【第6話】
それまでユーシアとリヴに向けられていた敵意が、突如として現れた戦車に対して向けられることになる。
『何だァ!? ゴミでも投げつけてきてんのか!?』
きゅらきゅらきゅらとキャタピラが軋んだ音を立てる。
全身に浴びる機関銃の弾丸など弾き飛ばし、黒々と闇の中に沈む戦車が突き進んでくる。超重量の戦車に対して【OD】とはいえ生身の人間が耐えられるはずもなく、呆気なく押し潰されてぐちゃぐちゃの肉塊と化す。
と思えば、ぐるんと砲塔を振り回して国立議会所を取り囲むように乱立するビル群に砲口を向けるなり、容赦なく砲弾を射出する。腹の底に響くような砲声が墨をぶち撒けたかのような真っ黒い空に溶けて消えていく。
砲弾を受けたビルの一部の階層が吹き飛んだ。耳障りな破砕音に紛れるようにして人間の悲鳴が漏れ聞こえてきた。
「あれ、どうやって運び入れたと思う?」
「軍用のヘリでも盗んだんですかね」
暴れる戦車を眺めながら、ユーシアとリヴは呆然と呟く。
ネオ・東京と魔都の間には分厚い壁が聳え立っている。ある意味ではネオ・東京は鳥籠のようにも見えるだろう。逃げることも許されない自由のない街だ。
そんな鳥籠の中に、わざわざ戦車を持ち込んでくるのは可能だろうか。出入り口になりそうな門は固く塞がれているし、戦車で攻撃したとしても嗅ぎつけたネオ・東京軍の兵士たちが立ち向かってきそうである。戦車で応援に駆けつけるには、味方を犠牲にして自分だけ現場を目指して急行したとしか思えない。
その声を拾ったらしいヘルエストは、音割れのするマイク越しに胴間声を響かせる。
『ボスがここまで送り届けてくれたんだよォ!!』
「ボスって、ああ、トキナリ・ナルセ?」
『あの人は親指姫の【OD】だ。このぐらいなんて簡単に持ち運べるっての!!』
ヘルエストの胴間声が、あの『レジスタンス』の首領であるトキナリ・ナルセの【OD】の異能力を明かす。愚かなことだとは思うが、遅かれ早かれ知られるのだから今更だ。
しかし、なるほど。親指姫の【OD】がまさかリヴ以外にも存在するとは驚きである。親指姫の【OD】は異能力の使い勝手いい反面、濃度の高い【DOF】を摂取しない限りは獲得が難しい異能力だ。【OD】の異能力は最初に【DOF】を使用した時から固定されてしまうので、濃度の高い【DOF】を使った訳ではないのだったらかなり幸運なことだろう。
納得したように頷くユーシアは、
「あ、じゃあよろしく」
『は?』
「だからよろしく。ここの雑魚の片付けは頼んだよ」
『ちょ、おい死神ィ!?』
暴れ続けるヘルエストのことを捨て置き、ユーシアはとっとと国立議会所の建物内に逃げ込む。
援軍に来たのであれば付き合う必要はない。ヘルエスト単体でも十分に対応できるはずだ。もし対応できなかったとしても彼は名の知れた軍人である、引き際ぐらいは理解している。危ない状況になっても逃げ仰せてくれることだろう。
背後から聞こえてくるヘルエストの引き止めるような悲鳴と、立て続けに響く砲声と人間の絶叫を受け止めながら暗い建物内を貫くように伸びる廊下を突き進んでいく。向こうは順調そうだ。
「あ、そうだ。リヴ君、これ返すね」
「ああ、すっかり忘れてました」
ユーシアはそれまで装着していた暗視用ゴーグルを、リヴに返却する。これがなければ暗闇の中を当てずっぽうで発砲する羽目になっていたので、借りることが出来てよかった。
リヴも暗視用ゴーグルはあまり使わないのか、自分が貸したものであることをすっかり忘れている様子だった。ユーシアが突き出した暗視用ゴーグルを何の疑いもなく受け取ろうとする。
ユーシアが突き出した手を伸ばしたリヴの手を掴み、
「はい、利子分」
「え?」
リヴの手を引っ張り、ユーシアは自分の身体に相棒を引き寄せる。それから驚いて顔を跳ね上げさせた彼の額に、そっと唇を触れさせた。
男を相手にキスをする趣味や嗜好はないが、リヴとは何度か経験があるので慣れっこである。主にユーシアが正気を失った際、【DOF】やら他の薬品やらで犯された不味い血液で正気を取り戻してくれる方法で口移しなんて実行してくるので、あれと比べれば額にキスをする程度など朝飯前だ。
ポカンと立ち尽くすリヴの手に借りた暗視用ゴーグルを握らせて、ユーシアは「行くよ」とさっさと廊下を歩き出す。
「シア先輩」
「ここ暗いんだけど、懐中電灯とかないの?」
「シア先輩、ちゅーするなら唇がいいんですけど。シア先輩」
「調子に乗らないんだよ、真っ黒てるてる坊主。誰がそこまでしてやるかってんだ」
「シア先輩、契約違反です。1発につきちゅーを1回って言ったじゃないですか」
「暗視用ゴーグルを借りてから撃ったのは1発だけでーす。残念ながらあれが1回でーす」
「シア先輩、でこちゅーなんて子供みたいなことはカウントしませんが!!」
「うるさいよリヴ君、いい加減にしないとちゅーじゃなくて眼球にデコピン喰らわすぞ」
「後輩虐めですね、慰謝料としてちゃんとしたちゅーを要求します!!」
「こんなことになるんだったら黙って返しておけばよかった、本当にそうしておけばよかった!!」
腰に抱きついてまとわりついてくる真っ黒てるてる坊主に辟易しながらも、ユーシアは暗い国立議会所の廊下を迷わず進んでいくのだった。




