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【小話:騒ぐにはまだ早すぎる】

 その日は特に用事もなく、部屋で過ごしていた。



「ぐぅ」


「リヴ君、寝るならベッドに行きなよ」



 ソファを独占する真っ黒てるてる坊主が、ユーシアの忠告など聞いていないとばかりにゴロリと寝返りを打つ。


 ネアとスノウリリィはお絵描きの真っ最中だし、ユーシアもユーシアで愛銃の白い狙撃銃を整備している途中だ。別にソファを使う必要もないが、眠るに適した寝具が部屋に用意されているのに使わないのはもったいないとは思わないか。

 でもリヴは「そんなことなど知らん」と言わんばかりの態度で眠っている。寝にくいなどの事情もなさそうだ。手足を丸めて寝にくそうに思えるが、よく考えると普段からコンパクトに眠ることが多いリヴにとってはどうでもいいのかもしれない。


 解体していた狙撃銃を組み立てたユーシアは、



「全く、ベッドで寝ないで身体を変に痛めても知らないからね」


「すぴぃ」


「本当は起きてるじゃないよね?」



 寝息で返事をされたような気がして、ユーシアは肩を竦める。


 さて、狙撃銃の整備も終わってしまった。それはつまり、やることがなくなってしまったということである。

 娯楽らしい娯楽と言えばテレビぐらいのものだが、お昼の時間帯で放送しているテレビ番組と言えばドロドロの不倫劇ぐらいのものである。もしくは殺人事件を取り扱った推理ドラマだ。全編に渡って日本語が使われているので特に興味も湧かない。


 ユーシアはグッと背筋を伸ばし、



「夕飯の買い物でも行こうかなぁ」


「ねあもいきたい!!」


「お、行く? いいよ」



 ポツリと呟いた言葉にいち早く反応したネアは、手にしていた色鉛筆をポンと投げ出して「おかばん!!」と愛用の熊さんポシェットを取りに行ってしまう。行くと決めたら行動は早かった。

 あっという間にお絵描きを中断したネアに、今まで付き合っていたスノウリリィは苦笑する。彼女が投げ出した色鉛筆を専用のケースにしまい込み、長さや芯が破損していないかなどの確認をしてからきちんと蓋を閉じていた。


 広げっぱなしになっている画用紙を見やるユーシアは、



「うわ上手いね」


「ネアさん、絵がお上手なんですよ」



 画用紙に書かれているのは、笑顔を浮かべたスノウリリィだった。どうやら今まで絵のモデルに付き合わされていたらしい。

 それにしても、精神が5歳児まで退行しているにも関わらず、絵のクオリティは半端なものではなかった。色とりどりの色鉛筆を巧みに使い分けて陰影や光の影響などが考えられており、柔らかく微笑む銀髪碧眼のメイドさんを完璧に再現していた。


 ネアの絵の腕前に舌を巻くユーシアは、



「いいなぁ、今度は俺も描いてもらえるかなぁ」


「動かなければ描いてもらえますよ」


「うーん、辛そう」



 果たして何時間も動かずにその姿勢を保つことが出来るのか、という不安が頭によぎるものの、それでも気になるものは気になる。これだけ上手ならユーシアもきっと上手く描いてくれるに違いない。


 すると、支度が完了したらしいネアが「じゅんびできた!!」なんて言いながらユーシアの頭にしがみついてくる。もはや触れ合いにも慣れたものだ。見た目は成熟した少女だが中身が見ての通り子供なので、汚れた感情を抱くもクソもない。

 ネアの腰にはいつもの熊さんポシェットが揺れており、早く連れて行けと言わんばかりに興奮気味である。お外に出て遊びたい気分のようだ。今日は散歩も行っていないしちょうどいいのかもしれない。


 ネアを頭に張り付かせたまま、ユーシアはスノウリリィへ振り返る。



「じゃあリリィちゃんは部屋にいてくれる? 食材の有無を連絡するかもしれないから」


「分かりました、お気をつけて」



 そんな調子でスノウリリィに見送られ、ユーシアは買い物に出かけようとした。





 ――カタン。





 部屋を出ようとしたその時、床が揺れたような感覚に足を止める。



「?」



 ユーシアは部屋へと振り返る。


 床から伝わってくる振動は僅かなものだ。ものが倒れた訳でもないので、歩いているうちに気づかなくなるものだろう。

 ピーターパンの【OD】であるネアは異能力を使用して空中に浮かんでいるので、微弱な揺れに気づいていないようだ。立ち止まったユーシアに首を傾げて「おにーちゃん?」と不安げに呼びかけてくる。


 何でもないと告げるべく口を開いたユーシアだが、





 ――ズッ、ン!!





