【小話:どこかの誰かとお友達】
「るったった!!」
「あまり遠くに行っちゃダメだよ」
「うん!!」
久々にお外へ出ることを許可されたネアは、意気揚々と廃墟のように静かな魔都に繰り出す。
時刻はお昼なので空は明るい。青い空には白い雲がたなびいており、吹き込む風も爽やかである。地面に転がる瓦礫やガラスの破片は危ないので触らない。
鼻歌混じりに高層ビル群の間を縫うように歩くネアは、自分に発現した【OD】の異能力を使う。硬いコンクリートの地面から解放されてふわりと空中に浮かび上がり、そのまま高層ビルに沿って上昇する。足元から兄と呼び慕うユーシアの声が聞こえてきたが、ちょっと楽しくなってきちゃったネアには届かない。
あっという間にビルの上層部に到達したネアは、鏡のように自分の姿を反射する表面のガラスを覗き込む。やはり何度も見慣れた自分の顔しか映っていなかった。
「るったった!!」
それでもいいのだ。今のネアはご機嫌である。
久しぶりの地上は解放感があっていい。自由に空を飛ぶことが出来るし、どこにでも行けるような不思議な感覚がある。
全身に浴びる陽の光が心地いい。部屋にいても陽の光を浴びることは出来るのだが、やはり広々とした世界で空を飛びながら浴びる陽光の気持ちよさに勝るものはない。
鼻歌混じりに――というかほぼ口で言っちゃっているネアは、悠々と高いビルの上層部付近をぷかぷかと泳いでいると、
「鏡みたい!!」
「ハルさん、身を乗り出したら危ないぞ」
何やら声が聞こえてきた。
ネアも聞き取れるので相手は英語を話しているのだろう。飛ぶことを一度止めて、ネアは周囲に視線を巡らせた。
どこかに誰かがいるのかと思ったのだが、ネアの視線の届く範囲には誰もいない。そもそもこの高いビルの上層部をふわふわ漂うことなど、空を飛ぶ異能力を発現したネア以外にいないのだ。
では一体どこから、とネアは鏡のように光を反射するビルの表面に視線を戻し、
「あ、誰かいる!!」
「あれ、本当だ。こんにちは」
「びゃッ!?」
視線を戻した先、鏡のように煌めくガラスの壁。
そこに、赤い髪の男の子とメイド服を身につけた女の子が並んでネアを見ていた。不思議なことに鏡の中に彼らはいたのだ。
驚きのあまりガラスの壁から距離を取ったネアは、恐る恐ると言ったような風に口を開く。
「ど、どちらさまですか……」
「警戒心は花丸だね!!」
「その質問も当然ですね」
赤い髪の少年とメイド服の少女――いや少女なのだろうか。声が低いのでおそらく女の子みたいな格好をした少年なのかもしれない。
彼らは歪んだ三日月のような乗り物に乗っていた。絵本で見かけたことのある三日月だ、ネアも何度か「のってみたいなぁ」と思っていたことが何故か鏡の向こう側で実現している。
ネアは瞳を輝かせ、
「おつきさま!!」
「お月様ですよ」
「いいなぁ、ねあものってみたい」
「うーん、これがあるからダメですねぇ」
メイド服姿の少年が、ぺたりと鏡のように煌めくガラスの壁に触れてくる。お邪魔なガラスの壁があるから会話は出来るが触れることは出来ない。
壁が邪魔だということはネアも理解していたので、余計にしょんぼりと肩を落とす。せっかくの長年の夢が叶いそうだったのに、壁如きに邪魔をされるとは悔しい限りだ。
すると、赤い髪の少年が「大丈夫だよ!!」と溌剌とした声で言う。
「会えるよ!! 多分また、きっと!!」
「あえる?」
「うん、会える!! もしも会ったらね、ちゃんと握手してお互いに自己紹介しようね!!」
赤い髪の少年の言葉に、ネアは「うん」と頷く。
ガラスの壁が阻んでくる影響で、ネアは彼らと握手をすることさえ叶わない。交わせるものは言葉だけだ。
でも、不思議と彼らが言うようにまた会えるかもしれないという気分になった。何も根拠はないけれど、そんな気がするのだ。
赤い髪の少年のメイド服姿の少年はネアに向けて手を振ると、
「じゃあね!!」
「また会いましょうね」
「あ」
そう言って、彼らは鏡の前から飛び去ってしまう。
自由に動く三日月のお船が鏡の前から離れたと思えば、また元通りの状態に戻ってしまう。驚いたような、それでいて少しだけ寂しそうな表情の自分の顔がガラスの壁に映り込んでいた。
今のは一体何だったのだろうか。何かの奇跡か、それともネアの夢なのか。夢だとしたらまだネアは眠っている状態で、これから誰かに起こされることになるのだろうか。
試しにネアは自分の頬を抓り、
「いひゃい」
びよよよーん、と伸ばしてみる。ちょっぴり痛かった。
ならばこれは、きっと夢ではない。鏡の向こうに見えたのは名前も知らない男の子たちで、三日月のお船に乗ってどこかに旅をしてしまったのだ。
ネアに「いつかまた会えたら、ちゃんと握手をして自己紹介をしよう」と言った彼らは、紛れもなくどこかで生きている訳で。
「――――」
「――――!!」
「あ、そうだった」
今までの魔法みたいなやり取りに気を取られていて、ネアはすっかり他の人物の存在を忘れていた。
ふと足元を見やると、遥か彼方に兄と呼び慕う男性と真っ黒なてるてる坊主と銀髪碧眼のメイドさんがいた。そういえば、三日月のお船に乗っていたメイド服姿の少年は黒髪赤目だった。ネアの大好きなメイドさんとは真逆の格好である。
ゆっくりと降下して、ネアは「ただいま!!」と兄に抱きついた。本当の兄ではないけれど、彼は本当の兄のように抱きついてきたネアのことを優しく抱き止めてくれた。
「ビルの上で何かあったの? 随分と止まっていたけれど」
「んー」
ネアは少しだけ考える。
どうやって伝えればいいだろうか。あんな夢のような話をしたって、もしかしたら信じてもらえないかもしれない。
それに、まだ本当に会えると決まった訳ではない。本当に、いつか会えたその時にみんなへ紹介すればいいだろう。
だから、
「なんでもないよー」
朗らかな笑みで、ネアはそう誤魔化した。




