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【第8話】

 たくさんの銃声が耳朶に触れる。



「やー……」


「ネアさん、大丈夫ですよ。大丈夫」



 ネアはスノウリリィにしがみついていた。


 鼓膜を突き刺す銃声がうるさい。空気を裂くように飛んでくる銃弾が地面を穿つたびに、ガツガツという硬い音が聞こえてくるのが嫌だ。

 車の影に隠れて待機するネアは、耳を塞いで銃声を遮断するしか出来なかった。銃火器なんて扱ったことないし、何よりこんな状況で安全地帯から飛び出していけるほどネアの精神状態は安定していない。


 頭を優しく撫でてくれるスノウリリィの手に、ネアはぐりぐりと自分の頭を押し付ける。



「うるさいの……やだぁ……」


「怖くないですよ。今にユーシアさんとリヴさんが助けてくれますからね」


「うー……」



 スノウリリィの声が降ってくるものの、ネアは安心できない。


 この戦闘が始まって、ネアはユーシアに電話したばかりだ。兄と呼び慕う彼もまた「大丈夫だよ」と言ってくれたし、おやつのことを考えておいてとも言ってくれたのだが、そんな精神的余裕がなかった。おやつのことなどすっぽ抜けるぐらいには怖くて仕方がない。

 早くこの状況から助けてほしい。というかお家に帰りたくて仕方がなかった。銃声はうるさくて頭の中に響くから嫌なのだ。



「お姫様は大丈夫か?」


「銃声がうるさくて嫌みたいです」


「この状況で『銃声が嫌だ』って言えるのは大したことだな。随分と神経が図太い」



 スノウリリィにしがみついていたネアは、ふと顔を上げる。


 見覚えのある顔がそこにあった。【DOF】をよく購入するユーシアのお友達、ユーリカである。いつもはニコニコの笑顔が多いのだが、今日のニコニコ笑顔はどこか引き攣っているようにも見えた。

 ユーリカはスノウリリィとネアの頭をグッと押して「頭を下げてろ」なんて言う。スノウリリィの、ネアを抱きしめる手に力が込められた。言われた通りに頭を下げると、ユーリカが隠れていた車の影から何かを投げつける。


 次の瞬間、隠れていた車の向こう側から激しい爆発がした。





 ――ッッッッッッッッッドン!!!!





 お腹の中身を揺らすほどの強烈な振動が襲いかかってくる。


 爆発が撒き散らす熱風はなく、代わりに夜の闇を明るく染め上げた。急に時間帯がお昼に逆戻りしたかのように明るくなるも、その明かりはすぐに消えてしまう。空を見上げていたら目がチカチカした。

 俗に言うスタングレネードなのだが、ネアには知らないものだ。「ぴかぴかのばくだんさんだ」なんて言えば、横から伸びてきたユーリカの指先がネアの頬をくすぐる。



「ぴかぴかさんは嫌いか?」


「どんってしなきゃすき」


「うーん、それは無理な相談だなぁ。ドンッてしないものだと、さらにうるさい音を撒き散らす派手なものになるなぁ」


「どんなおと?」


「こうね」



 ユーリカは車に爪を立てるような素振りを見せ、



「金属を爪で引っ掻くような音だよ」


「うええ。ねあ、それやだぁ」



 ネアは顔をしかめた。


 聞いたことのある音だ。いつだったか、食器とフォークが擦れた時にキィィィィという甲高くて耳障りな音を立てたのだ。あの時は身体がゾワゾワしたので出来れば二度と聞きたいとは思わない。

 ユーリカは仕方がないように笑うと「じゃあ我慢だなぁ」と言う。それならお腹の中に響くほどの爆発音の方がまだマシなのか。これは我慢するしかなさそうである。


 でも、それなら早くユーシアが助けてほしいものだ。



「お前のオニイチャンは何してるんだろうな。弾が届かないかな」


「おにーちゃん、ねあにだいじょぶってゆってくれたもん」



 スノウリリィに抱きつきながら、ネアはユーリカに言う。



「だからだいじょぶなんだよ」



 その時だ。





 ――ばがんッ!!!!





