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【第2話】

「みみみ、みみみ♪」



 ネアはご機嫌だった。


 今日も楽しいお散歩だが、お散歩をしている場所が違う。

 いつもは天井が塞がれた地下空間をのんびりお散歩しているだけだが、本日は晴れ渡ったお空の下をお散歩しているのだ。生気の感じさせないガラス張りの高層ビル群にほぼ無人の街並み、静かな地上が今日のネアのお散歩コースだった。


 ふわふわと【OD】の異能力で浮かぶネアは、陽気に鼻歌なんて奏でながらお散歩を満喫する。



「みみみ、みー♪」


「ネアさん、今日はいつになくご機嫌ですね」


「ひさびさのおそらなんだよ。ねあもおひさまをあびたい!!」



 いつもは天井という蓋があるから自由に飛べなかったが、今日からはまた自由な大空を飛び回ってもいいだろう。肌に当たる風の感覚が心地よく、お日様の暖かさも眠くなってしまうほど気持ちがいい。


 スノウリリィの肩を掴んだ状態で引っ張ってもらっていたが、ネアはふとビル群の麓に放置されたものを発見する。

 明かりの消えたお店だった。どうやら洋服屋のようで、人間よりも少しばかり背の高いマネキンが暗闇の中にさながら幽霊の如く浮かび上がっている。奇妙な赤いスーツを身につけてポーズを取っているが、幼い精神を宿したネアにとっては幽霊と見間違えても差し支えはない。



「ぴゃ」


「どうしましたか、ネアさん?」


「おばけがいるの……ねあ、あたまからばりばりたべられちゃうんだよ」



 スノウリリィの背中に隠れ、マネキンをお化けだと勘違いするネアはプルプルと震えていた。可愛らしい、子供の発想である。



「大丈夫ですよ、ネアさん。あれは動きませんから」


「ほんと?」


「でも怖いのは確かですね。暗いところに立たれると、どうしてもお化けと勘違いしたくなるのは分かります」



 スノウリリィは苦笑すると、ネアの肩を叩く。



「急いで離れちゃいましょうか。怖いですもんね」


「りりぃちゃんも、こあい?」


「はい、怖いです。夜に見るとおトイレに行けなくなっちゃいますね」



 ほわほわと笑いながら、スノウリリィは自分の肩にネアを掴まらせる。ネアは【OD】の異能力を駆使してふわりと浮かび上がると、彼女に引き摺られながらも全身で日光を浴びてお散歩を楽しんだ。

 やっぱり地上はいいところである。地下も悪い場所ではないのだが、地上の広さには敵わないのだ。空も高ければどこまでも歩いていける。素晴らしい世界である。


 再び「みみみ、みみみ♪」とご機嫌な様子で鼻歌を奏でるネアだったが、



「あら?」


「?」



 唐突に『りりぃちゃん、おでんわだよ!!』というネア自身の声が響き渡る。


 ネア本人は喋っていないのだが、何故かネアの声でお電話があることを伝えていた。一体何のマジックだろうか。ネアはさっきまでご機嫌に鼻歌を奏でていただけなのだが、第2のネアが存在しているのだとすれば笑えない。

 偽物の存在を疑うネアをよそに、スノウリリィが取り出したのは自分のスマートフォンである。スノウリリィのスマートフォンからネアの声が聞こえていた。もしかしてネアの声を録音して登録していたのだろうか。


 画面に表示された人物名を確認したスノウリリィは、はてと首を傾げる。



「ユーシアさんですね、何かあったんでしょうか」


「おにーちゃん?」


「ええ、そうです。お兄ちゃんですよ」



 スノウリリィにお電話をかけてきた相手は、何とネアが兄と呼び慕うユーシアだった。容姿が似ているので、もう最近では本当のお兄ちゃんなのではないかと思うようになってきた訳である。

 電話に応じたスノウリリィは、スマートフォン越しにユーシアと何か会話を交わしている。ネアも盗み聞きしようと携帯に耳を欹ててみるのだが、なかなか音声は拾えない。さすがに難しいようである。


