【第6話】
一方その頃、ネオ・東京発電所の外側である。
「みゅー」
日が沈み、夜の闇が迫る時間帯。
ネアは双眼鏡を片手に、ふわふわと空中を漂っていた。腰に長いゴム紐が繋がれており、地上にいるスノウリリィがその先端を握ってくれている。ふわふわとネアが風に流されるのも、そのゴム紐のおかげで流される範囲が決まっているので遠くに行くことはない。
双眼鏡で闇に沈む景色をぐるりと見渡していると、遠くの方でポツポツと明かりが見えた。暗くなってきたから建物が明かりをつけ始めたのだろう。移動している訳ではないから、教えられた通りに除外する。
双眼鏡に繋がれた紐を首に引っ掛けると、ネアは熊さんの形をしたポシェットからスマートフォンを取り出す。拙い指捌きで液晶画面に触れてから、スノウリリィの番号に電話をかけた。
『もしもし、ネアさん? 大丈夫ですか?』
「まだみえない」
『お暇ですか? 一旦、地上に降りてきます?』
「まだみる」
ネアは電話口の向こうで心配するような口振りのスノウリリィに「だいじょぶ、だよー」と言う。
大好きな『おにーちゃん』と『りっちゃん』から直々にお願いされたお手伝いなのだ。そろそろ飛んでいるのも飽きてきた頃合いだけれど、まだもう少しだけ頑張っていたい。せめて何か見つけて、スノウリリィから褒めてもらいたいところだ。
でも、あの何だか人間を頭から食べそうな熊さんみたいな男の人は怖い。褒められても頭から食べられてしまうかもしれない。名前も何だか覚えにくかったが、ネアは「へるちゃん」と覚えることにした。
電話を繋げた状態のまま、ネアは熊さんポシェットから小瓶を取り出す。薬がたくさん入っているような茶色い小瓶だが、中身はカラフルな飴玉が詰め込まれていた。そのうちの1粒を落とさないように取り出すと、ネアは口に運ぶ。
「みぃー」
『何かありました?』
「なんもなーい」
人工的な甘さが特徴の飴玉をコロコロと舌で転がすネアは、
「りりぃちゃん、おひまだからなんかおはなしして」
『お話ですか? うーん、じゃあユーシアさんとリヴさんが戻ってきたら、お2人には何をしてもらいましょうか。ネアさん、頑張りましたもんね』
「うん、がんばってる」
『はい、ネアさんは頑張り屋さんです。だからご褒美ぐらいもらってもいいじゃないですか』
それもそうだ、とネアはスノウリリィの言葉に納得する。
お手伝いを頑張ったからには、それなりのご褒美がなければネアは不満である。せめていっぱいのお菓子やユーシアお手製のパンケーキぐらい作ってもらわなければ割に合わない。
だがしかし、どちらか片方と言われると迷ってしまう。お菓子はたくさん食べたいし、ユーシアの手作りパンケーキも食べたい。どちらか片方なんてネアには選べないのだ。
究極の選択を迫られたネアが「うー、うー」と唸り声を上げていると、
「うー、う?」
何だか、遠くの方が動いたような気がする。
ネアは、首から下がっていた双眼鏡を覗き込んでみる。真っ黒に塗り潰された世界だが、月明かりがいくらかあるのでぼんやりとそれを認識した。
車だ。しかも大量に行列を作っている。危ないことにライトをつけておらず、暗い中をゆっくりと移動しているようだった。
電話を繋いだままにしていたスマートフォンに、ネアは今見た光景を伝える。
「りりぃちゃん」
『何ですか?』
「なんかね、おくるまがいっぱいこっちにくるよ。らいとがついてないの」
その事実を伝えた瞬間、スノウリリィが悲鳴を上げながら『も、戻ってきてください!!』も言ったので、ネアは素直に地上へ戻ることにした。
何だか足元が騒がしくなったのは、それからである。
☆
ネオ・東京発電所内では騒がしい場所に悪党が放り込まれていた。
「凄いなぁ、日本人ってもっと貞淑さがあるような気がしたけどさ。こんなに馬鹿騒ぎできるんだね」
「酒が入れば誰でも箍を外しますよ」
「だとしてもここまで酷い?」
ユーシアとリヴは目の前に広がる光景に白目を剥きそうになった。
歓迎会というか、解放式と銘打たれたパーティー会場はどんちゃん騒ぎとなっていた。広々とした会議室みたいな部屋には大量の酒瓶が転がり、大皿にはおつまみの代わりにと出された料理が虫食いみたいな状態で放置されている。すでに料理は冷め切っており、何だかもったいないような気がした。悪党でもご飯のことに関しては気にする性格なのだ。
