【第3話】
あの『白い死神』が可憐なメイドちゃんに大変身!!
「いっそ殺せ」
「似合ってますよシア先輩ぷぷぷ」
「絶対笑ってるよね、絶対に笑ってるよねぇ!?」
自分の格好に頭を抱えていたユーシアは、笑い転げる寸前のリヴの胸倉を掴む。ガックンガックンと頼りになる相棒の真っ黒てるてる坊主を揺さぶるも、相手はどこ吹く風だ。
ユーシアの格好は現在、リヴお手製のメイド服を無理やり着せられていた。ネオ・東京の内部崩壊を目論む作戦とはいえ、こんな格好はあんまりである。救いなのはフリルたっぷりのミニスカメイド服ではなく、古き良きクラシカルなメイド服であったことぐらいだろうか。おかげでユーシアの足は完全にスカートに隠れていた。
この上から変身魔法で女の子にされるのだが、もうすでに嫌すぎて仕方がない。今からでもいいからスノウリリィに変わってくれないだろうかと考えるも、ネアとスノウリリィを姉妹と言い切るには無理があるので黙っておいた。
「もうやだぁ、何でこんな格好をしなきゃいけないの。全部ユーリさんのせいだ」
「前回の出来事から学べよ、死神様よ。可愛いお姫様が乱暴されたら嫌だろ」
女装したユーシアを前に、ユーリカは特に何も思うことはないらしい。平然と「ほら」と一抱えほどもあるバスケットを渡してくる。
中身は個包装されたチョコレートだ。見た目はリヴ曰く「10円で買えるお安いチョコレートですよ」らしい。1ドル未満でこの程度のチョコレートが買えるのであれば日本の企業努力は凄いと感じる。
包装紙はすでに商品として流通しているものを丸ごと利用したようで、無事な中身は大量に溶かしてチョコレートケーキなどのお菓子にユーシアが加工済みである。それらのお菓子は全てリヴとネアの胃袋に消えてしまったが。
個包装の小さな立方体をしたチョコレートを指で摘むユーシアは、
「こんなチョコレート、よく作れたね」
「まあ多少用意するのは面倒だったけどな、ネオ・東京の内部崩壊が出来るなら安いもんだよ」
ユーリカは「試しに食ってみてもいいぞ」と言ってきたので、遠慮なく小さな立方体のチョコレートを口に運ぶ。
銀紙を丁寧に取り外すと、艶やかな焦茶色の立方体がお目見えした。ふわりと香るカカオの甘やかな匂いが食欲を唆る。見た目は完全なチョコレートだが、中身には【DOF】の液体が仕込まれているとは誰も思うまい。
立方体のチョコレートを口に放り込むと、甘いチョコレートの中に味わった覚えのある苦味のある液体が口の中に広がっていった。甘くて美味しい。
「普通に美味しいね。【DOF】なのに」
「ユーシアも禁煙するか? この形に整えてやるぞ」
「やだよ、あの形が俺の舌には慣れ親しんでるの」
煙草の形に整えられた【DOF】に慣れてしまったのに、今更変えることなんて出来やしない。それに、常時この甘いチョコレートで包まれた【DOF】を食べていたら虫歯や肥満の元になりそうだ。
ユーリカは肩を竦めて「残念だな、自信作なのに」と言うが、そんなことをしても【DOF】の形式は変えない。絶対にだ。
バスケットを腕に引っ掛けたユーシアは、
「ほらユーリさん、さっさと変身魔法をかけてよ」
「はいはい」
ユーリカは自分専用に誂えた煙状の【DOF】を鼻から直接吸い込みながら、
「オレの変身能力は元々の見た目を参考にするからな。髪の色とか目の色を変えるのも出来るけど、変身時間が短くなるぞ」
「いいよこのままで。そこまで見苦しい見た目をしてないでしょ」
「自慢か? ムカつくなぁ」
そう吐き捨てたユーリカは、あのお決まりのふざけたような呪文を唱えて変身の異能力を発動させる。
目の前が一瞬だけ白く染まり、ユーシアはあまりの眩しさに目を瞑ってしまう。それから身体の軽さと一部分に関して重さを感じて、目を開いた。
