【小話:悪党深夜メシ】
寝苦しさを覚えて、ユーシアは目を覚ました。
「…………また潜り込んでる」
布団を捲ると、胸元に縋り付くようにして真っ黒なてるてる坊主が目を閉じていた。規則正しい寝息を立てているので眠っていることには眠っているようである。
こうして度々ユーシアが眠っているベッドに潜り込んでくるので、無碍に蹴り出すことも出来なかった。子供体温はどうにも寝心地がいいようで、あと単に寝起きの頭では碌に物事を考える機能が失われるらしく、結果的にこの状況を眺めても「まあいいか」なんて思えてしまうのだ。
しかし、今日ばかりは思考回路も戻ってきていた。ユーシア自身の身体に異変が起きていたのだ。
「お腹空いたな……」
小声で呟く。
今日の夕飯はあまりお腹が空いていなかったから適当に少なめで済ませたのだが、その不調を取り戻すように今になって空腹を訴え始めた訳である。このまま朝食の時間まで待てる訳がない。
スマートフォンで時間を確認すると、深夜の2時を回った頃合いだった。まだまだ時間はあった。我慢など出来ない。
ユーシアは隣で平然と眠る相棒を起こさないようにベッドから抜け出すと、
「ちょうどいいや、あれを試す時かな」
そう言えば、日本語を勉強する教科書として読んでいた料理本の中に面白いレシピが掲載されていたので、それを実践しようと思う。
☆
商売道具である純白の狙撃銃を護身用に、自動拳銃を懐に忍ばせて、といういつものスタイルでユーシアは部屋を抜け出した。
目的地は占拠しているホテルのレストランである。
ここにはレストランがいくつか存在し、それぞれ自由に使うことが出来るのだ。ユーシアも部屋に専用の調理設備を用意できない料理を作る際は、レストランの厨房を使わせてもらうことも多々ある。テーブルセットもなかなか上等なものを使用しているので、最近ではレストランで食事を摂ることも珍しくはない。
そんな適当なレストランを訪れると、先客がいた。
「おう死神ィ」
「うわ」
ユーシアは顔を顰めた。
入ったレストランはカウンターが目立つお洒落なバーだが、そこにウィスキーグラスを掲げたヘルエストがいた。どうやら晩酌の真っ只中のようで、傍らには開けっ放しになっているミックスナッツの袋がある。
だいぶ酒を飲んでいるようで、ヘルエストの琥珀色の双眸は眠たげにトロンと垂れ下がっていた。だがまだ正気を失うほどベロベロに酔っ払っている訳ではないようで、やってきたユーシアに絡むような真似もしなかった。銃火器を装備していることに気付いたようである。
「何でここにいるの?」
「晩酌だよ、見りゃ分かるだろ」
「ああ、だと思った」
ヘルエストはウィスキーを口に含み、
「テメェは?」
「お腹減ったから、何か作ろうかと思って」
「この時間帯に腹が減るって、どんだけ生活リズムが崩れてるんだよ」
「夕飯の量が少なかったんだよ。ちょっと調子が悪かったはずなのに、今になって調子を取り戻してきちゃったんだもん」
ユーシアはライフルケースをカウンターに置き、ヘルエストに「見てて」と言う。
「見ててくれたら、夜食をちょっとだけ分けてあげてもいいよ」
「テメェが料理?」
「よくやってるのは見てるでしょ」
訝しむヘルエストを置いて、ユーシアは冷蔵庫の中身を漁る。
ここには、日々の調達任務で持ってきた食材が置かれているのだ。自由に使うことが許されているようで、ユーシアも何度か勝手に食材を使っているが咎められたことはない。あまり料理をするような戦闘要員の【OD】が少ないらしく、出来合いのばかりを購入するので溜まっていく一方らしいのだ。
冷蔵庫を漁ると、生ハムとコーンの缶詰を発見した。そしてついでにラップに包まれたまま保存されている白米も。これだけあれば一品料理が作れそうである。
次々と食材を冷蔵庫から取り出しては台所に広げるユーシアは、調理器具のボウルを掴んだ。
「あの本には温かいご飯とか言ってたなぁ」
温かいご飯と、これらの材料を混ぜ合わせるだけだったような気がする。
電子レンジなどという気の利いたものは、こんなお洒落なバーに存在しなかった。かと言ってオーブンで温めるのもどうかと思う。ただの冷やご飯なのに。
面倒なので追加でフライパンを持ってくると、ひんやりしたご飯を油を引いて温めたフライパンに投下する。油を絡めながら炒めて、ついでにコーンの缶詰と使いかけの生ハムをまとめてフライパンの中にぶち込んでやった。生ハムではなくてベーコンだったら完璧なのに、まあ生ハムでも問題はないだろう。
ガタガタと油を絡めてやりながら米とその他の材料を炒め、仕上げにほんの少しの調味料を加えたら完成である。
「はい、コーンピラフ」
「おお、凄えいい匂い」
全部取っていかれると溜まったものではないので、ほんの少しだけ取り皿に分けてヘルエストの前に出してやる。
ヘルエストは早速とばかりにスプーンで出来上がったばかりの深夜メシを掻き込んで「美味え」と感想を漏らした。どうやら口にあった様子で何よりである。
さて、ユーシアもとっとと深夜メシを食べてお暇するかと出来上がったばかりのピラフの皿に手を伸ばすも、
「あれ?」
皿がなかった。
あるべき場所に皿がない。
ユーシアはお洒落なバーの中を見渡すと、
「これ美味しいですね」
「リヴ君!?」
「はい、アンタの相棒のリヴ君です」
バーカウンターに平然と向かうリヴがいた。しかも彼の手元には、今しがた作ったばかりのコーンピラフの皿がある。むしゃむしゃと食ってやがるのだ。
「水臭いじゃないですか、深夜メシなら呼んでくださいよ」
「それ俺のなんだけど」
「美味しいです」
「あーもう」
普通に感想を言いながらコーンピラフを消費していくリヴに、ユーシアは頭を抱えた。サッと作ったとはいえ、食われるのはどうしようもない。自分が食べたくて作ったのに。
仕方がないのでもう1品作った方がいいだろう。このまま空腹の状態で眠れる訳がない。
ユーシアは新たに食材を取り出す。結局、眠るまでに5品ほど料理を作る羽目になったが、お腹は満たされたので満足して眠ることが出来た。




