【第1話】
物凄い速度で景色が背後に流れていく。
「ひゅー、やっぱり表通りは明かりがまだついているので綺麗ですね」
「ちょっともう、本当にふざけないでよ!!」
爆走するタクシーの後部座席にしがみつくユーシアは、運転席でハンドルを握るリヴに抗議の声を上げる。
一体どこに向かっているのか、リヴはアクセルを限界まで踏みつけて一般道を高速でぶっ飛ばしている。当然信号無視もしているし、赤信号なのに大規模な交差点に突っ込んで盛大にクラクションを鳴らされたりしていた。このまま歩行者を轢いたところで止まりもしなければ、轢いた歩行者にトドメを刺す目的でバックすることも考えられる。
スピード違反で警察に通報されるか、あるいはSNSに動画で晒されるかの選択肢が頭の中をよぎる。警察に捕まりたくないし、SNSで面白おかしく玩具にされるのも甚だ不本意だ。ユーシアはこんな状況を望んでいない。
かろうじて運転席の背もたれを掴んだユーシアは、
「リヴ君、せめてもう少しスピードを落として。俺に優しい速度にして!!」
「あー、もうダメですねぇ。後ろが来ておりますので」
「警察も嗅ぎつけるのが早すぎでしょ!! この公僕の犬どもがよ!!」
バックミラーで後続車の様子を確認したリヴの飄々とした言葉に、ユーシアは頭を抱えた。暴走車を検挙しようとやってくるのが早すぎやしないか。
背後に視線をやると、確かに遠くの方で赤いランプを輝かせる白黒の車が数台ほど追いかけてきていた。耳を劈くサイレンの音に紛れて警察官の停止を促す日本語まで聞こえてくる。このまま追いつかれるのが先か、目的地に到着するのが先か。
ユーシアは「もう!!」と悪態を吐き、
「リヴ君、ドア開けて。狙撃するから車線変更しないでね!!」
「保証は出来ませんよ。前方に車がいたら避けなきゃいけないですし」
「どうにかしといて!!」
半開きになった車の扉を蹴り飛ばし、ユーシアは半身を外に躍らせる。
頬に当たる空気が冷たい。暴風が容赦なくユーシアの金髪を乱し、サイレンの音が余計にうるさく耳へ突き刺さった。
網膜を焼くほどの鮮烈な赤いランプを光らせ、白黒の車がリヴの運転する暴走タクシーに追い縋る。この状況で追い縋ろうとする気概は尊敬できる。
座席に投げ出していたライフルケースから純白の狙撃銃を引っ張り出すと、ユーシアは素早く照準器を覗き込む。
「――――」
呼吸を一瞬だけ止め、引き金を引き絞る。
純白の狙撃銃の銃口が火を吹き、放たれた銃弾は追いかけてくる警察車両のタイヤを射抜いた。パァン!! という破裂した音がまだ明るい夜のネオ・東京の街並みに響く。
タイヤを射抜かれた車両は、フラフラと蛇行運転を始める。制御が効かなくなったせいで他の車両を巻き込みながらひっくり返り、盛大な交通事故を引き起こした。後ろから続いていた一般車両も急に止まれず、ひっくり返った警察車両に頭から突っ込んで玉突き事故も誘発する。
狙撃を成功させたユーシアは、すぐに頭を引っ込める。突き進む暴走タクシーの前方に、新たな白黒の警察車両が現れたからだ。
「おっと」
リヴが思い切りハンドルを切る。遠心力が働き、後部座席のユーシアは容赦なく振り回された。
純白の狙撃銃を抱きしめ、天井付近に取り付けられたハンドルを握ることで車内から振り落とされることを回避するユーシア。扉が開けっぱなしだったのが災いしてちょっとコートの裾が外に投げ出される。慌てて身体ごとタクシーの車内に引っ張り込んだが、飛び跳ねる心臓は誤魔化せない。
乱暴な運転手に、ユーシアは堪らず噛み付いた。
「リヴ君、だからもうちょっと丁寧に運転してって言ってるでしょ!!」
「仕方ないじゃないですか。前からも来たんですから」
平然と返すリヴにユーシアはなおも抗議を重ねようとするが、すぐ側で銃声が聞こえてきた。
