【第5話】
「ほんと、大人たちって無能だよね」
「魔都とか早く焼けばいいのに」
「ていうか電気止まるって聞いてうざ」
「これからどうすんの。誰も保証してくれないよね」
暗闇の中に、少女たちの姦しい声が響き渡る。
ぼんやりと己の顔を照らすスマートフォンの画面の明かり。カツカツと指先に施されたネイルが、液晶画面に擦れて硬い音を立てる。充電の少なくなったスマートフォンを光源にして、寄り集まった4人の少女たちが化粧品を片手にコンクリートの地面へ座り込む。
化粧を直し、明るい色に染めた髪を整えながら、彼女たちはネオ・東京の未来を嘆く。その口振りは下品極まりないが、まだ【OD】に手を出していないだけで人間を保てていた。「てかまた太ったんだけど」「肌荒れやば」など、すでにもうネオ・東京に対する批判の言葉など、真っ赤な口紅の引かれた唇からは紡がれない。
SNSの更新を確認していた少女の1人が、
「ていうかさぁ、じゃあもう魔都に行った方がよくね? 最近、物価高も凄いし」
「だよね。【OD】だっけ? そいつらが襲撃して、何かたくさん持っていっちゃうんでしょ。知らんけど」
「それなら食べるものも溢れてそうじゃん。うちらだってさあ、おじ相手にこんなことする必要もないし」
「言えてる」
カツカツと会話に混ざるネイルがスマートフォンの液晶画面を擦る音。少女の1人がSNSの投稿画面に文字を打ち込んでいるところだった。
投稿内容は援助交際がどうの、パパ活がどうのなどの自分の境遇を嘆くようなもの。魔都に住まう連中が好き勝手にやらかして、ネオ・東京の物資を勝手に持っていってしまうので流通が滞っているのだ。物価が上昇しても仕事の給料は上がらず、税金ばかり上がるのでむしろ取られるものが増えるだけ。だからこうして身体を切り売りするしかないのだ。
すると、
――ざり、
コンクリートを踏みしめる、足音。
最初に気づいたのは誰だったか。化粧をする少女は手を止め、SNSに自分の境遇を嘆く投稿をする少女はスマートフォンの画面から顔を上げ、甘いコーヒーを啜る少女は暗闇に視線を投げ、自分のネイルの調子をぼんやりと眺めていた少女は興味なさげにしている。
表通りのネオンが届かない暗闇から、ぬっと伸びる足。ざりざり、とコンクリートを踏む足音を立てて少女たちの前に姿を見せたのは、メイド服のコスプレをした外国人の2人組だった。
その格好を目の当たりにした少女たちの表情が固まる。足りない頭では「どうしてこんなところにメイドが?」とでも至極真っ当なことを考えているのだろう。
「え、何?」
「こんなところに外人なんか何してんの?」
「ていうかメイド服ってオタクじゃん」
「きも」
異常な光景を前に、警戒心全開の毒を吐き出す少女たち。異物を受け入れられないという徹底した態度。
相手に何をされるか分かったものではないから、彼女たちの抱く警戒心は確かに正しいものかもしれない。親からの教育か、それともかつて自分自身が経験したことが物語っているのか。
視線と言葉だけを投げかけられたメイド服姿の外国人2人組は、キョトンと首を傾げている。外国人だから日本語が分からなくて当然だ。
「――――」
「――――?」
「――――、――――」
かろうじて聞き取れた言語は英語だった。恐ろしいほどネイティブなので、何を言っているのか理解できなかった。
不意に外国人メイドのうち、背の高い方が動いた。1人の少女に歩み寄ると、その手に提げた一抱えほどもあるバスケットから何かを取り出す。
それはチョコレートだった。少女たちでも知っている、有名で安価なチョコレートの包みが目の前に差し出される。チョコレートを差し出してくる外国人メイドは綺麗に笑うだけだ。
その怖気のする笑顔に、チョコレートを差し出された少女はその手を叩き落としていた。
「いらねえよ!!」
