【第10話】
それからしばらくして。
「あ」
「あ」
日課のお散歩をしている最中、地下に広がる大迷宮『トーキョー・ステーション』にてネアはヘルエストに出会う。
ちょうど買い物か何かに出掛けていたのか、彼は大きな紙袋を抱えていた。中身は見えないので、きっと次の作戦とやらで必要な物資を集めていたのだろう。
一緒にいるスノウリリィは笑顔で「こんにちは」なんて挨拶するが、あまりヘルエストのことをよく知らないネアは慌ててスノウリリィの背中に隠れる。それでも相手のことは気になるので、銀髪碧眼のメイドさんを盾にしながらも様子を窺うことは忘れない。
「まだ怖がられてンのか、オレは」
「人見知りなだけですよ」
「そうかい」
ヘルエストは居心地悪そうに白い頭を掻くと、抱えていた紙袋の口を開いて何やらガサゴソと荷物を漁り始める。
「ほら」
「んえ」
ヘルエストがスノウリリィの肩越しに、板チョコを差し出してきた。ネアもあまり見たことがない種類の板チョコだが、兄と呼び慕う彼が言うには「ここのブランドが1番美味しいんだよ」らしい。つまりこの美味しい板チョコを、ネアに躊躇いもなく差し出してきたのだ。
差し出された板チョコを、反射的に受け取ってしまうネア。板チョコとヘルエストに視線を彷徨わせると、彼はそのちょっぴりだけ怖い顔に笑みを浮かべた。
彼は「いやよ」と言い、
「甘いもの、好きなんだよな。だから菓子とか買っちまうんだよ」
ほら、とヘルエストが紙袋の中身を見せてくる。
次の作戦で使うものだと勝手に思っていたのだが、紙袋の中身は隙間なくお菓子が詰め込まれていた。ネアも食べたことのあるものから食べたことないものまで多岐に渡る。中にはネアに差し出してきた板チョコも紛れ込んでいた。
この熊みたいな見た目をした男の人でも、お菓子が大好きという親しみやすい一面を持っていたのだ。別にネアは最初から怖がっている訳ではないのだが、今回のこれで余計に怖さは感じなくなった。
紙袋の中身を覗き込むネアに、ヘルエストが問いかける。
「他に何かいるか?」
「んーん、おへやにまだある」
「そうか」
紙袋を引っ込めるヘルエストに、ネアはしっかりと彼の顔を見上げて言う。
「ちょこ、ありがと。へるちゃん」
「ヘルちゃん?」
「へるちゃん」
お菓子をもらったら「ありがとう」と言うのは、淑女としての礼儀である。兄からもちゃんと言い渡されているのだ。
ネアからあだ名で呼ばれたことに、ヘルエストは「ヘルちゃんか……」なんて恥ずかしそうに頬を指で引っ掻いていた。
ほら、やはり怖くない。こんなあだ名で呼ばれても怒らなければ、叩いたり蹴ったりしなければネアだって怖がる理由はない。
だから、ネアは笑顔でヘルエストに言う。
「へるちゃん。ねあ、こわくないよ」
「…………おう」
ちょっぴりだけ怖い見た目のヘルエストと仲良くなれた気がして、ネアは嬉しそうに笑うのだった。
後日、ヘルエストに随分と慣れたネアが肩車をされながら『トーキョー・ステーション』を歩き回る姿が目撃されることになるのは、まだ先の話である。




