシアを無視して、男は鍔のない日本刀を振り上げて突撃してきた。