 通話を終えたスノウリリィは、



「ユーシアさんがお話したいことがあるので、今から来るって言ってます」


「おさんぽ?」


「いえ、お話ですって。何でしょう?」



 スノウリリィもお話の内容が予想できないのか、不思議そうに首を傾げているだけだった。

 彼女が分からないのであれば、ネアも当然ながら分かる訳がない。ここは大人しくユーシアとリヴの到着を待つべきだろう。


 道の端に移動したネアとスノウリリィは、とりあえずユーシアとリヴの到着を大人しく待っていた。



 ☆



 ややあって、ユーシアとリヴが地上まで姿を現した。



「お日様の下をお散歩? いいね」


「健康的ですね」


「おにーちゃん、りっちゃん!!」



 今日のおやつに関して話していたネアとスノウリリィは、ユーシアとリヴが姿を見せたことで会話を中断させる。


 ネアは現れたユーシアに抱きついた。ユーシアは「おっとと」と言いながらもネアをしっかり抱き止めてくれる。困ったように笑っていたが突き飛ばさない辺り、優しいお兄ちゃんである。

 その隣では真っ黒なレインコートに全身を包んだリヴが、真っ白なハンカチを噛みながら恨めしそうにユーシアを睨みつけていた。リヴもユーシアに抱きつきたかったのだろうか。でも今はネアが独占中である。



「どうしたんですか? 突然、お話って」


「ああ、うん。ちょっとね」



 スノウリリィの言葉にユーシアはやんわりとネアを引き剥がしながら、



「実はさ、また仕事があって。今度は潜入のお仕事でさ」


「え、それは危険ですね」


「そうなの。割と命の危機があるって訳で」



 ほわほわと笑うユーシアだが、ネアはちょっと嫌な気分になった。


 仕事は嫌いだ。ネアから大好きなユーシアとリヴを横取りするからである。本当はもっと遊んでもらいたいし、頭も撫でてもらいたいし、いっぱいお話がしたいのに、全部全部「お仕事だからごめんね」と言って後回しにされる訳である。

 だったらネアもお手伝いできればいいのだが、ユーシアとリヴはおそらくそれも許してくれないだろう。ネアは大人しくお留守番しているしかない。


 頬を膨らませるネアに、ユーシアは「そこでね」と言い、



「ネアちゃんに、実はお手伝いしてほしくてさ」


「おてつだい?」


「見張りをしててほしいんだ。望遠鏡で、お空から。俺たち、これから危ない場所に行く訳だから、外から危ないお兄さんに襲われちゃうと困っちゃうんだよね」



 何だかよく分からないが、空を飛ぶということはネアしか出来ない芸当である。現に今もふわふわと浮かんでいるのは、ネアが授かった【OD】の異能力によるものだ。

 ユーシアが頼ってくれたのは久々のことである。しばらくはお仕事を手伝えていないので寂しい思いをしていたのだが、頼ってくれたことが嬉しい。


 ネアは元気よく頷き、



「うん。ねあ、おてつだいする!!」


「ありがとう、ネアちゃん。助かるよ」


「えへへ」



 ユーシアから頭を撫でられ、ネアの思わず頬を緩ませてしまった。いつもはネアを守ってくれるユーシアとリヴのお手伝いが出来るとは嬉しいことだ。



「でも、大丈夫ですか? ネアさんにそんな危険な真似をさせるなんて」


「本当はやらせるべきではないとは思うんだよ。ネアちゃんが危険な目に遭うのは俺としても許容できない。でも、これから仕事に行く場所は高いビルとかないから見張りが出来るような設備がないんだよね」


「だからって」


「これは危ないこと、でも頼めるのはネアちゃんしかいない。もちろん怪我なんてさせないつもりだよ」



 スノウリリィとユーシアの剣呑な空気を素早く察知したネアは、彼らの間に割って入る。



「りりぃちゃん、ねあはやるよ。やりたいの」


「ネアさん、でも危ないんですよ? 痛いことになってしまうかもしれないですし……」


「やるの、りりぃちゃん。ねあ、いつもおにーちゃんとりっちゃんにたすけてもらってるの」



 ネアはニッと笑うと、



「だからね、ねあもおにーちゃんとりっちゃんをおたすけするの。おんがえしっ」

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