【第5話】
留まることなく銃弾の雨嵐が襲いかかってくる。
「勘弁してよもう!!」
「しつこいぐらいに撃ち込んできますね。あらよっと」
レインコートの裾から銀色の円筒を滑り落としたリヴが、地面に叩きつけられるより先に爪先でそれを蹴飛ばす。
放物線を描いて飛んでいくそれは、スタングレネードである。コンクリートの地面に叩きつけられるより先に縦横無尽に飛び交う銃弾に射抜かれてしまい、純白の光と爆音を撒き散らす。
網膜を焼かんばかりの閃光は、暗闇の中での活動に適した装備を備えている相手の視界を奪うのに最適だった。暗視用ゴーグルの視界さえ潰すことが出来れば攻撃の手も自然と止まる。
すぐ近くの茂みから顔を出して目元を覆い隠していた黒づくめの人間を見つけたユーシアは、素早く自動拳銃を握り直す。
「くたばれクソ野郎」
口汚く罵ってから、ユーシアは引き金を引く。
閃光が暗闇の中に溶けて消えていく前に、ガンガン!! と銃声が響き渡る。茂みから愚かにも顔を出していた黒づくめの人間を2人ほど仕留めた。
暗視用ゴーグルもようやく元の状態に戻ったのか、閃光が暗闇の中に溶けて消えていくと同時に再び銃弾の雨嵐が再開された。ユーシアな慌てて自動拳銃を引っ込め、純白の狙撃銃を抱えてリヴの背中を追いかける。
「リヴ君、スタングレネードってもうないの!?」
「あるにはありますが、心許ないですねぇ」
「出し渋ってるんじゃないよ、こんな時に!!」
ユーシアは悪態を吐く。どうせこんな時でもなければスタングレネードなど使わないのだから、出し渋ったところで在庫を抱えるだけなのに。
目の前まで迫ってきた国立議会所の柱の背後に滑り込み、ユーシアは残弾数の少なくなった自動拳銃を引き抜く。暗視用のゴーグルを装着している暇などないので、牽制の為に暗闇めがけて残りの弾丸を撃ち込んだ。
銃弾の雨嵐が国立議会所の屋根を支える太い石柱を何本も撃ち抜き、表面を抉り取る。石の柱は思った以上に頑丈で小さな欠片や細かい粉末を撒き散らすだけで、銃弾が貫通するまでの勢いはなかった。
自動拳銃の弾倉を取り換え、ユーシアは純白の狙撃銃を構える。本来の獲物はこちらだ。ようやくまともに戦える。
「リヴ君、暗視ゴーグル貸して」
「利子は高くつきますよ」
「利子をつけるなよ。何を利子として返せばいいのそれ?」
「ちゅーとかですかね」
「引っ叩くよ」
リヴから暗視用ゴーグルを借り受け、ユーシアは片手でそれを装着する。
暗視用ゴーグルによる恩恵を受け、ユーシアの視界に茂みなどに隠れて機関銃をぶっ放してくる敵どもの姿が確認できた。遠くの建物でも敵狙撃手が潜んでいるようで、銃口が真っ直ぐにこちらへ向いているのが見える。
面倒なのは狙撃手の方だ。ユーシアと同じような能力を持っていれば、間違いなく眠らされる。ユーシアが撃たれれば同じく傷つくことだろう。同じ能力を有する【OD】は互いの異能力が競合を引き起こし、無効化してしまうのだ。
冷たい銃把を頬に寄せ、引き金に指をかけたところでリヴがユーシアに顔を寄せてくる。
「1発撃つごとにちゅー1回ですよ」
「…………」
ユーシアは眼球だけで顔をすぐ側に寄せてきたリヴを睨む。
ニヤニヤと笑っていたので、おそらく冗談で言っているのだろう。この状況でも冗談を言える根性は見事なものだ。その強靭すぎる鋼の精神を見習いたくなる。
言っておくが、ユーシアの性癖は普通である。普通に女の人が好きになるし、ましてや未成年で同性など手を出す訳がない。肩を掴んで「ねえねえ、1発につき1回ちゅーですよ」なんて冗談を宣う馬鹿野郎に付き合っている余裕など微塵もない。
深々とため息を吐いたユーシアは、純白の狙撃銃の銃身を掴む。
「ほら、ちゅーだよ」
「どぅぶ!?」
銃身の向きを無理やり変えて、ユーシアは槍の如く純白の狙撃銃を突き出した。
狙撃銃の銃口が、リヴの眉間に突き刺さる。骨を穿つような硬い感覚が純白の狙撃銃を通じて伝わってきた。敵狙撃手の脳天をぶち抜いた時とは違う生々しい感覚に、ユーシアは眉根を寄せた。
