【小話:ジャパニーズホラーは性格が悪い】
「うー……」
その日、ユーシアは大量に酒を飲んでいた。
きっかけは単純である。晩酌をしていたらしい酔っ払いのヘルエスト・ラインバーツ少佐に「死神ィ、お前も飲みに来い!!」と酒のせいでぐでんぐでんになった呂律でもって引っ張り出されてきたのだ。犠牲になったのはユーシアだけで、相棒のリヴや女性陣には手を出す気配すらなかった。
無理やり引き摺られてきたと思えば、今度は大量に飲酒である。酒盃に次から次へとお酒を注いでくるし、飲まなかったら飲まなかったで絡み酒が酷すぎる。手っ取り早く解放してもらうには相手にもしこたま飲ませて前後不覚にすることだが、ヘルエストはまあ強かった。酔い潰すまでに自分もいくらか酒をカッ喰らう羽目になったのだ。
ふらふらと千鳥足で、壁を伝いながら部屋に戻る道すがら、ユーシアは目の前を伸びる廊下の向こうで誰かの姿を認識した。
「あれぇ……」
アルコールのせいでぼやけて見える視界には、ハッキリと見慣れた後ろ姿が認識できた。
真っ黒なてるてる坊主によく似た背中である。頭を漆黒のレインコートのフードで覆い隠し、肌の一部分だって見せない徹底した露出のなさ。しかしその下は裸に革製のベルトを幾重にも巻き付けただけの変態的な格好をしているのを、ユーシアは知っている。
相棒であるリヴ・オーリオである。ユーシアがあまりにも遅いから迎えにきてくれたのだろうか。それにしては背中をユーシアに向けたままとはおかしなものである。リヴなら気配に敏感だから、ユーシアの存在にすぐ気づくはずなのに。
アルコールのせいで正常な判断が出来なくなっているユーシアは、ヘラヘラとした笑みを携えて「おーい」と相棒の背中に呼びかける。
「リヴくーん、お迎えに来てくれたのー?」
そう呼びかけるも、リヴからの反応はない。スタスタとユーシアが進んでいる方向と同じ道を、足音も立てずに進んでいく。
「リヴ君?」
ユーシアは振り返らない相棒の存在に首を傾げるも、
「リヴ君、無視? ねえちょっと、無視しないでよ。何で何も言ってくれないの?」
「…………」
「ねえ、リヴ君ってば。おーい、リヴ君リヴ君リヴくーん?」
やはり無視である。ユーシアが酔っ払いだからと理解しているから、話しかけてもらいたくないのだろうか。
むう、と唇を尖らせたユーシアはピンと妙案を閃いた。
リヴはやたらとユーシアにくっついてきたり、ちゅーを要求してきたりとたまに変な行動を見せる時があるのだ。性癖は至って普通なユーシアは適当にあしらっているのだが、もしかしたらそれを望んでいるが故に無視をしているかもしれない。
「リヴ君、ハグしてあげよっかー?」
「…………」
「じゃあ、ちゅーがいい? いいよぉ、今ならどっちもしてあげちゃうけど」
「…………」
振り返らない。
これでも無視かと少々頭にきてしまう。
そっちがその気なら別にいい。今後はリヴに構うこともないだろう。ああやって1人でつんけんしていればいいのだ。もう知らん。
「リヴ君の馬鹿、もう知らない」
「何がです」
「だって無視するじゃん。俺、こんなに呼びかけて――?」
何か、聞き覚えのある声が、背後から聞こえてきた。廊下を突き進んでいるあの見慣れた相棒の背中がこちらを振り返った訳ではなかった。
視界の端で見覚えのある真っ黒なレインコートが垣間見える。ちょうどユーシアの背後からほんの少しだけ間隔を開けて迫ってきていた。廊下の先を行く、相棒の姿と同じである。
ユーシアはゆっくりと背後を振り向いた。そこに立っていたのはリヴで、彼は廊下の先を歩いていたはずだった。
「あれ、リヴ君?」
「はい、リヴ・オーリオですが」
ユーシアの背後を追いかけていたリヴは、レインコートのフード下に隠れる黒曜石の双眸を瞬かせる。
「何かありました?」
「何でそんなところにいるの?」
「何故と言われましても、アンタを迎えに行ったらべろべろに酔ったあの虎少佐を回収するボスに『もうとっくに帰りましたよ』と言われたので追いかけてきたんです。そうしたらシア先輩ってば」
リヴは廊下に視線をやり、
「誰もいない廊下に僕の名前を連呼しているんですもの。面白そうなので黙ってました」
誰もいないはずはない、現に今までユーシアはリヴに呼びかけていたのだ。
慌てて振り返るも、その先には今まで見ていたリヴの背中はない。伽藍とした廊下にはユーシアと、ユーシアの背後に控えていたリヴだけだ。
あれは何だったのだろうか。確かにリヴの後ろ姿だったような気がしたのだが、誰かの背中と見間違えていたのだろうか。
しきりに首を傾げるユーシアに、リヴは「なんか見ました?」と楽しげに笑いながら言う。
「ジャパニーズホラーは性格が悪いですよ」
「うわやだ止めてよ。ジャパニーズホラーは何度か映画館とかで観たことあるけど、じわじわと真綿で首を絞めていくみたいに驚かせるからやなんだよなぁ」
ユーシアは顔を顰める。
ジャパニーズホラーの性格の悪さは、見慣れたアメリカのハリウッド映画とかに比べると性格が悪すぎるのだ。じわじわと精神的に追い詰めてくる演出が恐ろしくて仕方がない。
何度か映画館で観たのだが、あれは頭に焼き付いてしばらく離れなくなるのだ。実物に遭遇してしまうとは嫌すぎる。
とっとと部屋に戻ろうと踵を返し、
「ワ、たしィ、ノ、こと気、づイたァ?」
目の前に、頭から血を流した女が立っていた。
髪の毛はボサボサ、前髪で顔は判別できない。真っ黒な髪は赤黒い液体がべっとりとこびりついて固まっており、カサカサに乾いた唇を動かしてひび割れた声を紡ぐ。
真っ白なワンピースは血に塗れており、裾や袖から伸びる華奢な手足は枝のように痩せ細っている。靴の類は身につけておらず、裸足の状態で絨毯を踏み締めていた。
そんな悍ましい見た目の怪物が目と鼻の先にいたものだから、ユーシアは反射的に自動拳銃を引き抜いて発砲していた。
「シア先輩、いきなり撃つなんて【DOF】でも切らしました?」
「は」
正気に戻った時には、すでに目の前には何もいなかった。銃弾は廊下の壁を穿ち、火薬の匂いが鼻を掠める。
あの女には銃弾が通じなかった。ユーシアの鬼門である。銃弾が通用しない人物は殺せないので嫌なことこの上ない。
ユーシアは銃口から揺れる白煙を吹き消し、
「何かね、羽虫みたいなのがいたよ」
「羽虫如きで銃弾1発を無駄にするんです?」
「うるさいな」
自動拳銃を懐にしまったユーシアは、ふらふらと千鳥足で部屋を目指す。後ろから飛んでくるリヴの冷やかしが、今だけは心地がよかった。
全くもって、ジャパニーズホラーは性格が悪い。
まさか相棒の姿に化けて出てくるなんて、誰が想像できるのか。




