【第3話】
そんな訳でお出かけである。
「うへえ、やだぁ。息が詰まる」
「文句を言うんじゃねえ、死神ィ。テメェらが作戦の要だろうがよ」
ヘルエストから一喝され、ユーシアは顔を顰める。
現在、ユーシアとリヴはネオ・東京軍の軍服に着替えていた。これからネオ・東京発電所に潜入するのだから、これぐらいはしないと怪しまれてしまう。
でもサイズが合っていないのだ。ネオ・東京軍というだけあって日本人で構成されているのか、袖の長さやズボンの裾の長さが微妙である。これで誤魔化せるのか心配だ。リヴの方はきちんと大きさも合っているというのに。
やけに首が詰まるようなデザインの軍服の襟を引っ張りながら、ユーシアはダメ押しで「やだぁ」と呻く。
「リヴ君1人で行ってきてよ」
「え? 聞こえないですね、何ですか?」
「こんな至近距離で難聴を発症するとか本当に舐めてる?」
ユーシアはジロリと相棒を睨みつける。
ネオ・東京軍の軍服に身を包み込んだユーシアとリヴは、これからネオ・東京発電所に潜り込む。それで交代間際の兵士に混ざり込んで殲滅したのち、発電所を乗っ取って停電に追い込めば成功だ。演技力と戦闘力が試される戦い方である。何だか『革命戦争』の時代に戻ったかのような感覚だ。
交代要員と応戦するのは、地上に残したコミュニティ『レジスタンス』の戦闘要員の仕事である。ヘルエスト率いる戦闘要員が地上を一掃すれば、戦力も2倍に削げるという訳だ。
そしてその交代要員を発見するのが、
「ネアちゃん、お着替えした?」
「した!!」
ユーシアの呼び声に応じて、ネアが部屋から飛び出してくる。
彼女の格好は真っ黒なワンピースと黒くて頑丈なブーツ、それから分厚い手袋という夜の闇に紛れる格好だった。交代の時間に指定されていたのは夜なので、夜空に紛れてしまえば問題はない。あの港の辺りは明かりも少ないので、真っ黒な格好をすれば簡単に見分けがつかなくなる。
極め付けに、ネアの細い腰に巻きつけられたベルトからはゴム紐が伸びていた。まるでお散歩用のリードである。リードの先端はスノウリリィがちゃんと握りしめていた。
「リリィちゃんがゴム紐を引っ張ったら大人しく回収されるんだよ。危ないからね。抵抗しないように」
「あい」
頭を撫でながらユーシアはネアに言い聞かせると、彼女は意外にも素直に応じた。ちょっと誇らしげな表情もプラスである。お仕事を手伝えるのが嬉しい様子だ。
「心配だな、ネアちゃんが怪我をしないか本当に心配。今からでも他のピーターパンの【OD】に任せられないかな」
「ピーターパンの【OD】を引きやすいのは、幼い頃から【DOF】に触れてきた子供だけだぞ。そこのお姫様が精神的に1番幼いが、1番成熟してるのは間違いない」
心配するユーシアにそう言ったのは、一緒に地上で交代要員を相当する役目を負ったユーリカである。ネアが作戦に加担すると聞いてから「じゃあオレも行くわ」と立候補したのだ。
彼は手榴弾やスタングレネードなどの装備品をたんまりと詰め込んだ巨大なリュックサックを背負い、なおかつ機関銃までも装備している。腰のホルスターには大振りの自動拳銃まで差し込んでいた。さらに【DOF】の調合道具まで持って準備万端である。ネアが作戦に加担すると知ってから慌てて用意したらしい。
爆薬などをたんまり詰め込んだリュックサックを指差すユーリカは、
「安心しろ、絶対にお姫様は傷ひとつだってつけさせやしねえよ」
「つけさせたら毟るからね。どこをとは言わないけど」
「正確には腰より下ですね」
「怖ッ!?」
ユーリカをしっかりと脅しをかけておいたユーシアとリヴは、改めてネアとスノウリリィに向き直る。
「危ないから気をつけるんだよ、本当に。無理はしないでね」
「くれぐれも、明かりを見つけたら素早く報告して地上に降りていてくださいね。リリィの言うことをしっかり聞くんですよ」
これから1番危ない場所に潜り込むというのに、いつまでも他人の心配ばかりするユーシアとリヴにネアは素直に告げた。
