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【第1話】

 国立議会所は明かりが落とされ、全体的に暗い。



「ここでも暗視ゴーグルを借りないとまずいかなぁ」


「お、ちゅーします?」


「しません」



 入り口から伸びる廊下をただひたすら歩きながら、ユーシアとリヴはいつものように軽口の応酬を交わす。


 どれほど目を凝らしても、目の前の空間は明るくなってくれない。ようやく視界は全身を包み込む暗闇に慣れてくれた頃合いだが、それでもまだ先を見通すことが出来ないぐらいには暗すぎる。

 明かりがついてくれるか、もしくは懐中電灯でもあればいいのだが、便利なものを相棒に要求するとすぐに「ちゅーしますか?」と馬鹿な考えに突っ走ってしまうので迂闊なものは求められない。敵陣のど真ん中に放り込まれたから馬鹿になってしまったようだ、相棒は。


 すると、



「暗いですね、明かりをつけましょう」


「いやつけられるんだったらとっととつけてよ!?」


「お、いいツッコミですね。なかなかの反応速度です」


「喧しいわ!!」



 どうせ国立議会所の内部も変わっているから電源の位置も変わっていて、リヴは知らないだろうからと勝手な判断で黙っていたことが愚かなようにも感じた。そうだ、このいまいち考えていることが分からない真っ黒てるてる坊主が、敵陣内において我が物顔で振る舞っている時点で察するべきだったのだ。


 リヴはユーシアのツッコミの速度にはしゃいだ声を上げながら、壁にかけられた絵画らしきものを次々と退かしていく。裏側を確認しながら「あれでもないな」とか「これでもないな」とか呟くのが聞こえてきた。どうやら絵画の裏側に国立議会所の明かりのスイッチがある様子である。

 随分と安直な場所に隠すものである。普通はそんな場所に隠せば、すぐにバレて侵入されてしまう。現に組織を脱退したリヴにこうして探られているのだから、よほど杜撰な管理をしているとしか思えない。


 ユーシアは手探りで自分の懐から【DOF】の箱を取り出し、真っ黒な煙草を咥える。闇の色と同化してしまっているので、自分の噛んでいるものが果たして煙草なのかと疑いたくなる。



「お前さんのところの組織は、随分と見つかりやすい場所に電源を隠すんだね。驚きだよ」


「組織に入っていたら全員知ってますよ」


「リヴ君は組織を辞めたのに覚えてるんだね。忘れさせられるとかないんだ」


「シア先輩」



 リヴはユーシアを一瞥すると、



「『カゲロウ』にはですね、脱退するなんて制度はないですよ」


「…………つまりあれか。辞めたら忘れさせられるとかじゃなくて、辞めるってなったら始末されるのか」


「正確に言えばもっと厳しいですけどね。任務に失敗したり、単純に動けなくなればお払い箱として殺されるのがオチです」



 随分と厳しい世界にいた訳である。そりゃあ、こんな性格にもなるだろう。

 日本国大統領直轄の諜報機関『カゲロウ』に辞めるの選択肢がなく、辞めるのだったら死ねという精神が実に愚かである。というか、組織の構造や建物の構造などを逐一変えないから、辞めた連中を殺さなければならないという血の気の多い考えに至るのだ。パスワードを何度も使い回す老人か。


 暗い中を手探りで進み、ようやくリヴから「ありました」の声が聞こえてきた。



「つけますよ。明るくなりますので目に注意してくださいね」


「はいはい」



 ユーシアがそう応じると、リヴが何かレバーのようなものを押し倒した。


 ばづん、という音が耳朶に触れる。それと同時に強烈な光が網膜を焼いた。

 国立議会所の内部を明るく照らす光に、ユーシアはひっそりと顔を顰《しか》める。暗闇からいきなり明るい場所に放り込まれると目が痛くなる。目の痛みは狙撃手にとって致命的とも言えよう。


 強烈な光に晒されて眩しい思いをしたのは僅かなこと。やがて、そのうちに目が徐々に光に慣れてきて、周囲の状況を認識する。



「…………リヴ君さ」


「はい」


「気づいてた?」


「いえ」


「本当に?」


「気づきませんでしたね」



 ユーシアとリヴを取り囲むように、人がいた。


 まるで軍隊の特殊部隊のような見た目をしている。真っ黒な防弾チョッキに分厚いヘルメット、目元を守る厳しいゴーグル。分厚い手袋で覆われた手が握りしめているのは、一般的に軍隊で採用されやすい小銃である。