そして肝心のネオ・東京発電所という孤島に配属されてしまった哀れな軍人たちは、この何もない島から解放されることに喜ぶあまり、羽目を外しすぎていた。上半身裸になって酒瓶から浴びるように酒を飲み、下品にゲタゲタと笑い声を上げ、肩を組んで調子外れな歌を叫ぶ。どれも日本語なので何を言っているのかまではユーシアには分からない。
顔を顰めたリヴは、
「とっとと全員殺しますか。今の状況なら容易いです」
「え、このクッキーモンスターはどうするの? 海に捨てる?」
「ぶち撒ければ勝手に自走するはずでは?」
適当なことを言うリヴにユーシアは「えー……」と困惑すると、酔っ払いどもがついにユーシアとリヴの2人に気づいてしまった。トロンとした目をこちらに向け、何やら日本語で叫ぶ。
『おい何だ、もう新人が来たのか?』
『お前ら、囲め囲め。新人だぞ新人!!』
『酒飲め、酒。あれ、誰だこの酒に口をつけたのは。中身が減ってるじゃねえか』
『ラッパ飲みなんかするからじゃねえの?』
酒に焼けた声でユーシアとリヴに何事か叫んでくる酔っ払いの軍人ども。ユーシアは視線でリヴに翻訳を頼んだが、彼は首を振って拒否した。それほど酷い内容だったのか。
とはいえ、態度から判断して別に受け入れ拒否のような様子はない。全員揃って酔っ払っているからだろうか。酔い潰れた軍人も何だか可哀想だが、こちらも命懸けで潜入のお仕事をしている最中である。死んでもらおうではないか。
ユーシアはリヴの脇腹を肘で小突くと、
「リヴ君、日本語訳お願い」
「チッ。分かりました」
「舌打ちするなら、これをリヴ君が渡してきてよ。俺より日本語が堪能でしょ」
「堪能どころか日本人ですからね、僕。絶対に嫌です」
「我儘」
「我儘なぐらいが可愛いでしょう?」
「いやただただムカつくだけ。あとで背後に注意しておきなよ」
ほら行くよ、とユーシアはリヴの首根っこをむんずと掴む。もうすでに諦め切っているのか、リヴは大人しく引き摺られた。
「えーと、今日から配属される新人です。これお近づきの印に差し入れ持ってきましたぁ」
ユーシアは「どうかバレませんように」と胸中で祈りながら、今まで抱えていた白い箱を差し出す。それまでドコドコと内側から物凄い勢いで暴れ狂っていたクッキーモンスターだが、酔っ払いの軍人に差し出すと同時に嘘のように大人しくなる。
静かになったクッキーモンスターを閉じ込めた檻を、へべれけ状態となった軍人は何も疑うことなく受け取る。リヴからの翻訳を受けたことで、彼らはいそいそと箱を開けた。
そして、あのうぞうぞと蠢くクッキーモンスターとご対面を果たす。
『あん? 何だこの紫色の――』
内容を聞こうとした瞬間、箱から紫色のモゾモゾと蠢くスライムが飛び出してくる。弾丸のような速度で飛び上がったそれは、箱を覗いてきた酔っ払いの顔面に飛びついた。
飛びつかれた衝撃で後ろに倒れ込む軍人。ジタバタともがくも、口や鼻をクッキーモンスターによって塞がれて呼吸が阻害されている様子である。十分過ぎるほど立派な攻撃行動だった。あのクッキーモンスター、他人を攻撃する意思があるのか。
仲間の1人がクッキーモンスターによって屠られたことで、他の軍人はアルコールのせいで眠たげな瞳をユーシアとリヴに向けてくる。
『お、お前ら』
何かを言うより先に、ユーシアは自動拳銃を引き抜いていた。
迷わず照準を相手の眉間に合わせ、引き金を引く。銃声と共に放たれた弾丸が寸分の狂いもなく眉間に吸い込まれていき、そして永遠の眠りの世界へと誘う。
膝から頽れる軍人を一瞥し、ユーシアはさらに2人、3人と同じように永遠の眠りを送る。酔っ払い相手だからか、張り合いがない。
相手が攻撃行動を取ろうとした時にはすでに、その背後にリヴがナイフを振り上げていた。
「酔っ払いはダメだねぇ、【OD】をこんなに深いところまで案内しちゃうんだから」
「酒は飲んでも飲まれるなって言いますしね」
「お、格好いいねそれ」
――さあ、ネオ・東京発電所を攻め込む時である。




