【第7話】
銃声が響き渡る。
「全員揃って酔っ払いばかりだから、殺すにしても簡単だなぁ。弾代が無駄になりそうだからリヴ君に任せた方がよかったかも」
『僕だけに働かせるつもりですか? それなりのご褒美を要求しますが』
「何よ、俺に何を求めるつもりなの?」
『そうですね。まずは優しいキッスで』
「電波が遠くなったなぁ」
リヴとの通話を、ユーシアは容赦なく叩き切る。おかげでスマートフォン越しに聞こえていたリヴの声がぷつりと途切れた。
この孤島扱いを受けているネオ・東京発電所の警備から解放されることもあって、配属されていた警備兵は全体的に酔っ払っていた。前後不覚になるほど酒を飲んで酔っ払っていたようで、相手の眉間に銃弾を打ち込んでやるのは簡単だった。
現に今も、銃声を聞きつけて覚束ない足で廊下の奥から2名ほどの警備兵が駆けつける。今まで酒盛りでもしていたのか、その手には拳銃の代わりに酒瓶が握られていた。それが武器なのだろうかと呆れる。
ユーシアは「くあ」と欠伸をしながら、
「はいはい眠っといて」
ぱすぱすッ、と銃声が二度ほど。
消音器が取り付けられた影響で銃身が長く、そして膨れ上がっている。けたたましい銃声が消音器によって間抜けなものに変えられているが、銃弾の威力には何ら影響はない。駆け寄ってきた酔っ払いの眉間に寸分の狂いもなく銃弾が突き刺さる。
ユーシアの仕事道具を取り出すまでもない相手だ。全く、命懸けでこの場所にやってきたというのに拍子抜けである。それならヘルエスト単独を焚き付けて放り込めば全て解決したのではないか。
懐から黒い煙草の箱を取り出し、ユーシアは煙草の形に整えた自らの【DOF】を咥える。安物のライターで火を灯すと、紫煙を燻らせた。
「あ、そういや火災報知器があるんだっけ」
スプリンクラーの餌食になりたくないので、ユーシアは天井を探す。ちょうど運良く見える範囲にはスプリンクラーの存在はなかったので、これ幸いとばかりに背中を壁に預けて悠々と【DOF】を吹かした。
ちょうどそこにスマートフォンが通話を受信する。液晶画面を見やると、見慣れた相棒の名前と電話番号が表示されていた。ついでに言えば、何故か着信音が『シア先輩、電話ですよ』なんてリヴの声に変更されていた。
煙草を咥えたまま、ユーシアは通話のボタンを指先で触れる。
「リヴ君さ、着信音を勝手に変えないでって何度言ったら分かるの?」
『お気に召しませんでした?』
「召しませんよ。ネアちゃんならまだしも、何でリヴ君なの」
『酷いですね、相棒なのに。むしろ愛棒になります?』
「あ、電波が急に悪くなったなぁ」
ふざけたことを抜かす相棒からの着信を容赦なく叩き切り、ユーシアは「ふう」とため息混じりに紫煙を吐き出す。
諦めが悪いのか、再び『シア先輩、電話ですよ』とリヴの声で着信の有無を告げてきた。あの真っ黒てるてる坊主はなおもユーシアを茶化す気なのだろうか。茶化してきたら本当に着信拒否にしてやろうかと、ユーシアは胸中で決意を固くする。
放置していたらいつまでも響く相棒の着信を告げる声にそろそろうんざりして、ユーシアは液晶画面に表示された通話ボタンに指先で触れた。通話相手に「何?」と不機嫌そうに応じる。
『いきなり電話を切らないでくださいよ。酷い先輩ですね』
「茶化してくるお前さんが悪いんでしょ。用件は何? ふざけた時にはまた切るからね」
『切るぐらいで許してくれるとはお優しいですね』
「切った上で着信拒否だよ」
『僕が何個の携帯電話をお持ちかお教えしましょうか?』
「クソ、元諜報官が」
悪態を吐くユーシアに、リヴは『いえ、そうではなくてですね』と言う。
『実は対岸が大変なパーティーとなっているようでして』
「パーティー? もしかして、新しくここに配属予定となった警備兵たちが来たの?」
『みたいですね』
リヴの声は冷静だった。
その冷静さが、ユーシアを少しばかり焦らせる。
対岸というと、新しく配属される予定だったネオ・東京軍の兵士が発電所付近までやってきたという訳だ。大規模な戦闘が起きていることは間違いない。ついでに言えば、ここに配属されたばかりの兵士たちは素面の状態である。
結論から言うと、見張り役をしていたネアが危ない。
「…………今から戻っている時間はないよね?」
『それより新たな援軍がこちらに押し寄せてこないとも限りませんが』