 それらの銃口が、一斉にユーシアとリヴに向けられているのだ。引き金にも指がかけられているので、絶体絶命である。蜂の巣にされるという最悪の未来が目に見えていた。


 よく見れば、リヴの表情もどこか引き攣り気味なので、本気で気づいていなかったようだ。この闇に紛れていた、謎の特殊部隊の存在に。



「シア先輩」


「何?」


「走ってください」



 リヴは、さながら貴婦人のようにレインコートの裾を持ち上げる。


 その下から滑り落ちてきたのは、銀色の円筒である。リヴが改造を施したスタングレネードである。

 床に叩きつけられる寸前、ユーシアは自分の周囲を取り巻く特殊部隊めいた見た目の連中に背を向けた。重たいライフルケースと純白の狙撃銃を抱えて駆け出し、リヴのすぐ横を通過する。


 軍人どもは小銃の引き金を引こうとしたが、それより先にリヴが重力に従って落下するスタングレネードをつま先で蹴飛ばした。放物線を描いて飛んでいくスタングレネードが、謎めいた軍隊の眼前で爆発する。





 ――――ッッッッッッドン!!





 盛大な爆発音と爆風が背中を叩く。背後から白い閃光が弾ける様が窺えた。



「リヴ君、スタングレネードに殺傷力ってないよね?」


「普通は」


「あれは?」


「ありますよ。僕特製ですから」



 振り返ると、頭部だけがミンチになった死体が何人か転がっていた。リヴによる殺傷力マシマシのスタングレネードが炸裂し、頭部を吹っ飛ばす羽目になったのだ。

 それだけではなく、範囲内にいた連中は全体的に大怪我を負っている風に見える。全身を仲間の血でしとどに濡らした奴は腕が吹き飛んでいる。爆発する際に顔を腕で守ったのだろう。腕を怪我した連中が大半だった。


 ユーシアは純白の狙撃銃を構え、



「リヴ君、ある程度は殺そう。人数を減らして追っ手を撒かなきゃ」


「了解しました。背中は任せます」


「いつも通りに」



 レインコートの袖から大振りの軍用ナイフを滑り落としたリヴは、首筋に注射器を突き刺して【DOF】を投与する。幽霊の如く姿を消すと、次の瞬間には腕に怪我を負って呻く兵士の背後に出現していた。

 隙間に大振りのナイフを突き立て、喉笛を掻き切る。ビクリと痙攣した兵士は膝から崩れ落ちると動かなくなった。


 すぐさま他の兵士がリヴに小銃の銃口を向けるも、



「遅いよ」



 それより先にユーシアが小銃を向ける兵士に照準を合わせ、引き金を引く。


 彼我の距離は100メートルにも満たない、狙撃手にとっては至近距離とも言える距離だ。絶対に外す訳がなかった。

 分厚いヘルメットを貫通してこめかみをぶっ叩かれた兵士は、撃たれた衝撃でその場から吹き飛ぶとぐーすかと寝息を立て始める。眠り姫の【OD】であるユーシアに、弾丸で誰かを傷つけるということは出来ない。撃たれれば最後、ユーシアが目覚めのキスをしなければ起きないのだ。


 その調子で次々とユーシアは特殊部隊のような見た目をした連中を仕留めていくのだが、





 ――――ばたばたばたばた!!





 どこからか聞こえてきた足音で、ユーシアは純白の狙撃銃を抱え直す。



「リヴ君、逃げるよ!!」


「今度は普通の爆弾です」


「普通のスタングレネードはないの!?」


「ここになければないですね」



 自分の胸元を叩いて言うリヴに、ユーシアは「もう何でもいいや!!」と投げやりに叫ぶ。

 真っ黒なパイナップルのような形をした手榴弾を、いつのまにか増えていた追っ手どもに向けて投げつける。紅蓮の炎と爆風が肌を焼き、背後から聞こえてくる断末魔めいた悲鳴を聞きながら、ユーシアとリヴは国立議会所の奥を目指すのだった。

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