【第10話】
ネオ・東京全体を『【DOF】に気をつけてください』という警告で満たされる。
「賑やかな夜だね」
「最高の夜じゃないですか」
オフィスビルを背にしたユーシアとリヴは、ちょうど近くにあったタクシー乗り場に止まっている車両に目をつける。
運転席ではタクシーの運転手が乗客を待っていた。乗り場の看板前に立てばすぐさま扉を開けてくれることだろう。この【DOF】で混乱を引き起こされた状況で、よくもまあ客を乗せようと思えるものだ。
リヴがタクシー乗り場に止まっている車を指差すと、
「あれ奪いましょうか」
「いいね」
ユーシアは自動拳銃を引き抜き、リヴの提案に頷く。
リヴが車両に近寄ると、特に確認する間もなくタクシーの運転手は後部座席の扉を開けてしまった。乗客の姿を確認するなり慌てて閉じようとするも、そうは問屋が卸さない。
まるで幽霊のように姿が掻き消えたリヴは、次の瞬間、タクシー運転手の隣にいた。助手席に座り、レインコートの袖から滑り落とした大振りのナイフを運転手に突きつける。
『騒がないでくださいよ、今せっかく気分がいいところなんです』
『け、警察、警察を呼ぶぞ……!!』
『おや、それを僕たちに言います? こんな武器持って外を出歩くような奴が警察に捕まえられるとでも?』
リヴが何やら運転手とやり取りをしているうちに、ユーシアは自分の身体を後部座席に滑り込ませた。
ギョッとする運転手の顔。ちょうど後部座席と運転手の間には透明なアクリル板があるので普通に狙ったところで弾丸は阻まれてしまうが、金銭のやり取りをする為に一部分だけ穴が空いていた。
その場所を狙って、自動拳銃を掴んだ腕を差し込む。消音器が取り付けられて膨らんだ銃口を向けられると、運転手もさすがに命の危機が迫っていると理解したのか顔の筋肉を引き攣らせた。
ここで「車を出せ」だなんて言わないのがユーシアとリヴである。脅しているのによからぬことを考えられても面倒だ。
「ちょっと静かにしててもらえる?」
そう言って、ユーシアは引き金を引いた。
銃弾は、的確に運転手の側頭部をぶっ叩く。【OD】としての異能力のおかげで運転手に傷は1つもなく、ただ気持ちよさそうに寝息を立てながら眠り始めてしまった。
すかさずリヴが運転手の腕を握りしめると、運転手の姿が掻き消える。リヴの【OD】の異能力によって消えた運転手は、タクシーの窓から往来に放り投げられていた。硬いコンクリートの地面に大の字で寝転がっても起きることはなく、通行人が鬱陶しそうな視線を寄越すだけだ。
その姿を目線で追いかけたリヴは、
「ちょっと待っててください。ついでに【DOF】も食わせてきます」
「【OD】の異能力で眠らされた上に【OD】にもさせられるってどんな地獄よ」
「シア先輩、こういうのを日本語で何と言うか教えてあげましょう。『踏んだり蹴ったり』です」
「やば」
リヴは助手席の扉から降りてしまうと、そのまま往来で大の字になり寝転がるタクシー運転手に歩み寄る。
大口を開けて眠る運転手の胸倉を掴むと、その口の中に余った安物のチョコレートを放り込んだ。いつしか口の中で溶け出して、内部に仕込まれた【DOF】が身体に染み込んでいくだろう。永遠に眠り続ける上、【OD】にも改造されてしまうとは、あの運転手は運がない。
用事を終えて清々しい足取りで戻ってきたリヴは、平然と運転席側のドアを開ける。そして運転席に自分の身体を滑り込ませると、シートベルトを装着した。
「車を奪ってどうするつもり?」
「いやぁ、このままシア先輩とドライブできたらと思いまして」
「ふーん」
ユーシアは何とはなしに車のバックミラーを見やる。
運転席に座り、ハンドルを握るリヴの表情がよく見えた。その表情は冗談を言っている雰囲気ではなく、真剣そのものである。
ここまでネオ・東京に深く入り込むことが出来たのだ。最終目標である日本国大統領の首を狙うのは、リヴと長いこと付き合いのあるユーシアは簡単に想像できた。ここで決着をつけるつもりだろう。
だから、ユーシアは言う。
「いいよ、最高じゃん。こんな地獄の中で優雅にドライブなんて」
砂色のコートの下から真っ黒い煙草の箱を取り出し、ユーシアは【DOF】を口に咥える。安物のライターで火を灯して、煙を逃がす為にタクシーの窓を開けた。
バックミラーに映り込むリヴの黒曜石の双眸が、一瞬だけ大きく見開かれた。それから「知ってた」と言わんばかりに肩を竦める。
拒否する理由など、ユーシアにはない。ずっと復讐の舞台を最前線で見届けてくれた相棒の、ようやく巡ってきた晴れ舞台である。今度はユーシアが見届ける番だ。
ハンドルを握り直したリヴは、
「ではシア先輩、このまま風になりましょうね」
「待って」
「夜だから流星でしょうか。表通りはまだ明かりがありますからきっと綺麗だと思いますよ」
「待ってリヴ君、聞いてない」
「言ってない☆」
「この野郎、最初からすっ飛ばすつもりだったな!?」
ユーシアが自動拳銃を構えるより先に、リヴがタクシーのアクセルを全開まで踏む。慣性の法則が働き、ユーシアの身体は背もたれに縫い止められた。
そのまま悪党を乗せた1台のタクシーは、地獄と化すネオ・東京の街並みを物凄い速度で駆け出す。その内側で悲鳴が聞こえたのは、もはや言うまでもないだろう。