眉間を狙撃銃の銃口でぶっ叩かれたリヴは、痛みに悲鳴を上げて倒れる。仰向けでジタバタと暴れる真っ黒てるてる坊主は涙目で訴えてきた。
「何するんですか、そんなのちゅーじゃないでしょう!!」
「銃口だって『口』でしょ。何が不満なの」
「不満だらけですよ、酷い先輩ですね全く!!」
「馬鹿なことを言わなければよかったんだよ」
改めて純白の狙撃銃を構えると、ユーシアは国立議会所の正面に聳え立つビルを狙う。ビルの窓から狙撃銃で柱の影に隠れるユーシアとリヴを狙う敵狙撃手は、純白の狙撃銃を向けられていることに気づいて僅かに見えていた口元を引き攣らせた。
建物の中に引っ込むより先に、ユーシアは引き金を引く。細く長い銃声が、今もなお炭をぶち撒けたような夜空に響く機関銃の銃声に掻き消される。銃口から放たれた弾丸は空を切ってビルめがけて飛んでいき、窓ガラスを軽々と粉砕して敵狙撃手の眉間をぶっ叩いた。
仰向けに倒れる敵狙撃手の姿を確認しながら、ユーシアは薬莢を排出する。新しい弾丸を薬室に込めながら、耳を突き刺す銃声の群れに顔を顰めた。
「やだな、これじゃ分が悪い」
「困りましたね」
「リヴ君まともな武器を持ってないの? 爆薬とかロケットランチャーとかさぁ」
「爆薬はありますが、ロケットランチャーはさすがに弾丸の値段が高すぎますね。ネオ・東京軍の本拠地でくすねてこないと無理ですよ」
「手榴弾とかは?」
「あるにはありますが、それで果たしてどれぐらい減らせるのかが問題ですね」
リヴはそう言いながら、レインコートの袖から黒いパイナップルのような物体をゴロゴロと転がす。栓を引き抜いてから腕力の許す限りで全力投球し、次々と爆破させていく。
銃声が掻き消えると同時、爆発音が轟く。腹の底に地響きのような衝撃が与えられ、赤々とした爆発の様子が暗視ゴーグルを装着したユーシアの視界を焼く。
しかし、
「ほらやっぱり、相手は相手でやっぱり多いですね」
「しつこい人間は嫌われるよ。主に俺に」
「シア先輩如きに嫌われても」
「何、その『如き』って。腹立つな」
爆発が収まると、再び機関銃の雨嵐が襲いかかってくる。もはや当てずっぽうに撃ち込んでいるとしか思えない愚行だ。弾丸の代金が嵩む一方ではないか。
弾丸の大盤振る舞いとは非常に羨ましいことである。ユーシアもリヴも弾丸代で意外とヒイヒイ言うのに、自由に撃ち込むことが出来るなんて最高の環境ではないか。
舌打ちをしたユーシアは、
「もう行っちゃう?」
「追いかけてきますよ。後ろを気にしながらラスボスと戦うおつもりで?」
「うわぁ、そうだよなぁ。リヴ君の元同僚って雰囲気とかぶち壊してきそうじゃん。邪魔してきそうだなぁ」
ユーシアとリヴが国立議会所に控えるネオ・東京の頂点と戦っている間に、子飼いの諜報員たちが追いつきそうである。背後から狙われたらムードぶち壊しもいいところだ。
しかし、ここで足止めを喰らうばかりでは前に進むことすら出来ない。ジリ貧の戦闘を続けるのは御免である。
その時、
「?」
「シア先輩?」
「いや、今なんか」
暗視ゴーグルを額に上げたユーシアが聞いたのは、何か車のようなものが走ってくるような音だった。次第に銃声が収まり、中には悲鳴じみた声まで混ざる。
――――ッッッッドン!!
突如として激しい砲声が轟いたかと思えば、国立議会所の周囲を取り囲むようにして伸びるビルが1棟まるごと崩れ落ちていく。ガラガラと崩落するビルから悲鳴が聞こえてきた。
何が起きたという認識は、次の瞬間に覆る。ぬるりと暗闇が蠢き、硬質な何かが伸びてくる。闇に紛れて動くそれは、紛れもなく戦車だった。
その戦車から、聞き覚えのある胴間声が音割れのするマイク越しに劈いた。
『よう、死神ィ!! 弾ァ届けにきたぞ!!』
「ラインバーツ少佐!?」
ユーシアは驚きの声を上げる。
援軍に来たのはあの革命戦争の際、戦車を乗り回して【OD】たちを轢き潰した『血染めの虎』ことヘルエスト・ラインバーツであった。




