【第1話】
ネオ・東京軍の第1陣が攻め込んできた話は、1夜にして話題になった。
『ネオ・東京軍が攻めてきたって……』
『え、じゃあここも危ないってこと?』
『遅かれ早かれ攻め込まれてただろうし』
『でもどこに逃げればいいの?』
そんな日本語の会話が飛び交う中だが、ユーシアは大半が理解できない言語である。非戦闘員の【OD】が集まってコソコソ会話をしているのだが、果たして彼らは何を言っているのか。
隣を歩く相棒の真っ黒てるてる坊主は鼻で笑い飛ばしており、どうせ碌な会話内容ではないことが判断できる。本当は翻訳してもらう方がいいのだろうが、どうせ「碌な会話じゃないので聞かない方が身の為ですよ」などと言われるのだろう。
ユーシアの背中に張り付いて遊ぶネアは、
「おにーちゃん、どこいくの?」
「偉い人のところだよ」
「ねあもいっていいの?」
「お散歩ついでにね。偉い人とお話する時は、リリィちゃんと一緒に待っててもらうことになるけど」
日課である運動不足解消を目的としたお散歩に付き合いながら、ユーシアは『トーキョー・ステーション』の内部を歩き回る。相変わらず、地下迷宮みたいな場所である。
天井からは案内板のような看板が突き出ているのだが、もはやどこに繋がっているのかさえ見当がつかない。せめてもの相棒のリヴがいてくれることが救いである。彼がいなければ、ユーシアはこの広大な地下迷宮を歩くことさえままならない。
ユーシアの後ろから追いかけてくるスノウリリィが不思議そうに首を傾げ、
「何か重要なお話が?」
「うん、まあね」
「私とネアさん、お部屋で待っていた方がよかったんじゃ……?」
「ネアちゃんのお散歩もあるし、いいよ。ついでついで」
そんな会話をスノウリリィと交わすと、見慣れたスーツ姿の男が熊みたいな見た目の軍人と話し合っているところを発見する。
この魔都最大を誇るコミュニティ『レジスタンス』の頭領、トキナリ・ナルセである。その側にはヘルエスト・ラインバーツもいた。ネオ・東京軍が攻め込んできたことに対して何か策はないかと話し合っているのだろう。
まず最初にヘルエストがユーシアたちの存在に気づき、その琥珀色の双眸を音もなく眇める。相変わらず気配に敏感な奴である。人相の悪さも相まってネアには恐ろしい怪物にでも見えたのか、短い悲鳴を漏らすとユーシアの背中に引っ込んだ。
一方でトキナリはユーシアとリヴに朗らかな笑みを見せ、
「やあ、どうしたんだい?」
「胡散臭いなぁ、相変わらず」
「手厳しいな」
最大派閥のコミュニティを統括する頭領らしい態度で、トキナリはユーシアの辛辣な言葉も巧みにかわす。腹の底が見えないのは考えものであるが、ああいう人物が戦場では冷酷な判断を下すことが出来る将となるのだ。
ユーシアは背中に張り付いたままのネアの肩を叩き、スノウリリィに預ける。「このままお話するから、ネアちゃんはお散歩しておいで」と言うと、幼児退行した精神を宿す少女はスノウリリィの背中に張り付いた状態でどこかにずるずると引き摺られていった。よほどヘルエストの顔が怖かったのだろう、一度もこちらを振り返らない。
さて、本番の話である。今から彼らと話す内容は、まあまあ危険なお仕事の件だ。
ユーシアはネオ・東京軍の兵士が持っていたスマートフォンを懐から取り出して、
「お仕事の提案なんだけど、どう?」
☆
「なるほど、ネオ・東京発電所を陥落させるのか」
「もうそろそろ警備兵が一斉に交代する時でしょ。それに、このスマートフォンの持ち主はネオ・東京発電所の警備兵に入れ替わることが決まっていたようなんだよね。紛れ込めると思わない?」
トキナリは考えるような素振りを見せる。
ネオ・東京発電所はネオ・東京の街全体の電力を賄っている重要施設である。当然ながら警備兵も厳重に置かれているし、最新の警備設備なんかも勢揃いだ。下手に手出しが出来ないのは理解できる。