 物凄く大きな音がした。


 びっくりして、ネアは「きゃあ!!」と声を漏らしてしまう。今のは一体何だろうか。

 恐る恐る車の影から顔を覗かせると、またバガン!! という轟音が鼓膜を震わせる。音はどうやら何か大きなものを吹き飛ばした時に立てられる音のようだった。


 それは車だった。大きな車が横に回転しながら吹き飛び、たくさんの人を巻き込んで転がる。野太い絶叫や怒ったような声が、暗い中に幾重にもなって響いた。



『ネアさん、電話ですよ。ネアさん、電話ですよ』



 すると、ネアの手元からスノウリリィの声がした。


 これは、ネアがリヴに頼んで作ってもらった電話の音声である。この音声が聞こえてきたと言うことは、誰かがネアに電話をかけてきているのだ。

 モタモタと自分のスマートフォンを取り出すと、液晶画面に表示されていたのは『りっちゃん』の文字。電話をかけてくれたのは、ユーシアの1番近くにいる真っ黒なてるてる坊主からだった。



「りっちゃん?」


『ご利用いただき、誠にありがとうございます。弾丸配送サービス「おにいちゃん便」です』



 電話口から聞こえてきたリヴは、おどけた調子で応じる。



『安全な場所にいてくださいね、リリィも一緒ですよ。こちらにいる死神さんが、絶対に助けてくれますので』



 ほら、やっぱり2人はネアのことを助けてくれるのだ。



 ☆



「安全な場所にいてくださいね、リリィも一緒ですよ。こちらにいる死神さんが、絶対に助けてくれますので」



 そんなことをスマートフォン越しにネアへ言い、リヴは通話を切る。


 彼らのやり取りを、ユーシアは腹這いの状態で聞いていた。言い渡したのはユーシアだしリヴは最後まで「えあ、何で僕なんですかシア先輩がやればいいじゃないですか」と抵抗していたが、ちゃんとお兄ちゃんらしく振る舞えていたと思う。

 普段こそネアの振る舞いに対して奇声を上げたり膝から崩れ落ちたりしているのだが、状況はちゃんと判断するらしい。落ち着いた声で会話を成立させることに少し驚いた。


 目元を覆う暗視用ゴーグルを親指で額に押し上げ、ユーシアはリヴを見上げる。



「何だって?」


「無事みたいですね、少し精神的にも参っているようですが」


「それは大変だ。さっさと解決しなきゃな」



 ユーシアは再び暗視用ゴーグルを装着すると、対物狙撃銃のレバーを引いて排莢する。新たに薬室へ弾丸を叩き込んで装填し、冷たい銃把に頬を寄せた。


 吹き付ける海風が、ユーシアのくすんだ金髪を揺らす。視界の邪魔にならないようにまとめているが、湿った空気が頬を撫でたことで不快感が生まれた。戦闘において海辺はあまり好きではない。

 暗視用ゴーグルによって確保された視界は、ひっくり返った大型の軍用車両に潰されて死んだらしい兵士の様子がよく見える。どこからの狙撃か彼らは慌てているようで、その隙に戦車が前進して棒立ち状態の兵士たちを轢き潰していった。ここまで悲鳴は届かないが、きっと向こうでは絶叫や断末魔の大合唱となっているだろう。ネオ・東京発電所に届くまでには波の音に掻き消されている。


 味方の戦車を巻き込まない位置を計算し、ユーシアは対物狙撃銃の引き金を引く。





 ――ばがんッ!!!!





 夜の闇の中を強烈なマズルフラッシュが閃き、長大な対物狙撃銃専用の弾丸が敵の後方に控えていた軍用車両めがけて飛んでいく。

 軍用車両の側面に弾丸が突き刺さり、呆気なくその巨体を吹き飛ばす。ひっくり返った軍用車両は生身のネオ・東京軍の兵士を押し潰し、死に至らしめた。


 ユーシアは慣れた手つきで排莢すると、



「あ」


「どうしました?」


「逃げるね、生き残った連中は。呆気ない幕引きだよ」



 暗視用ゴーグルで確認できたものは、あらぬ方角から飛んでくる狙撃に恐れをなして尻尾を巻いて逃げるネオ・東京軍の連中である。今日は兵士の配置換えだけだから碌な装備も整えていなかったのだろう、引き際が潔い。

 ただ、再びこのネオ・東京発電所を奪還しようと目論むかもしれない。そうなってはせっかくこの発電所を手に入れたのに、意味がないものとなってしまう。


 暗視用ゴーグルを外したユーシアは、その重たいゴーグルをリヴに返却しながら言う。



「ここの設備はどうしよっか」


「誰かが代わりに見張りをしてくれますかね」


「3ヶ月に1回の交代制? 絶対やだよ俺、そうなったら悪いけど逃げるからね」


「僕も嫌ですよ、こんな何もない場所に3ヶ月も放置されたくないです」



 ここで議論していても仕方がないので、結論はコミュニティーをまとめているトキナリに任せることとする。ユーシアとリヴがやるべきことは、一刻も早く本土に戻ってネアを労ってやることだ。

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