【第6話】
「最近、電気が止まっただとよ」
「あそこのスーパーも節電だと」
「困るなぁ、これから暑くなんのに」
「ネオ・東京発電所が外の連中にやられちまったらしい。ざまあねえ」
路地裏から外れた公園では、家を持たないホームレスで溢れ返っていた。
焚き火の明かりに、さながら誘蛾灯に吸い寄せられる羽虫の如く人が集まってくる。拾い集めた古紙や枝などをめらめらと燃える炎の中に放り入れ、ホームレスの人々は明かりと暖を取っていた。夏に向かう頃合いだが、陽の落ちた夜はまだ冷え込みが厳しい。
ホームレスの人々は着古した洋服を身につけた、痩せぎすな男性が多い。中にはちらほらと女性も混ざっているが、伸ばしっぱなしの髪を雑に束ねて化粧っ気のない能面のような無表情を焚き火の明かりに晒すだけである。自分は襲われる心配などないと言わんばかりの行動だ。
焚き火の明かりに吸い寄せられて集まってきたホームレスたちは、モゴモゴと口を動かして言う。
「何か食い物はあるか?」
「酒が飲みてえなぁ」
「コンビニでゴミを漁ってても、最近じゃ何もいいもんねえしなぁ」
最近のネオ・東京は物価高が凄まじすぎる。商品のそのものが入ってこないのが原因だ。おかげで家を追われ、こうしてホームレスとして公園などの屋外で生活することを余儀なくされる。
その原因を作っているのが、壁で仕切られた外側にある旧東京――魔都である。おとぎ話にちなんだ異能力を扱う【OD】が蔓延る危険地域。それでも物資が溢れているのであれば、壁を越えるのも悪くはない。実際、何人も壁を越えた仲間がいたが帰ってくることはなかった。
かろうじて残っていた保存食の携帯食料をもそもそと口に運ぶホームレスたちは、空腹を訴える腹をさすってため息を吐く。そろそろ何日も同じものばかりを食べていると飽きが回ってくる頃合いだ。
――――ざり、
その時、薄暗い公園内に地面を踏みしめるような足音を聞いた。
「あん?」
「誰だぁ?」
「まぁた警察とか軍隊の人か」
「炊き出しとかやってくんねえかなぁ」
ホームレスの面々は口々にそんなことを言う。『どうせ誰も救ってはくれないんだろう』という諦めや『いつになったら俺たちにもマシな生活を送らせてくれるんだ』という憤り、さらに『炊き出しでもいいから飯がほしい』という願望が言葉の端々に混ざり込む。
誰しも、少しでもいい生活を求めるのは必然だった。これだけ不便な生活を強いられ、道路を行く一般人は快適な部屋で夜を過ごすのだろう。行政だってホームレスを助けてはくれない。魔都の【OD】の連中をどうするのか揉めるばかりだ。
焚き火の明かりを目指してやってきたのは、新たなホームレスの仲間でも警察や軍人でもなかった。
「…………」
「…………」
2人の外国人、それもメイド服のコスプレをしている。
どちらも金髪碧眼、身長の高さが違うので姉妹か何かだろうか。身長の高い方は華奢で妖艶な目鼻立ちの美人で、その後ろに隠れている身長の低い方はメイド服の布地からでも肉感的な身体つきであることが分かる。
腕から一抱えほどもあるバスケットを提げたメイド姿の外国人たちは、焚き火に集まるホームレスを眺めて何事か会話を交わす。
「――――?」
「――、――――」
彼女たちの唇から漏れ出たのは、外国語だった。英語だろうか、流暢すぎて聞き取れなかった。
「何言ってるか分かるか?」
「分かんね」
「綺麗な外国人だなぁ」
「ちょっとでもいい思いできるかな」
言葉は分からないが、その顔立ちと身体つきはなかなかのものだ。それにホームレスたちは散々奪われてきたのだから、少しぐらい美味しい思いもしていいはずだ。そんな下卑た考えから、メイド服姿の外国人たちを眺めるホームレスの視線が粘ついたものになる。
そんな視線を知ってか知らずか、メイド姿の外国人たちは何も疑うことなくホームレスの集まる焚き火付近にさらに近寄ってきた。焚き火に当たりに来たのだろうか。だとしても彼女たちの身なりは綺麗である。
すると、背の高いメイドの外国人がおもむろにバスケットへ手を入れる。そこから引っ張り出されたものは、
「チョコレート?」
「ああ、あの10円で買える奴だろ」
「今は10円で買えねえんじゃないか?」
「12円ぐらいだっけ?」
「値段が上がったなぁ」