「おにーちゃんとりっちゃんのほうがあぶないでしょ。ちゃんとかえってきてね」
見た目は成熟した少女でも幼い子供の精神を宿したネアの言葉に、ユーシアとリヴはそれぞれ「はいはい」「分かりました」と応じるのだった。
☆
そんな訳で移動である。
「…………ねえ、リヴ君さ」
「何でしょう」
「本当に出来るかな」
ユーシアはどこか不安そうな口調で、隣にいる相棒に問いかける。
軍服に着替え終えたら、次はネオ・東京発電所まで移動である。作戦決行日は夕方からだ。それまでは発電所付近で待機となる。
ユーシアとリヴはこれから敵陣の大事な場所まで潜入するのだ。不安を覚えるのも無理はない。
運転中のリヴはチラリとこちらに一瞥を寄越すと、
「珍しいですね、あの『白い死神』と恐れられた天才狙撃手でも不安なことが?」
「いや、この箱なんだけど」
ユーシアの膝上には、真っ白な箱が置かれていた。ついでに言えば、一緒に可愛らしいリボンが結ばれたイラストが特徴的な紙袋に入れられている。リヴが言うには「日本で代表的なケーキ屋の紙袋ですね」と言っていた。
ケーキ箱ぐらいの大きさがある白い箱だが、蓋が何故かガタガタと震えている。紙袋越しに白い箱が揺れる様をダイレクトに感じており、ユーシアは一気に不安になった。こんなものを抱えていて不安を覚えない方がおかしい。
ちなみにこれは、スノウリリィが作った焼き菓子である。クッキーだとか何だとかほざいていたが、クッキーが果たしてひとりでに動くか?
「何でこの箱を持たされるの? つーかリヴ君、リリィちゃんに何で行きがけにお菓子を作るように要求してるのこれを敵陣で食う羽目になるのだけは嫌なんだけど俺ぇ!?」
「何言ってるんですか、そんなことしませんよ。僕だって食べたくないですもん」
リヴはしれっとユーシアの膝上に置かれた白い箱から視線を逸らし、
「シア先輩はあまり馴染みがないかもしれませんが、赴任当初はどこも手土産を持つのが常識なんですよ。『これからお世話になります』って意味があります」
「『これからあの世に逝かせます』の間違いじゃないの?」
「ははッ、どっちでもいいじゃないですか」
リヴは軽い調子で笑う。
ユーシアは箱の中身が気になって、白い箱の蓋を開けてしまう。これだけガタガタと揺れていれば中身が気になるのも仕方がない。
紙製の蓋を持ち上げると、まず最初に目に飛び込んだのは紫色の塊だった。クッキーとは何か。小麦色の塊とか、チョコチップとか、砂糖の匂いとかそんなものは存在しない。ぐちゃぐちゃの紫色のスライムに、何故か絶望したような表情を浮かべていた。
そのスライムが言った。クッキーと宣って作られたはずなのに。
「おおおおおおおおおおええええええええええ」
「失礼しました」
ぱたむ、と。
ユーシアは無言で白い箱の蓋を閉じた。行動が早かった。
こんな地獄のクッキーがあってたまるか。
「本当にもおおお!! 何でこんな地獄のクッキーを生産するかなぁ!!」
「邪神を崇拝しているんだから仕方なくないですか」
「レトルト食品すらここまで変化させるだからぁ!!」
「兵器として超一流なんですよね。これ食って病院行くだけで済んだら非常に嫌ですけど」
「いや絶対にこれ死ぬからね!?」
こんな地獄のクッキーを食わせられる羽目になるネオ・東京軍の兵士に、ユーシアはちょっぴり同情の念を抱かずにはいられなかった。
ちなみにだが。
リヴの運転、ユーシアが助手席に座っているので、自然にスノウリリィとネアは後部座席に座っている訳で。
「兵器扱いですか……私のお料理が兵器扱い……」
「りりぃちゃん、まずはおいのりをやめるべきだとおもうの」
「ネアさんまでッ!?」
自分の作ったクッキーがまさかの生物兵器として差し入れされる事実が判明し、さらに幼い少女の精神を宿したネアにもトドメを刺され、スノウリリィはしくしくと涙を流すのだった。




