【第7話】
魔都に残ったリヴは、いくつもの携帯電話やスマートフォンを操作していた。
「もう少し高級感のある箱はありますか? 有名なチョコレート専門店が取り扱うような化粧箱のようなものが望ましいですね」
「あー、どうだったかな。こういうのは?」
「まあ、それぐらいのデザインなら及第点ですね。あとは【DOF】の見た目を高級感のある小粒のチョコレートみたいに整えてもらって」
「はいはい。注文が多いな」
忙しなく【DOF】の調合屋であるユーリカと議論を繰り返し、リヴはテーブルに置かれたお菓子の化粧箱を写真に収める。
蓋が開け放たれたままの化粧箱には高級感を感じられるチョコレートが詰め込まれており、それだけで宣伝の材料にでもなりそうな予感があった。実際、宣伝として使用する予定なので見た目にもこだわっている。
リヴは撮影したばかりのチョコレートの写真を画像加工アプリで加工しつつ、
「この調子で箱の大きさが違う商品を用意しましょう。SNSでも問い合わせが凄いですし」
「ネオ・東京の連中は暇なのか?」
「SNSを見ることが出来るなら暇な人ばかりですよ」
リヴは加工を終えた写真を舐めるように確認をしてから、SNSに画像を投稿する。
内容は『痩せる!! チョコレート詰め合わせセット』だ。お値段もそこそこお安めに設定しており、お試しなら無料でお届けという食いつきそうな謳い文句まで一緒である。ネオ・東京どころか暇人はSNSでネタ探しに余念がないので、こういった眉唾なネタを放り込んでやればすぐに食いつく。
案の定、匿名のアカウントらしいものの返信がついてきた。『嘘くさ』『何を根拠に』『証拠はあるんですか?』などと心ない返信の文章が羅列する。一般人であれば心を折りそうなものだが、残念ながら世界で誰より殺人鬼と相棒から評されるリヴにはどこ吹く風である。罵詈雑言の嵐も気持ちいいものだ。
そんな嘘八百な売り文句を並べてSNSに投稿を続ける様を眺めていたスノウリリィは、ドン引きしたような視線を真っ黒てるてる坊主に突き刺す。
「こんなのおかしいですよ……」
「おかしくなきゃこの戦は勝てませんよ。いかに相手を手玉に取って地獄に叩き落とすのかを考えるのが肝ですから」
性格の悪い笑みを浮かべるリヴは、アカウント宛に送られてくるメール文章を慣れた手つきで捌いていく。メールの内容は誹謗中傷から始まり、チョコレート型の【DOF】に興味を持って実際に無料でお試しをしたいと申し出る阿呆だったり様々だ。「このアカウントはAIで運用されてますけど」と言わんばかりの反応速度でリヴは全てのメールに返信していく。
実際にチョコレートを送ってほしいと返信してきた相手には住所や氏名などを記入させて、罵詈雑言を送りつけてきた非常識なアカウントは逆にハッキングしてアカウントの所有者を特定。どこからこの投稿が送られてきたのかまで探ると、その誹謗中傷の文章を送ってきた連中にもチョコレート【DOF】を送ることにする。
SNSの運用とチョコレート【DOF】の発送準備を同時進行するリヴに、スノウリリィとユーリカは戦慄していた。
「手が、手が見えませんね……」
「あいつ、どこまで優秀なんだよ。ユーシアはよくあいつのような相棒を捕まえられたな」
「喧しいですよ。ユーリさんは喋っているぐらいなら手を動かしてください」
そこでリヴが操っている複数の携帯電話やスマートフォンのうちの1つが、少女の甲高い声を奏で始めた。『りっちゃん、おでんわだよ』というネアの声である。
音声が流れると同時にリヴが引っ掴んだスマートフォンは、普段から使用しているものだった。連絡先は必要な相手以外は登録されていない、完全にプライベート用のスマートフォンである。
液晶画面に表示された番号を確認し、リヴは通話に応じる。
「もしもし、ダーリン。もう到着しました?」
『無事に帰ってこれたよ。ネアちゃんがお腹空かせた腹ペコモンスターになってるけど』