バスケットからメイドが取り出してきたものは、安物のチョコレートである。コロコロと手のひらに転がるそれらは、ホームレスたちも子供の頃に見覚えのある包装紙に包まれていた。
今日はハロウィンか何かだっただろうか。お菓子を配るようなイベントは、彼らにも記憶はない。無償でお菓子を配りに来たか。
メイドが突き出してくるチョコレートに警戒して手を出さずにいるホームレスたちに、相手は辿々しい日本語で言う。
「オ、試シ」
「お試し?」
問いただすと、メイド姿の外国人は頷く。
つまりこれは、無料で配布している試供品ということになるのか。見た目はありきたりなチョコレートだが、何かが違うのかもしれない。お菓子会社はたまにこういう試供品を無料配布してくれるのでありがたい。
試供品という情報を聞きつけたホームレスたちが「俺も」「私も」と殺到する。ニコニコの笑顔を浮かべたままチョコレートを貰い受け、包装紙をビリビリに破いて口に運んでいた。中にはお代わりを貰おうと画策する狡い奴もいたが、メイド姿の外国人は笑顔でお代わりを渡していた。
チョコレートは甘く、飢えた舌の上で蕩けていく。中に仕込まれているのは酒か何かだろうか、妙に深みのある苦味が広がった。
「おう、嬢ちゃんたち。チョコレート、あれ?」
チョコレートを堪能したホームレスたちは、いつのまにか彼女たちの姿が消えていることに気づいた。用事が済んだから去ったのだろうか。
どうせならあのチョコレートを強奪してやればよかったと誰かが言っていた。確かにそうかもしれない。バスケットの中にはまだ大量のチョコレートがあった。あれならしばらく食い繋いでいけるかもしれないのに。
すると、
――――きゅるきゅるきゅる。
キャタピラの音が耳朶に触れた。
顔を上げれば、ネオ・東京では見慣れたドラム缶のような形が特徴的のロボットが公園内に侵入してきていた。【OD】を見つけ、処刑する為の自立型兵器だ。異能力社であり人間を辞めた存在である【OD】に対抗する為、軽機関銃を始めとした火器系が搭載されている。
この時間帯だから、きっと見回りでもしているのだろう。ご苦労なことである。あの機械も電力で動いているのだから、そのうち止まることだろう。
ホームレスたちはそのドラム缶型のロボットに一瞥をくれてやるだけだった。自分たちは【OD】ではないから関係ない兵器である。銃火器を向けられる心配もない。
『体内から【DOF】の成分が検出されました。【OD】と認定し、規制法に基づいて排除いたします』
不穏な電子音声が聞こえてきたのは、その直後だった。
ドラム缶型のロボットから軽機関銃を装備したアームが伸びる。その銃口が無防備なホームレスたちに向けられたと思えば、タタタタッと軽い銃声と共に火を噴いた。
銃弾がホームレスたちを次々と傷つけていく。本来であれば壁の外に追いやられた【OD】を殺害する為の兵器が、どうして【OD】ではないホームレスたちを排除しようと動くのか。
いや、思い当たる節はある。チョコレートだ。
「まさか、あの」
真実に気づいた時にはすでに遅く、脳天を銃弾で射抜かれてホームレスたちは絶命する。
☆
「おにーおねーちゃん、おなかすいたぁ」
「『まあ、結構配ったしね。ここら辺で引き上げようか』」
空腹を訴えるネアの頭を撫で、ユーシアは帰り道に繋がる路地裏に飛び込む。
遠くの方では銃声が立て続けに聞こえていた。それもあちこちから。
きっと、あのドラム缶型の処刑ロボットは大忙しだろう。【OD】が大量にネオ・東京内に出現すれば忙しくなるはずだ。そして何も知らぬまま【OD】にされた哀れな人々は銃弾に射抜かれて死んでいく。
さて、それなら第2段階だ。
「『もしもーし、リヴ君』」
『びっくりしますね、シア先輩の声が高いと』
「『誰のせいでこんなことになってると』」
スマートフォンで電話をかけたのは、相棒のリヴである。彼には魔都の『トーキョー・ステーション』であるものを用意してもらっていた。
「『一旦帰るよ。準備は?』」
『いつでもいけます』
電話口から聞こえてくる相棒の声は、どこか嬉しそうに弾んでいた。
『これから地獄が始まりますね』
「『そうだね』」
つられて、ユーシアもそれはそれは楽しそうに応じるだけだった。




