【第1話】
「ユーリさん、相談なんだけどさ」
「唐突な相談なんてどうしたんだ。嵐でも来るのか?」
「眉間に銃弾を叩き込んでもいいかな?」
「止めろ馬鹿おいまさかそれが相談内容じゃないよな?」
地下大迷宮『トーキョー・ステーション』にある喫茶店の片隅で、ユーシアとユーリカの密談が交わされていた。
喫茶店と言えど、世界的に有名なコーヒーチェーン店である。どうやらこの店でバイトをしていたらしい【OD】がいるらしく、彼らを中心に店が運営されていた。コーヒー1杯で携帯食料1個と交換なのだが、ユーシアは戦闘要員としてカウントされているので1杯までなら無料である。
ユーリカの場合は【DOF】の調合を担う仕事をしているので、コーヒー1杯で少量の【DOF】と交換という形式で落ち着いた。【OD】にとって【DOF】がなくなることは死活問題である。【DOF】を常用しなければ「あうあうあー」になってしまうのだから。
ユーシアはちびちびとコーヒーを啜りながら、
「ユーリさんってさ、たくさんの【DOF】を作ってるじゃん」
「おう、まあな」
「それってどんな形にも変えられたり出来る?」
ユーシアの【DOF】は真っ黒な煙草の形式だし、リヴに至っては特濃の【DOF】を注射器で投与している。全てユーリカが調合してくれたものだ。
他にもネアやスノウリリィが常用している【DOF】は飴玉に整えられているので、おそらくお菓子に偽装することも可能だろう。もっとも、飴玉以外に整えられないと言われてしまうと手詰まりなのだが。
首を傾げたユーリカは、
「どうした、ユーシア。ついに禁煙でも始めるつもりか?」
「んな訳ないでしょ。俺の【DOF】の形式を変えるんじゃないよ」
「じゃあお前んとこの真っ黒てるてる坊主が形式を変えるのか? 注射器投与じゃなくて錠剤にする? それとも酒?」
「僕じゃないですね」
ユーシアの隣でブラックコーヒーを顰めっ面で啜っていたリヴが、ユーリカの何気ない質問に応じる。そもそも注射器投与で間に合っているのだからそれ以外に変えれば投与が大変なことにならないか。
「お菓子の形式に整えることって出来ませんか? 出来ればチョコレートやグミみたいなものに。チョコレートが理想ですね」
「まあ出来るけど。それほど難しい作業じゃねえしな」
ユーリカは「でもよ」と言い、コーヒーを1口だけ含む。
「それをやったとして、何に使うつもりだ? お姫様の【DOF】でも変えるか?」
「ああ、それもいいかもね。ネアちゃんお菓子好きだし」
「でも食べるたびに歯を磨かせないと虫歯になる恐れがありません?」
「どっちがいいんだろうね」
「質問に答えろ悪タレども。話を逸らすな」
ユーリカに一喝され、ユーシアとリヴは「逸らしてないよ」「逸らしていませんよ」と口を揃えて否定した。
「じゃあ何をするつもりなのか言えるよな? 何をするつもりだ?」
「興味本位?」
「ユーリさんがどこまで出来るのか腕試しですよ」
「【DOF】って割と何でも変形できるっぽいし、だったらお菓子にも出来るんじゃないのかなって思っただけ」
「まあでも出来るみたいですし合格ですね」
「しっちゃかめっちゃなこと言って誤魔化そうとしてんじゃねえぞ」
ユーリカが投げかけてくる質問の回答を誤魔化すようにあれこれと言い始めるユーシアとリヴは、相手のリアクションに十分満足したとばかりに笑う。他人を揶揄うのは楽しいものだ。
「いやね、実は配ろうと思って」
「何を?」
「【DOF】を」
「どこで?」
「ネオ・東京で」
ユーシアの回答で、ユーリカの表情が固まった。
それもそうだろう。何せユーシアとリヴが計画している作戦は、ある意味で命懸けである。全ての元凶である【DOF】を、【DOF】が完全排除されたクリーンな街と謳われているネオ・東京で配ろうとしているのだ。
見つかれば間違いなく殺されるだろうし、出入りをしていると知られた時点でアウトだ。出入り口を完全に封鎖された上でネオ・東京の外に広がる魔都など火の海にするだろう。最悪の未来を想像しただけで背筋が凍りつく。
ようやく動き出したユーリカは、