ただ、それもあくまで今までなら、という前提がある。今は警備兵の入れ替わりの時期であり、ユーシアとリヴの手元には入れ替わりの警備兵を任命するネオ・東京発電所への招待チケットがあるのだ。潜り込むぐらいなら簡単に出来そうだ。
ユーシアはその招待チケットを受信したスマートフォンを振り、
「危険度は高いけど、悪い話じゃないと思うんだけどな」
「君たちもそう言うってことは、事態は本当に深刻なんだね。一刻も早くネオ・東京をどうにかしなきゃっていう気概が感じられる」
「も?」
ユーシアは首を傾げた。
トキナリは「君たちも」と言ったのだ。ユーシアとリヴだけがこの状況を利用しようと考えている訳ではなさそうである。
見れば、ヘルエストが片目を瞑っていた。それだけで誰がトキナリにネオ・東京発電所を攻め込むべきか進言したのが分かってしまった。
あからさまに嫌そうな顔をしたユーシアは、
「えー、この脳筋と同じ考えとかやだ」
「ンだと、死神ィ!?」
「事実じゃん。凄い理性的な作戦だと思ったら脳筋でも思いつくような簡単な作戦だったじゃん」
「誰が脳筋だ、誰が。こちとら何年従軍してたと思ってやがる」
「知らないよ、そこまで深い付き合いでもないでしょ」
突っかかってくるヘルエストから視線を逸らし、ユーシアは極小の舌打ちをする。
この脳筋のヘルエストと同じ思考回路だというのが納得できない。戦車であらゆるものを踏み潰せば終わると思いつつあるヘルエストが、まさかネオ・東京発電所を陥落させようという作戦を思いつくとは何が起きたのか。せっかくいい作戦を考えたと思ったのに、熊みたいな男と一緒の考えとか勘弁してほしい。
ただ、もうこれ以上なくいい作戦は思いつかない。潜入した上で裏から叩き、ネオ・東京発電所を陥落させる。その方式を可能とするのはユーシアとリヴぐらいしかいないだろう。ヘルエストだとガタイのせいで目立つ。
そこで、トキナリが「分かった」と頷いた。
「実は入れ替わりのネオ・東京軍を襲撃しようかと考えていたけれど、2人が潜入して外で戦闘要員が待機ってことにすればいいかな。潜入するって考えは読まれていると思うから、確実に援軍がやってくると思う。君たちが安心してネオ・東京発電所を陥落できるように、外側はヘルエスト君に任せようかな」
「ボス、いいんですかい」
ヘルエストが難色を示す中で、トキナリは「その方が最適だよ」と返す。
「君は身体が大きいからすぐに目立っちゃう。対してユーシア君は外国人にしては平均よりも大きめの身長だから、いくらでも誤魔化しは通用するよ」
トキナリは「ただ問題がね」とまた顔を顰め、
「出来れば偵察部隊もほしいな。ドローンとか都合のいいものがあればいいんだけど」
「そんな高性能な装備はないな。ネオ・東京軍の装備にもドローンとかそういうのは見当たらなかったし」
偵察部隊――ドローンを使いたいとなったら、空からの見張りのようなものである。さすがに高価すぎるし、ネオ・東京軍の兵器でも無人兵器的なものはなかった気がする。【DOF】を検出する機械を作れるぐらいなら無人兵器も作れそうなものだが、まだ運用はされていない。
高台もなければ上空からの見張りは難しい。空を飛ぶ異能力でもなければ。
――そこまで考えて、ユーシアは思いついてしまった。出来ればこれは避けておきたかったが。
「その偵察部隊に関して提案があるんだけど。条件付きだよ」
「何かな?」
「絶対に守って。傷ひとつないように。髪の毛1本でも切り落とされていたら、背後から狙うよ。永遠の眠りがご所望かな」
十分すぎるほどにトキナリを脅しておいてから、ユーシアは言う。
「ネアちゃんに頼もう」
空を飛ぶ異能力を持ったピーターパンの【OD】――ネアの初仕事であった。