「だよねぇ」
ユーシアは紫煙を大きく吐き出すと、くすんだ金髪をボリボリと掻き毟った。
「なら外に出よう。それだけでいい」
『狙撃ですか?』
「ここから対岸まで、そう距離はないでしょ。ボートで10分ぐらいだし、港から十分に見えたしね」
そう言って、ユーシアはリヴとの通話を切る。
海岸からの狙撃ともなると、潮風がかなり影響してくる。弾丸が逸れるのも心配なところだ。難易度は跳ね上がるが、かつて『白い死神』と恐れられた天才狙撃手たるユーシアに失敗などない。
問題は、見張り役として対岸に置いてきたネアである。怪我をしていないか心配だ。「怪我の1つでもさせればどことは言わないが毟る」と言っておいたので安全地帯にはいると思うが、流れ弾を食らえば無事では済まないだろう。
短くなりつつある真っ黒な煙草を足元に落とし、ユーシアは燻る煙草の火を底の分厚い軍靴で踏み消す。それから自動拳銃を懐にしまい、リヴとの合流を優先した。
☆
外に出ると、認識できる対岸で何やら銃撃とか色々と聞こえたりする。
「うわ最悪」
「あのいけ好かない強面軍人さんが戦車で轢き潰していますが、戦えるのは彼ぐらいですよね」
パパパパッと断続的に聞こえる銃声に、ユーシアとリヴは揃って顔を顰める。
やってきたのはネオ・東京発電所にある見張り台だ。煙突のように見えるそれは対岸の様子をよく見ることが出来る。もっとも、向こう側は闇の中に沈んでおり、時折弾ける銃撃の火花ぐらいがまともな光源と言えよう。いやあんなものを光源と呼ぶ方がおかしいのだが。
配属される際に襲撃を受けることを見越していたのか、相手は十分な装備を整えている様子だった。戦車はないにしても機関銃ぐらいは持ち合わせていたようである。まあこの状況で武器を携帯しないのはよほどの馬鹿ぐらいだろう。
暗視用のゴーグルをリヴから借りたユーシアは、倍率を変えながら対岸を観察する。
「どうしようかな」
「狙えます?」
「射程が心配だな。対物狙撃銃の方を使えばどうにかなるかな」
愛用している通常の狙撃銃だと、弾丸がまともに潮風の影響を受けてしまうので狙いが逸れる恐れがある。しかも現状は周囲が闇に沈んだ視界最悪の状態だ。友軍誤射など洒落にならない。
それならまとめて吹き飛ばせる対物狙撃銃で狙った方がまだ勝率はある。弾丸の代金も無駄に跳ね上がりそうなものだが、ネアの安全を確保するなら惜しんでいられない。スノウリリィはどうせ放っておいても起き上がるだろうし。
すると、
『シア先輩、電話ですよ。シア先輩、電話ですよ』
ユーシアのスマートフォンからである。相棒の着信を告げる音声が流れ、リヴが「思った以上に精神にきますね」なんて呟いていた。
液晶画面に表示された相手はネアである。よかった、あの激しい銃撃戦から何とか逃れられているようだ。
ただ、それもどうだろうか。人質に取られでもした? そうなった場合はユーシアに電話をかけるように指示されているのか?
最悪の状況が脳裏をよぎる中で、ユーシアは通話ボタンに触れる。
『おにーちゃん?』
「ネアちゃん、無事? リリィちゃんと一緒にいる?」
『いるよ』
スマートフォン越しに聞こえてくるネアの声は、どこか暗い。すぐ近くで銃声が聞こえてくるので、きっと怖がっているのだ。
「怪我は?」
『りりぃちゃんも、ねあも、へいきよ』
「そっか。怪我がなくてよかった」
とりあえず怪我がないという話を聞き、安堵するユーシア。
『おにーちゃん』
「うん」
『ねあ、こあいよ。ぱんぱんっておとが、いっぱいするよ』
「そうだね」
ユーシアは視線だけ、隣に並び立つリヴに投げやる。
彼が軍服の裾を持ち上げると、その下から見慣れたライフルケースがゴトンと音を立てて落としてきた。蓋を蹴り開ければ、天鵞絨張りの箱の中に長大な白い対物狙撃銃が寝かされている。
その対物狙撃銃を片手で拾い上げ、ユーシアはスマートフォンを頬と肩で挟みながら動作確認。専用の弾丸を薬室に送り込み、準備完了だ。
不安そうなネアに応じるように、ユーシアは言う。
「大丈夫だよ、ネアちゃん。助けてあげるからね」
電話越しに、少女を安心させるように穏やかな声で返す。
「お部屋に帰ったら、パンケーキを焼いてあげようか。それまでリリィちゃんに抱っこしてもらって、お目目を閉じててね」
――殺戮の開始である。