電話越しに聞き覚えのある少女の声で『おにーちゃん、おなかすいたー』と訴えるのが鼓膜を震わせる。危険な地域でチョコレートを配ってくれたのだから、それ相応のご褒美ぐらいはないと拗ねることだろう。
『それよりもSNS見たよ。大盛況じゃない』
「作るのが追いつかないぐらいですね」
『ユーリさん大変そう』
「儲かるんだから嬉しい悲鳴でしょう」
リヴが適当なことを言うと、ちょうど【DOF】の調合中だったユーリカが脛を蹴飛ばしてきた。「余計なことを言うな」と言わんばかりの態度である。
今もなお忙しそうに【DOF】を調合中なので、これで儲けられれば調合屋として大成功は間違いない。チョコレートの形に整えるのが大変だろうが、そこはプロ根性を見せてほしいところだ。彼にはまだまだ頑張ってもらわなきゃ困る。
リヴはSNSの運用画面を眺めながら、
「ネアちゃん用にお菓子でも用意してお帰りをお待ちしてます」
「あ、でしたら夜ご飯の準備は私が」
「リリィが変な動きをしていますので、縄で縛って転がしておきます」
「何でそんな暴力を振るわれなければならないんですか!?」
余計なことを申し出てきたダークマター製造機であるスノウリリィを手早く縄で拘束し、リヴは部屋の隅に転がしてから通話を切った。どうせどんな料理を作っても泣き叫ぶ紫色のスライムにしかならないのだから、余計なことをさせるのは得策ではない。
☆
程なくして、ユーシアとネアが根城にしている『トーキョー・ステーション』併設のホテルまで帰ってきた。
「ただいま」
「ただいまぁ」
「お疲れ様です」
帰ってきたユーシアとネアを出迎えたリヴは、机の上に広げたチョコレートの詰め合わせの写真撮影に忙しそうにしていた。
あれらをSNSに掲載し、騙すのが目的である。「SNSには良くも悪くも暇人が溢れているのでこういうネタはすぐに食いついてくれるんですよ」なんて豪語していたので、その準備に忙しいのだろう。有能な相棒なのできっと上手くやってくれるはずだ。
抱えていたバスケットをソファの上に投げましたユーシアは、
「あれ、リリィちゃん何してるの。楽しそうだね」
「わざと言ってます?」
部屋の隅に縄で雁字搦めに縛られたスノウリリィから、恨みがましげな視線が寄越される。
原因は分かっている。夜食を作って待っていようとしたらしいのだが、ダークマター製造機であるスノウリリィに台所を任せたらトラウマを作りかねない。ただでさえネアはスノウリリィのダークマターを前にすると泣き叫ぶぐらいなのだ。
ユーシアは「そんなことないよ」と笑い、
「ネアちゃん、リリィちゃんの縄を解いてあげな。俺はちょっと着替えてくるから」
「あい」
ネアはこくりと頷くと、部屋の隅に転がされているスノウリリィの身体を締め上げる縄を器用にナイフで切って解いていく。他人の身体から臓器を引っ張り出すことが得意なネアなので、ナイフ使いはお手のものだ。
その姿を確認してから、ユーシアはあらかじめ用意しておいた自分の着替えを手にして風呂場に引っ込む。
ここに帰るまで、ユーリカによる変身の異能力が解けなかったのが幸いである。部屋に辿り着いた途端に元の姿でしかもメイド服を着た状態というとんでもねー格好を晒すことになってしまったので、無事に部屋へ戻ってこれてよかった。知り合いに出会うこともなかったのも幸いだった。
ようやく女装を止めることが出来て、ユーシアは息を吐く。もう二度とごめんだ。
「おや、もう脱いでしまったんですか?」
「もう二度と着ないからね」
ユーシアは脱ぎ捨てたメイド服をソファに叩きつけながら、
「で、用意できたの?」
「あとはこれをお届けするだけですよ」
リヴは住所と氏名をまとめた紙束をひらりと掲げて、
「お届けに行きます?」
「クリスマスにはまだ早いんじゃない?」
「たまには季節外れなことをするのも面白いでしょう?」
ユーシアは「違いないね」と笑い、リヴの掲げる紙束を受け取った。今度はメイドさんではなく、普通に宅配業者になりすますことになりそうだ。




