【第9話】
暗闇に支配されたオフィスビルで、やたら重装備の軍人に出会った。
「…………」
会敵してしまったリヴの脳裏が導き出した最適解は、殺害であった。殺せば別に問題ないだろうと判断したのだ。
そうと決まれば話は早い。真っ黒なレインコートの袖から手榴弾を滑り落とすと、迷わず栓を口で引き抜いて軍人めがけて投げつける。
爆弾を防ぐ為の防壁を携えていた軍人だが、手榴弾は相手の足元に転がったので装備など無意味だと思える勢いで吹き飛ばされる。何か日本語で叫んでいたが知らない。
物言わぬ死体と化した軍人に一瞥をくれてやったリヴだが、
『こっちで爆発音がしたぞ!!』
『誰かいるぞ』
『【OD】だ、気をつけろ!!』
日本語の絶叫が次々と飛んできては、リヴの耳朶を打つ。
足音が連続して聞こえてくるので、リヴは舌打ちをしてから建物内に放置されていた机の陰に隠れる。オフィスビルなので会社らしい内装が特徴的であり、遮蔽物が多いのが助かった。
すぐ近くで『相手は【OD】だ、油断するなよ』『殺されるぞ』『でも相手は少人数だろ? 勝てるんじゃねえのか?』という日本語のやり取りが繰り広げられる。机の陰に隠れるリヴに日本語が伝わっていることも知らぬまま、彼らは間抜けにも行動している。
ネオ・東京軍の第1陣が攻め込んでくるとは聞いていたが、こんな早い段階でやってくるとは想定外だ。意外にも行動力のある連中らしい。
「全く、1人を相手に大勢でやってくるなど無粋ですね」
リヴはレインコートの袖から【DOF】の詰め込まれた注射器を滑り落としながら、小さな声で呟く。
ネオ・東京軍の兵隊たちが攻め込んできたとなれば、心配なのは相棒である狙撃手の男である。彼は近接戦闘が苦手なので、もっぱらその部分はリヴが担っていたようなものだ。
これは早急に戻らなければならない。下手をすれば蜂の巣状態となった相棒とご対面を果たす羽目になってしまう。いや、この状況でリヴも蜂の巣にならない保証はないのだが。
「やっちまいましたね。とっととシア先輩のところに戻らなきゃ、あの人今度は蜂の巣になって転がってますよ」
注射器の針を首筋に突き刺し、濃度の高い【DOF】を投与する。空っぽになった注射器を足元に捨て、丁寧に踏み壊したリヴはレインコートの袖から大振りの軍用ナイフを滑り落とす。
授かった【OD】としての異能力を発動し、自身の身長を親指程度の大きさに縮める。その場に他の人物がいれば、リヴの姿はまるで幽霊のように掻き消えたと認識するだろう。
暗闇の中、溶けるように姿を消したリヴは次の瞬間、オフィスビルを機関銃片手に彷徨うネオ・東京軍に所属する軍人の背後に立っていた。
「は――」
「遅えですよ、グズが」
分厚い装備の、ほんの僅かな首元の隙間を狙ってナイフの刃を差し込む。
柔らかい肉を切り裂く感覚。くぐもった断末魔が漏れて膝から崩れ落ちる軍人を片手で引っ張り上げ、仲間たちが気づいて機関銃を向けてくる前に死体を突き飛ばす。
死体も使えばただの障害物である。案の定、2人ほどまとめて死体に押し潰されるような形で埃っぽい床に転がり、無様にもリヴを見上げて硬直する。
死体に潰される2名の軍人を足蹴にし、リヴは酷薄な笑みを見せる。
「無様ですね。ええ本当に無様極まりないです」
彼らも運が悪いことだ。
「僕でなければよかったのに。少しは情報収集に力を入れてみてはいかがです?」
そう言って、リヴは逆手に握った軍用ナイフを同じように軍人の首元を狙って血塗れの刃を振り下ろす。
丁寧に喉笛を切り裂いて、絶命したことを確認。仲間が死んでいく様を間近で眺めていた軍人には違う絶望を味わってもらうことにする。
口元を覆う防護マスクを無理やり外して、リヴは相手の口腔内に爆薬を詰め込む。少量でも着火すれば確実に頭部が吹き飛ぶ特別製だ。
相棒も持っているお揃いの安いライターで爆薬に点火したリヴは、
『さようなら』
あえて日本語で別れを告げてから【OD】の異能力を使用して、フッと相手の目の前から姿を掻き消す。
その直後のこと。
背後で盛大な爆発音を聞いた。どうせ死体は吹き飛んだだろうし、別に見に行く必要もないだろう。確認して生きていたところでどうにもならない。
「さて、シア先輩は無事ですかねぇ」
相棒の安否を気にしつつ、とりあえずリヴはオフィスビルの1階を目指すのだった。
☆
ドダダダダダダダダダダダダダ!! という銃声が耳を劈く。
「クソがよ!!」
物陰に隠れるユーシアは悪態を吐いた。
この状態で、いつ遮蔽物がぶっ壊れるか分かったものではない。いつまでも隠れてばかりのジリ貧状態ではこっちが先に死ぬ。
