【第4話】
まずは作戦の確認である。
「俺とリヴ君はネオ・東京発電所に侵入して、内部の警備兵を殲滅してから電気系統を乗っ取る」
「それで本土組は今夜入れ替えでやってくるネオ・東京軍を殲滅ですね」
「ねあはみはり!!」
「よく出来ました」
今回は作戦区域が二手に分かれることとなる。
ユーシアとリヴは一足お先にネオ・東京発電所に潜入し、帰還準備で浮かれポンチになっている警備兵たちを殲滅する。【DOF】という魔法のお薬に手を出していないだけで、彼らも立派な人間である。長期間に及ぶ箱詰めの任務から解放されるとなったら、多少は浮かれて当然だ。
それから本土に残る組としては、これから箱詰め任務にやってくる可哀想な新警備兵たちを殲滅してもらう手筈になっている。多少は相手も警戒してくるだろうが、そこは織り込み済みだ。その索敵は空を飛ぶ異能力を持つネアに担当してもらう。
夕闇が忍び寄る中、ユーシアとリヴは小型のゴムボートに乗り込んでいた。ネオ・東京発電所は会場に浮かんでいるので、必然的に船での移動となる。
「ネアちゃん、本当に気をつけるんだよ。リリィちゃんの言うことをちゃんと聞いてね、危ないから」
「はぁい」
「ネアちゃんに髪の毛1本でも触れさせようものなら全員ぶち殺しますね。僕は有言実行する男ですよ」
「怖いな、この邪悪なてるてる坊主」
ユーシアがネアに「ちゃんと大人の言うことを聞くように」と言い聞かせている横で、リヴが作戦行動を共にするはずの大人たちを脅しかけていた。彼なら本当にネアが怪我でもしたと報告された途端に、周りの人間を血の海に沈めていそうである。世界で誰より殺人鬼である彼を舐めてはいけない。
幼い精神を宿した子供に怪我などさせる気はないのか、レジスタンスの戦闘要員たちは「はいはい」「分かってるっての」みたいなふわふわした回答を繰り返すばかりだった。信用ならねえ。
ネアの頭を撫でたユーシアは、
「じゃあね、ネアちゃん。行ってきます」
「おにーちゃん、りっちゃん。いってらっしゃい」
「あと本当に気をつけてね。俺が巻き込んでおいてあれだけど、怖い大人たちがいっぱい来るんだから怖かったらリリィちゃんを盾にしてでも逃げるんだよ。逃げてもいいんだからね。間違っても戦おうとしないでね。建物に隠れるか、もういっそ空飛んで逃げて」
「いってらっしゃい」
ネアに強めな口調で送り出されてしまい、ユーシアとリヴを乗せたゴムボートは滑るように大海原へ出航した。
振り返ると、真っ黒なワンピースを着て夜闇に紛れる準備万端なネアと、そんな彼女の腰から伸びるリードを掴んだスノウリリィの2人が手を振っていた。作戦に巻き込んでしまって申し訳ないが、世の中には適材適所がある。今回の見張りのような役割に、ネアは最適だ。
ため息を吐いたユーシアは、
「あー、心配。本当に大丈夫かな」
「何だかんだ大丈夫でしょう。大人もあれだけいますし」
ゴムボートを器用に操縦するリヴは、
「まあ、本当に怪我でもさせたら殺しますけどね」
「リヴ君の殺意がすごーい」
「リリィの邪神料理を食わせるだけでは飽き足りません。全身の血管を引っこ抜いてやります」
「そんなこと出来るっけ?」
感情の読めない無表情で当然のように殺意を漲らせるリヴに、ユーシアは苦笑するのだった。
「ところでリヴ君さ」
「何でしょう?」
「俺が持ってるリリィちゃんお手製のクッキーモンスターなんだけどね、何だか物凄くガタガタ暴れ出したんだけど。どう対処すればいい?」
「どうもしないです。頑張ってください」
「頑張れないよ怖いよリヴ君持ってよ!?」
「嫌です絶対に嫌ですそもそも僕の収納方法はベルトに挟む形式なのでそれを持つとなったら絶対に肌に触れるから嫌です」
「そんな早口で断ることなくない!? お前さんが頼んだんだろうが!!」
「押し付けないでくださいセクハラで訴えますよ!?」
「眠らせて海に突き落としてやるよ!!」
ユーシアの膝の上で「ここから出せ」と言わんばかりにガタガタと暴れ始めた白い箱(中身はスノウリリィ特製クッキーモンスター)を巡り、悪党2名はお馬鹿なことにゴムボートの上で掴み合いの喧嘩に発展するのだった。