見れば、開けっぱなしにされているタクシーの扉が凹んでいた。半身だけ扉の外側に出して後方を確認すると、追随するパトカーから身を乗り出した警察官が自動拳銃をこちらに向けていた。銃刀法違反がある法治国家ではなかったのか。
ユーシアは舌打ちをすると、抱えていた純白の狙撃銃のレバーを引いて弾丸を排出させる。新たな銃弾を薬室に叩き込むと、素早く純白の狙撃銃を構えた。
「しつこいなぁ!!」
悪態を吐くと共に引き金を引く。
射出された銃弾は、助手席から身を乗り出していた愚かな警察官の眉間を的確にぶっ叩く。ネオ・東京軍と違って顔面をヘルメットなどで覆っていないので簡単に致命傷となる部位を撃ち抜かれてしまった。
まあ、撃ち抜いたところでユーシアの【OD】の異能力が発動し、相手は傷つかずに永遠の眠りを得るだけである。ただしパトカーの窓から身を乗り出していたことが災いし、撃たれた衝撃で吹き飛ばされて車道に身体が叩きつけられる。後続のパトカーがコンクリートの地面に転がる警察官を撥ね、可哀想な警官の身体は宙を舞った。
身内によってトドメを刺された哀れな警官にそっと敬礼を送ったユーシアは、
「無茶なことをしなきゃいいのに」
「蛮勇と言うんですよ、あんなの」
リヴは前方を睨みつけながら鼻を鳴らす。
前からも迫ってくるパトカーを華麗なハンドル捌きで回避し、通過したパトカーが慌てたようにハンドルを切るから一般車両とぶつかって交通事故を引き起こす。夜のネオ・東京の街並みに人間の悲鳴だけではなく、クラクションの大合奏までけたたましく響いた。
全く、あれらもいつまで追いかけてくるのだろうか。そろそろ無意味なことに気づいてほしいものである。それとも最後の1台になるまで追い縋るつもりだろうか。
再び排莢したユーシアは、開きっぱなしになっているタクシーの扉を閉めようとドアノブに手を伸ばす。
「あ、曲がりますよ」
「は?」
唐突に、リヴがそんなことを言った。
言葉の意味を理解するより先に、リヴが思い切りハンドルを切る。車内に強烈な遠心力が襲いかかり、シートベルトという命綱をしていないユーシアは再び振り回される羽目になった。
文句を言うより先にユーシアが認識したものは、細い路地裏に向かっていくタクシーである。背の高いビルとビルの隙間、夜の闇が蟠る細い道めがけてタクシーが突っ込んでいく。
扉を開閉するどころの騒ぎではなくなった。
「ぎゃああああああ!?」
「ははははははははは!!」
ユーシアの悲鳴と、リヴの哄笑がほぼ同時に車内を満たす。
開けっぱなしにされていたタクシーの扉は、路地裏の幅に入らなかったので根本からバギィ!! と音を立てて吹き飛んだ。おかげで片側の扉がなくなってしまった。明かりに満ちた表通りから甲高い悲鳴が幾重にもなって耳を劈き、吹き飛んだ扉に何が起きたのか遠回しに伝えていた。
吹き飛んだ扉に巻き込まれて通行人が潰されたか、それともリヴの雑な運転に巻き込まれた歩行者が撥ね飛ばされたか。あるいはその両方が可能性として考えられるかもしれない。歩行者などお構いなしに運転しているので、交通事故ぐらいは起こしそうだ。
ユーシアはリヴの座る運転席の背もたれを掴み、ガクガクと揺さぶる。
「リヴ君、洒落にならないから!! 本当に丁寧な運転で行ってよお願いだから!!」
「しっかり掴まっててくれれば問題ないですって」
「後ろを見たら俺が振り落とされてましたってオチでもいいのかこの邪悪なてるてる坊主!! こちとらジェットコースターを乗りに来たんじゃないんだよ!!」
「文句があるなら追いかけてくるパトカーにでも言ってくださいよ。あれらが邪魔をしてくるんですから」
「あれらがいなくてもお前さんは自由に振り回すぎゃあゴミ箱が吹き飛んできたぁ!!」
「愉快ですねぇ」
「リヴ君あとで覚えておきなよ!?」
路地裏に置かれていたゴミ箱を轢き飛ばし、宙を舞ったゴミ箱から散ったゴミが車内にまで入り込んできてユーシアは悲鳴を上げる。どれほど悲鳴を上げようと、リヴがスピードを緩めることはなかった。