前衛担当をしてくれているリヴは、まだ向かいのビルに囮役として出かけたっきり帰ってこない。ネオ・東京軍の第1陣は魔都のどの範囲まで及んでいるか不明だが、近場で戦っているヘルエストの元にもいくらか確認されているのだからリヴのところにもいることにはいるだろう。
心配なのはネアとスノウリリィである。地下都市『トーキョー・ステーション』までネオ・東京軍の軍隊が押し寄せていやしないだろうか。帰って彼女たちが殺されていましたなんてオチになったら、それこそ町中を爆破しても足りないだろう。――特にリヴが。
「勘弁してよ、前衛なんて苦手だってのに!!」
ユーシアの取り柄といえば狙撃ぐらいである。遠くから敵兵をズドンと射抜いて殺す、一撃必殺型の戦闘スタイルだ。多彩な武器を扱う才能なんてない。
相棒のリヴのように爆弾の心得でも持っていれば今の状況を打開する為の解決策などいくらでも思いつくだろうが、そんな都合のいいことはない。装備品だって愛銃である純白の狙撃銃と自動拳銃だけだ。
すると、
――ガチンッ。
まるで、弾丸を撃ち切ったかのような小さい音がユーシアの鼓膜を僅かに揺らす。
『相手は全然反撃してこないな。本当に【OD】か?』
『もしかしたら戦えない【OD】かもしれない』
『それならサクッと殺して終わりだな』
日本語が聞こえてくる。
ユーシアでは不自由な言語だからいつも相棒の翻訳を頼りにしていたが、この孤独な状態では相手の言葉さえ分からない。分からないが、一向に撃ってくる気配がないので作戦を切り替えたのだろう。
これはまたとないチャンスである。相手が近づいてきてくれるのであればいい。銃の扱いならば、弾丸をばら撒いて数撃てば当たる戦法を取るような相手よりも上である自覚がある。
ユーシアは物陰に身を潜めたまま自動拳銃を握りしめて、そっと息を吐く。
――こつ、こつ。
足音がすぐそこまで迫る。
――こつ。
まだ遠い。
――こつん。
今だ。
「ッ!!」
ユーシアは物陰から飛び出し、自動拳銃を素早く構える。
敵兵は3人。驚いたように硬直したその瞬間が命取りである。
すぐさま照準を合わせると、まずは1発。消音器を取り付けていないので、銃声が暗黒の空に響き渡る。
射出された弾丸は的確に相手の鼻っ面をぶっ叩く。顔面を貫通してもおかしくない銃弾だが、しかし相手に傷は1つもない。
「ぐう」
膝から頽れる兵士。見れば、相手は健やかな寝息を立てていた。
倒れた相手が間抜けにも寝ている姿を確認し、これはまずいと慌てて手持ちの武器である自動拳銃を構えるもユーシアの方が早い。即座に狙いを変えると、立て続けに2発。
撃った弾丸は的確に相手の眉間を貫くも、やはり傷つけずに永遠の眠りの世界へと誘う。静かな屋上には健やかな寝息と気持ちよさそうないびきが重なり合った。
敵兵を仕留めたことで息を吐くユーシアだが、
『武器を捨てろ!!』
『大人しく投降しろ!!』
日本語が耳朶を打つ。
見れば、屋上から新たな兵士が2人ほど駆け込んできた。まだいるのか、とユーシアはうんざりする。
また相手をするべきかと自動拳銃を構えたところで、ユーシアは手にした自動拳銃をパッと放す。重力に従って自動拳銃はユーシアの足元に落ち、ガシャンと耳障りな音を立てた。
武器を持っていないことを示すように両手をひらひらと振るユーシアの姿に、誰もが固まる。3人も仕留めておきながらいきなり投降の姿勢を取るのは驚くのも無理はない。
『こいつ、本当に武器を捨てたぞ』
『何だ、もう弾切れか?』
怪しむ兵士2人に、ユーシアは笑顔で言う。
「お帰り、リヴ君」
次の瞬間。
背後からまるで幽霊のように伸びてきた人間の腕が兵士の首を掴むと、そのまま力一杯に捻って相手の首を折る。ゴキィ!! という音が聞こえた。
もう片方の兵士が仲間を仕留めた何某を認識する前に、ユーシアは自動拳銃を拾い上げ、相手の横顔めがけて引き金を引く。弾丸はちょうど耳の下辺りを射抜いたが傷はつけられず、代わりに相手を眠りの世界に誘う。
「意外と平気なものですね」
暗闇から姿を見せたのは、いつものように真っ黒なレインコートを身につけたリヴである。彼に怪我があるようには見えない。
ようやく頼れる前衛担当と合流である。これでユーシアも頑張って命を張らないで済む。
ユーシアは自動拳銃をコートの下にしまい込みながら、
「いやぁ、意外と根性出したよ」
強がってもよかったのだが、下手に答えて前衛を任されても嫌なので素直なところを見せておくことにした。