ちなみに、そのせいで若干到着が遅れた。
☆
ネオ・東京発電所。
ネオ・東京の電力を賄えると言われている大規模な発電所。見る限りでは火力発電所であることが最有力である。この設備で「原子力発電所です」と名乗られたら詐欺もいいところだ。
つまり、この発電所を止めてしまえば、ネオ・東京は全体的に電力が供給されずに停電することになる。停電すれば生活インフラにも関わるので、ネオ・東京軍はこの場所を攻め落とされる訳にはいかないのだ。
そんな重要施設に、とうとう2人の悪党が降り立つ。
「敵は?」
「見える範囲にはいないね」
船着き場に降り立ったユーシアとリヴは、夕焼けに照らされて黒く染まるネオ・東京発電所を見やる。
巨大な箱に、いくつかの太い煙突を生やしたような不思議な見た目の建物だ。もくもくと茜空を汚すように黒煙が煙突から噴き出しており、今もなお元気に稼働中であることが窺える。
海に浮かぶゴムボートを回収したリヴは、【OD】の異能力を使用して軍服の下にしまい込む。それが出来るのであればユーシアの持つクッキーモンスター入りの白い箱も押し付けたい。
「では乗り込みますか」
「他の連中に紛れなくていいんだよね」
「どうせ解団式とか言って馬鹿騒ぎしてますよ。簡単に制することが出来ます」
リヴはそう言って、堂々とした足取りでピタリと閉ざされたネオ・東京発電所の建物に足を踏み入れてしまう。ユーシアも手の中でガタガタと暴れる白い箱に対する嫌悪感をねじ伏せて、リヴの背中を追いかけた。
ネオ・東京発電所の建物に入って、すぐ飛び込んできたのは綺麗な受付である。ただし受付のカウンターは無人で、小さな立札に『御用のある方は呼び鈴を押してください』という文字が虚しく躍る。受付嬢はどこかに引っ込んでいるのだろうか。
周囲を警戒していると、どこからか『うい〜』という酔っ払ったような濁声が聞こえてきた。受付から左右に伸びる廊下の奥から、ふらふらと覚束ない足取りでネオ・東京軍の軍服を身につけた中年男性が歩いてくる。その手にはもれなく酒瓶までついていた。
明らかにアルコールの影響で目が据わった男は、無人の受付を前に立ち尽くすユーシアとリヴの存在に気づく。
『んんあ? 誰だぁ、お前らぁ』
『本日よりネオ・東京発電所に配属されました』
『というこたぁ、新人か。はははは、よく来たなぁ!! こんななーんにもねえ場所まで!!』
大きな声で笑う男は、酒瓶から直接、中身の酒を呷った。口の端から溢れる勢いで酒を胃の腑に落としていくと『かーッ』と唸る。
『新人はなぁ、これから3ヶ月はこの島から出られねえからな。娯楽もねえ、酒もたまーにしかねえ、もちろん女だっていやしねえ煙臭えところに配属なんて可哀想になぁ』
『名誉なことです』
『いい心がけだな。若いねェ』
日本語が堪能なリヴに会話を任せると、何やら上手い具合に潜り込めるような雰囲気があった。相手も酔っ払っているから正確な判断がつかないのだろう。
これはなかなかいい滑り出しである。娯楽がほとんどない、ということは解放される今日だけは無礼講で楽しんでいることだろう。施設の制覇も容易そうである。
酔っ払った男はふらふらとした千鳥足で踵を返し、
『ついてこいよぉ、新人。一応、先輩として案内してやらぁ』
『恐縮です』
『堅苦しいなぁ、もっと肩の力を抜いてけ。ぶはははははは!!』
何が楽しいのか、彼は高らかに笑いながら来た道を戻っていく。
ユーシアとリヴも、とりあえず新人のふりをして彼の背中を追いかけた。まさかこうもあっさりと騙されるとは、酒に溺れるととんでもないことになる。
ついでに言えば白い箱も引き取ってほしいのだが、この場所で手土産を渡せば施設の説明の人員を見つけるのが大変になる。今はまだ暴れる白い箱の恐怖と戦うしかない。
「この箱、いつになったら手放してもいいのかな」
「仲間内に紹介される時が来ると思いますので、その時で大丈夫じゃないですかね」
「それまでに大人しくなっててくれるといいんだけどなぁ」
ドコドコと箱の内側から暴れに暴れるクッキーモンスターに泣きそうになりながらも、ユーシアとリヴは仕事を全うするのだった。