呆気なくチョコレートは吹き飛ばされ、コンクリートの地面に叩きつけられる。
本能的な恐怖を感じた。他人が与えてくる食べ物に碌なものが入っている訳がない。酒か薬物か、どちらかの混入が簡単に想像できる。
気味の悪い笑顔を貼り付ける外国人メイドは、コンクリートの地面に転がった安物のチョコレートをわざわざ拾いに行く。身を屈めてチョコレートの粒を拾い上げ、包装紙をぺりぺりと剥がした。
「――――」
少女の理解できない英語で何事か囁いたかと思えば、外国人メイドの指先に摘まれた剥き出しのチョコレートが容赦なく少女の口に突っ込まれた。
唐突のことだったのでチョコレートは前歯の防波堤を突破し、少女の口腔内に転がり込む。吐き出そうと舌を動かそうとするも喉奥に迫る勢いで指先が突き入れられ、息苦しい中にチョコレートの甘い味が舌全体に広がっていく。外国人メイドの腕を掴んで抵抗するも、相手は一体どんな膂力を持っているのか引き剥がすことが出来ない。
ジタバタと暴れる少女の無防備な腹に、外国人メイドの拳が捩じ込まれる。鈍い痛みが身体を貫いていった。口の中のチョコレートも吐き出せるかと思えば、外国人メイドの手が少女の顎を強く押さえつけてきたので吐き出せず、そのまま溶けかけたチョコレートを飲み込んでしまう。
「げほッ、おええッ」
嗚咽を漏らす少女は、外国人メイドを睨みつける。涎が付着した指先に嫌悪の眼差しを向けていたメイドは、用事は済んだとばかりにチョコレートを無理やり食べさせた少女から視線を外す。
他の少女は、背の低い方の外国人メイドがチョコレートを食べさせていた。抵抗する素振りは見えない。少女たちにチョコレートを食べさせるメイドの手には天使のレリーフが施されたナイフが握られており、その切先が彼女たちの腹に突きつけられている。刺される恐怖からか、少女たちの目には涙が浮かんでいた。
そうして無理やりチョコレートを食べさせられると、外国人メイドたちは何事もなかったかのようにそそくさとその場から立ち去る。
「何だったの一体」
「頭おかしい」
「帰ろう」
「もう帰ろ」
痛む頬をさすり、またナイフを突きつけられた恐怖を振り切って、少女たちは路地裏から飛び出す。もうこの場にはいたくなかった。
――きゅるきゅるきゅる。
路地裏から出た頃、ドラム缶型のロボットがキャタピラで移動しながらやってくる。チカチカと明滅するカメラが、今しがた路地裏から出てきた少女たちを映した。
ネオ・東京が配置した【DOF】を検出し、【OD】を排除する為の処刑ロボットである。いつもだったら少女たちを素通りするはずだし、今日もまた少女たちも当然ながら通り過ぎるつもりだった。
今日に限って、違った。
『体内から【DOF】の成分が検出されました。【OD】と認定し、規制法に基づいて排除いたします』
あり得ない電子音声が、耳朶に触れる。
「は?」
「え、何?」
「どういうこと?」
「何で?」
ドラム缶型の処刑ロボットから、軽機関銃が取り付けられたアームが伸びる。銃口が少女の方へと向けられる。
その光景を、少女たちはただ眺めているしか出来なかった。自分たちの命が潰える瞬間がゆっくりと迫る。
やはり、あのチョコレートは吐き出すべきだったと思っても、すでに時は遅い。
☆
遠くから銃声が立て続けに聞こえた。
きっと、あの新しい【OD】に仕立てられた少女たちがロボットに殺害されたのだろう。蜂の巣にされて一瞬であの世行きだ。
その方向を、ユーシアとネアは振り返りもしなかった。一瞥もくれることはなかった。暗闇を目指して戻っていき、少女たちのことなど知らんとばかりに会話を交わす。
「『ネアちゃん、脅すの上手いねぇ』」
「えへへ、ありがとおにーおねーちゃん」
「『やっぱり混ざってるね?』」
会話の内容は明るく、彼らは地獄を運ぶべく路地裏の薄暗い世界を彷徨う。




