【第4話】
「電気止まって最悪」
「魔都の【OD】の連中だろ」
「早く死ねばいいのに」
「軍隊は何してんだろうな」
暗闇の中、悪意に満ちた言葉が飛び交う。
ネオンで埋め尽くされた表通りから外れた路地裏にて、少年たちがたむろしていた。未成年でありながら煙草を吸い、酒の缶に手を伸ばす。未成年飲酒や未成年喫煙で、日々の退屈さを紛らわせていた。
本来であれば悪いことのはずだし、いい大人たちに叱られて当然である。そんなことなど関係ないとばかりに少年たちは酒に焼けた声で笑い、紫煙をまとわせる。この鳥籠のような世界でせめてもの抵抗だとばかりに。
「政治家の連中とか大人たちは『大丈夫です、問題ありません』とか言うけどさ、本当かよって」
「だよな。相手はあれだろ、異能力だっけ?」
「格好いいよな。オレも超能力とか使ってみてえわ」
「馬鹿、蜂の巣にされて死ぬぞ」
下品な笑い声が路地裏を支配する暗闇の中に響く。
――――ざり、
その時、地面のコンクリートを踏み締めるような足音が聞こえた。
会話を中断した少年たちが、暗闇の中に視線を投げる。どうせ路地裏を通り抜けようとしたサラリーマンか何かだろうか。暴力を振るって有り金を搾り取るのも悪くはない。
互いの顔を見合わせた少年たちは、口を閉ざして息を潜める。視線だけは暗闇の中に投げかけたままだ。相手がどんな姿をしているか見極める必要がある。
そして、それはついに姿を見せた。
「――――――――あ?」
誰かの口からそんな声が漏れた。
暗闇から姿を見せたのは、可憐なメイド服を身につけた金髪碧眼の女が2人組である。その手から一抱えほどもあるバスケットを提げており、似通った青い瞳で少年たちを静かに見据えている。
姉妹なのだろうか、どこか似たような見た目をしている。艶やかな金髪に青い瞳の外国人。コスプレでも楽しんでいるうちに路地裏へ入り込んでしまったのか、少年たちを前に驚きで目を見開いている様子だ。
有り金を奪おうと目論んだ相手ではないが、なかなか可愛い姉妹である。少年たちの加虐心をくすぐる。
「へえ、何? 迷ったの?」
「可愛いね、メイドさん?」
「こんなところに来るなんて馬鹿だね、俺たちのような男に捕まっちゃうよ?」
少年たちが2人組の外国人姉妹に近づくと、背の高い姉らしい人物がバスケットから何かを取り出す。
手のひらに転がるそれは、コンビニのレジ横などで見かける安いチョコレートだった。見覚えのある包装紙だから知っている。日本人であれば誰でも食べたことのある商品だ。
1粒のチョコレートを、女は笑顔で突き出してくる。今日は愉快なハロウィンとでも思っているのだろうか。だとすればコスプレをしている理由にも納得できる。
「はあ? こんなものいらないんですけど」
突き出された安物のチョコレートを叩き落とす。
女の手のひらから転がり落ちたチョコレートが闇の中に消えていく。彼女は視線だけで落ちたチョコレートを追いかけたが、またすぐに少年たちに視線を戻した。
言葉が通じていないのか、なおも相手は笑顔を浮かべるだけである。その笑顔が歪む様を早く眺めたいところだ。首でも絞めればいい声で泣き叫びそうである。
我慢が出来ないとばかりに女へ掴み掛かろうとする少年たちだが、
「おごッ!?」
女が少年の股間めがけて、足を振り上げる。
全身を貫いていく痛み、衝撃。あまりのことに少年は膝から崩れ落ち、身体を支配する激痛に喘ぐ。
他の少年たちが唐突な暴力に怒りを露わにするものの、すぐにその勢いは萎む。背の高い女のメイドがおもむろにスカートを捲り上げたと思えば、その下から黒光りする拳銃を取り出したのだ。玩具にしては見た目が非常に精巧で、本物のようである。
こんな銃刀法違反が敷かれたはずのネオ・東京で銃火器などぶっ放せるものか。ただでは済まない。警察に駆け込めば牢屋にぶち込まれることは確実である。
「――――」
女が何事か言うと、拳銃の引き金を引く。
耳を劈く轟音。銃口から放たれる弾丸が少年の頬を掠め、建物の壁を穿つ。残された弾痕から紛れもなくそれが本物であると理解する。