視界を垂れる長い金髪と細い両腕、指先は白魚の如き細さがある。メイド服の布地を押し上げる胸元はささやかながらもその存在を主張しており、いつも見ていた視点よりも若干位置が低い。
自分の身体に何が起きたのか分からず固まるユーシアに、気を利かせてスノウリリィが手鏡を差し出してくる。素直にその手鏡を受け取ると、
「うわ美人がいる」
「自分の顔だぞ」
「美人に見えるようにしたんじゃないの? チョコの【DOF】が捌けるように」
「お前のポテンシャルだよ、クソがよ。不細工に変身されたら笑ってやろうと思ったのに」
吐き捨てるユーリカを無視して、ユーシアはしばし鏡に映る自分の顔に注目する。
ユーリカの変身能力で見た目を変える場合、変身させる本人の見た目を参考にすると言っていたか。彼がユーシアの見た目を参考にして変身させたのだとすれば大成功である。自分が自分ではないみたいだ。
髪色や瞳の色は変更されていないので、ネアの姉と名乗ればそれらしく見えるだろう。作戦を遂行する上では悪くないが、まあまだ恥ずかしくはある。それも割り切らなければ始まらない。
「十分にネアちゃんの姉として演技できるかな」
「並んでみろよ」
ユーリカが「お姫様、準備できたか?」などと声をかけると、ぴょこりとネアが顔を見せてくる。それから変身能力で性転換を果たしたユーシアとご対面を果たすと、彼女は青色の瞳を瞬かせた。
それもそのはず、そこにいたはずの兄と呼び慕われるユーシアがいなくなり、代わりにそっくりな見た目をした女の人がいれば驚くのも無理はない。心の中でユーシアは「どうか泣かれませんように」と祈るばかりだ。人見知りを発動されたら終わる。
ネアはそっと首を傾げ、
「おにー……おねー……?」
「ネアちゃん、一応お兄ちゃんなんだ」
「おこえがおにーちゃんだ!!」
ユーリカが「あ、やべ」と声を漏らした。
ネアに指摘される前までは気づかなかったが、ユーシアは男性の時の声のままである。この美人な見た目で声が低いのだ。ハスキーでは通用しない、明らかな男性の声である。
ユーシアが非難するような視線をユーリカに寄越すと、彼は懐から飴玉を取り出した。ネアが【DOF】としてよく食べている飴とは違って、全体的に色が白い。ハッカキャンディのようである。
「これで声を変えてくれ。多分、高いのが出ると思うから」
「何で変身能力で声を変えられないの」
「見た目だけなんだよ、この異能力。シンデレラの魔女だって変身させたのは見た目だけだろ」
ユーシアの苦情に、ユーリカが「文句を言わねえことだ」と言いながらハッカキャンディを押し付けてきた。声も偽装するなら別の手段が必要になるらしい。
仕方なしにハッカキャンディを口の中に放り入れると、スッと清涼感のある味が舌全体に浸透していく。見た目通りのハッカキャンディのようである。完全に甘いだけではなくて助かった。
試しに声を出してみると、
「『どうかな?』」
「ああ、声が高くなってるな。見た目に似合ってる」
「『そりゃどうも』」
女性らしく高くなった声で、ユーシアは言う。
ちょうどネアも、ユーリカの変身能力でメイドさんに変身させられていた。真っ白で清純なワンピースからユーシアが着ているものと同じくクラシカルなメイド服に早変わりする。
そしてチョコレートが大量に詰め込まれたバスケットを手渡され、ネアの準備は完了だ。彼女の場合は声を変える必要はなく、見た目だけ変身させればいい。
バスケットを片手に、ネアはユーシアの腕にしがみついてくる。満面の笑みでユーシアを見上げた彼女は、
「がんばろ、おねーちゃん」
「『ネアちゃん、俺が男に戻ってもちゃんとおにーちゃんって呼んでくれる?』」
「うん、おにーちゃんでおねーちゃんだもんね」
「『本当に分かってくれてるかなぁ』」
一抹の不安を覚えながらも、ユーシアはネアと共にネオ・東京へ潜入するのだった。