 下から突き上げるような強い揺れがあった。



「うわあッ!?」


「きゃあ!!」



 ユーシアと、部屋に待機していたスノウリリィが悲鳴を上げる。


 建物全体が揺れるような勢いだ。空中に浮かんでいるネアもユーシアとスノウリリィの異変を察知して、強く頭にしがみついてくる。

 これはまずい。早急に身を守らなければ部屋が潰れてしまうかもしれない。この建物は見たところそれほど古くはないが、背の高い建物は上層階がポッキリと揺れに耐えられず折れてしまう可能性も否めない。


 ユーシアはネアを部屋の中に引っ張り込み、慌てて駆け戻る。



「リリィちゃん、ネアちゃんと一緒に机の下に潜って!!」


「わ、分かりました。ネアさん、こっちですよ!!」


「うゅ……?」



 ユーシアとスノウリリィの慌てぶりに、ネアはついて行けていないらしい。不安げな眼差しをウロウロと彷徨わせるも、スノウリリィに手招きされるがまま脚の短いローテーブルの下に潜り込む。


 天井からの落下物を警戒して、ユーシアはソファに置かれていたクッションで頭を守る。とりあえず頭を守ることだけに専念すればいい。足が折れようが手が砕けようが、脳味噌が無事ならばいずれ治癒する。

 強めの揺れは徐々に弱くなっていくが、警戒は解けない。大きな揺れがいつ発生するか分からないのだ。揺れが収まったところで大きな振動が襲いかかってくることが多い。



「リヴ君、何寝てるの!! 揺れてるんだよ!?」


「むあ……?」



 ソファで丸まって眠っていたリヴを叩き起こし、ユーシアは叫ぶ。



「またいつ揺れが来るか分かったものじゃないし、今のうちに逃げとかないと!!」


「んん……何をそんなに騒いでいるんですか……大袈裟な……」



 リヴはもそもそと起き上がると、レインコートの袖からスマートフォンを滑り落とす。液晶画面に指を滑らせるばかりで避難するような素振りは見せない。「今まで本当に揺れていたのか?」と言わんばかりの堂々とした態度である。

 それからリヴは、ユーシアに液晶画面を見せてくる。どうやらこの辺りの地図のようで、地図には何やら数字を示すものがポコポコと表示されていた。1番高い数字を示しているのは、ここから遥か東に離れた場所にある。


 液晶画面と睨めっこをするユーシアに、リヴは眠たげな声で応じる。



「震度3如きでガタガタ騒ぎすぎなんですよ。震度5強になってから騒いでください」



 そう吐き捨てると、リヴは再びソファにゴロリと転がる。



「日本は地震が発生しやすい地域なんです、震度3なんて騒ぐに値しません。『ちょっと揺れてるな』ぐらいの認識なんですよ」


「いやでも、このあとに大きな地震が」


「その心構えは称賛されて然るべきですね、今後もぜひ続けてください。ちなみに日本の建物は地震前提に建てられているところが多いので、この程度の小規模な揺れでは簡単に崩れたりしませんよ。荒屋じゃないんだから」



 そんなことを言い、リヴは再び眠り始めてしまう。神経が図太すぎやしないだろうか。

 いやまあ、確かに日本は地震の多い国だとは聞いていた。地震どころか自然災害が多く、季節ごとに何かしらの被害があると聞く。だとしてもここまで慣れてしまうものだろうか。頻繁に発生するということも考えものである。


 拍子抜けしてしまったユーシアは、



「リヴ君の図太い神経を見習いたいよ」


「見習うんでしたらぜひ震度7を経験してから言ってください」


「何その世界の終わり的な提案。この国の大地が割れちゃうよ」


「どっこい生きてるのが日本人の大和魂ですね」



 平然と日常に戻ってしまうリヴに、ユーシアは戦慄せざるを得なかった。こんなに堂々と過ごせる余裕などないのだ。



「りっちゃん、すごいねぇ」


「ネアさんは真似しちゃいけませんよ。揺れを怖がるのは当然のことですから」


「はぁい」



 そんな神経図太い真っ黒てるてる坊主に羨望の眼差しを向けるネアに、スノウリリィが窘めるのだった。

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