拳銃を構える女が、背後に隠れる妹の方に視線をやる。妹が何やら頷くと、股間を蹴飛ばされて地面に転がる少年に近寄ると、そのパクパクと開閉する口に先程のチョコレートを放り込んできた。無理やり顎を押さえつけられて、チョコレートを強制的に食わせられる。
酒でも使用しているのか、チョコレートの隙間から苦味のある液体が漏れてきた。顎を押さえつけられているので吐き出すことすら出来ず、そのまま飲み込む羽目になってしまう。
「おえッ、げほッ」
チョコレートを嚥下した少年は、ようやく顎を解放される。メイド姿の妹の方が離れたかと思えば、胸倉を姉の方に掴まれた。
股間を蹴飛ばされたダメージからもまだ回復されないまま、引き摺られていく。華奢な見た目をしているが、存外その力は強いようだ。胸倉を掴まれた状態で引き摺られ、路地裏から放り出される。
コンクリートの地面に背中を叩きつけた少年は痛みに呻くが、
『体内から【DOF】の成分が検出されました。【OD】と認定し、規制法に基づいて排除いたします』
声が聞こえてきた。
平坦な機械音声がなぞるその言葉は、少年がまだ真っ当に生きていればあり得ないような現実である。
硬い地面の上に座り込む少年の元へ、ゴロゴロとキャタピラ駆動のドラム缶のようなロボットが近寄る。【OD】――魔都に蔓延る頭のおかしな異能力者どもを粛清する為に作られたロボットだ。体内の【DOF】を検知して即座に射殺する処刑道具である。
少年はようやく現実を認識する。そうか、あのメイドの姉妹は【OD】だったのか。まさか魔都から侵入を――?
「は?」
ゴロゴロとキャタピラを動かしてやってきた処刑道具のロボットは、展開した機関銃の銃口を少年に向けたのだ。明らかに頭のおかしなメイドの姉妹には向けず。
「え、待って、オレは【OD】じゃない【OD】じゃ!!」
路地裏に視線を向けると、あのメイドの姉の方が酷薄な笑みを浮かべていた。死の気配を感じ取って泣き叫ぶ少年を嘲るかのように。
ああ、そうか。
あのチョコレートが【DOF】で、自分は【OD】にされてしまったのだ。
事実に気づくと同時に、少年の全身は機関銃によって蜂の巣にされてしまった。
☆
名前も知らない少年が殺されていくのを、ユーシアは冷めた目で見ていた。
「『やだね、怖い怖い。とっとと退散しないと怪我しちゃう』」
自分の口から紡がれる声は高く、事前に食べたハッカキャンディがまだ効果を発揮させているのを示していた。案外、無言でもいけるのだから声まで変える必要はなかったのかもしれない。
「おにーちゃん、さっきのこたちにげちゃったよ?」
「『あちゃー、逃げちゃった? 残念だね、美味しいお菓子を配ってあげようと思ったのに』」
「うん、ざんねん」
ネアは少年たちが逃げたらしい方向に視線をやり、心底残念そうに言う。
「ゆーりちゃんがね、もつなべがたべたいって」
「『ん? もつ鍋?』」
「うん」
突拍子のない料理名に首を傾げるユーシアへ、ネアはこう言葉を続けた。さも当然とばかりに、そしてただ純粋に。
「ないぞうを、ことことするんでしょ?」
「『ネアちゃん、人間の内臓は食べられないしさっきの子たちの内臓は汚いと思うから止めた方がいいよ』」
「そうなの? きたないないぞうってあるんだねぇ」
ユーシアは「『そうだね』」なんて応じながら、路地裏の地面に転がる酒の缶や煙草の吸い殻などを見やる。
大方、未成年が悪ぶって手を出した産物だろう。どうしてこうも身体に悪いものを摂取したがるのだろうか。まあ、喫煙者であるユーシアも言えたものではないが。
そんなことはさておいて、今はこの場から逃げるのが先決である。あのドラム缶型のロボットに殺されたらたまったものではない。
「『行こうかネアちゃん、他にもお菓子を配る人はいっぱいいそうだね』」
「うん、おねーおにーちゃん」
「『ネアちゃん? ちょっと混ざってるね?』」
ドラム缶の形をした処刑道具から逃げるように、ユーシアはネアを引き連れて路地裏の暗闇に戻っていくのだった。