「正気か?」
「正気だよ」
「死ぬかもしれないってのに?」
「こっちも命懸けさ」
「魔都にいる【OD】も死ぬかもしれねえぞ」
「死んだらそれまでだよ。せいぜい頑張って逃げな」
「はあー……」
ユーリカは頭を抱えていた。
どう足掻いても、ユーシアとリヴは悪党であった。他人など顧みず、自分たちのやりたいことを押し通す。周りからどう思われたところで痛くも痒くもなく、やりたいことを好きなだけやる自由気ままで我儘な悪党だ。
断られたら断られたで、次は別の調合屋に頼めばいいだけの話だ。別にユーリカだけが【DOF】の調合が可能な訳ではない。その辺の調合屋を捕まえて脅せばいい。必要ならば拷問の手段も選ぶまでだ。
だから、ユーシアは強制してやらない。
「別に断ってもいいよ、必要なら他で調達する。ユーリさんの方がいい腕前をしてるからお願いしたいなってだけの話だよ」
「お世辞が上手くなったもんだな」
「育ちがイタリアなものでね」
「そうかよ」
深々とため息を吐いたあと、ユーリカは「分かった」と頷く。
「引き受けてやる、チョコレート型の【DOF】を調合すりゃいいんだろ。どうせいつネオ・東京の連中が魔都に攻め込んでくるか分からねえんだ、少しでも相手に痛手を与えられるなら何だってやるわ」
「やってくれるんだ」
「馬鹿野郎。こっちは命懸かってんだ。ネオ・東京の連中が軍隊を引き連れて攻め込んできたら、こっちの命が危ぶまれるだろ。お前らだって同じ立場なんだ、何かいい案が思いついたんならそれに乗っかる方がいい」
椅子の背もたれに身体を預け、ユーリカは「オレだってまだ死にたくねえしな」と言う。
ネオ・東京発電所を強奪してから時間はあまり経過していないが、これが引き金となってネオ・東京軍が魔都に攻め込んで来れば一大事である。この魔都にどれほどの【OD】の手駒がいるか不明だが、下手をすればユーシアやリヴどころかネアにスノウリリィだってタダでは済まない。
それを避ける為の作戦である。ユーシアとリヴは誰にも相談なんてしていない。あの『レジスタンス』のリーダー格であるトキナリ・ナルセにも相談なんてしていない。あの男を信用して次の1歩を踏み出すぐらいなら、相棒と一緒に危険な綱渡りをした方がマシだ。
コーヒーを一気に喉奥へ流し込んだユーリカは、
「配るにはやっぱり個包装タイプの方がいいな。【DOF】は少しでも口に入れば【OD】になる。チョコレートに混ぜ込むんじゃなくて中に詰め込む形で仕込む」
「出来るの?」
「【DOF】を他の形に整えるのはオレの方が得意だ。何せシンデレラの魔女の【OD】だからな。アブラカタブラで色んなものを変身させられる」
「へえ」
ユーシアはちょっとだけ驚いたような表情を見せ、
「改めて思うけど、ユーリカさんの異能力って一体どんなの?」
「変身・変形の異能力。シンデレラを変身させて南瓜の馬車を用意したように、物体や他人に対して他の姿形に変身させることが出来るんだ。それで【DOF】の形も整えてる」
「そうなんだ。便利だね」
「自分には使えねえけどな。あくまで他人だけ、物品だけってところだ。自分に使えりゃ有用な異能力だけど、やっぱり【DOF】が与える異能力ってのは中途半端でいけねえや」
ユーリカの愚痴はあえて聞き流し、ユーシアは思考回路を働かせる。
シンデレラに登場する魔女の【OD】――その異能力は他者・物品を限定にした変形および変身。【DOF】をこの異能力で整えているのだから、他人を変身させる側面も相当に有用なものだろう。
童話にちなんだ異能力の内容から鑑みると、他者を変身させる側面では時間制限でもつくだろうか。【DOF】を他の物品に変形させて、それが持続されているのは何かしらの理由があるのだろうが、話の長くなりそうな内容に首を突っ込むのは面倒だ。
なので、ここは簡潔に。
「ユーリさんさ」
「何だよ」
口を開いたユーシアに、ユーリカは怪訝な表情で応じる。
「うちのお姫様、その能力で変身させられる?」
どうせ【DOF】をばら撒くのであれば、可愛い売り子がいた方が捌けやすいだろう。




