【第8話】
対岸で花火が上がる。
――――ッッッッッッッドン!!
盛大な爆発音を奏でさせ、対岸にあるビルの屋上がパッと白く照らされる。
真っ白な閃光の中、浮かび上がる狙撃手の姿。視界を覆い隠す立派な暗視ゴーグルが使い物にならなくなる明るさは、今や相手にとっては鬼門である。
ただ、ユーシアは違った。相手に暗視用の照準器をぶち抜かれて台無しにされた時点で視界にアドバンテージがあり、下手をすれば暗闇の中で脳天をぶち抜かれて死亡している可能性が高かった。相手の狙撃手を的確に撃ち抜くには、視界を確保できれば問題はない。
三脚で銃身を支える純白の狙撃銃に頬を寄せ、その一瞬で消える花火の隙にユーシアは引き金を引く。
――タァン!!
夜の闇に響き渡る銃声。細く長く、それはあっという間に消えていく。
射出された弾丸は、顔を跳ね上げさせた相手の眉間に突き刺さる。眼球を覆うように装着された暗視用ゴーグルを吹き飛ばし、撃たれた衝撃で背後にひっくり返るも、相手は傷ひとつない状態である。
打ち上げられたスタングレネードは徐々に光を弱めていき、最終的にひっそりと消えていく。何発も打ち上げてもらう必要がなくてよかった。
すると、
「ん」
懐から【DOF】の箱を取り出したところで、ユーシアのスマートフォンに着信が入る。
真っ黒な煙草を咥えながら懐に忍ばせたスマートフォンを取り出すと、液晶画面に表示されていたのは相棒の名前である。
任務を終了させたので、ここは素直に褒めてやるべきだろう。彼のおかげで狙撃も成功したようなものである。
通話ボタンを親指で触れたユーシアは、
「やあ、リヴ君」
『花火は見てくれました?』
「見たよ。見事な花火だったね」
通話に応じながら、ユーシアは咥えた真っ黒い煙草の先端に安物のライターで火を灯す。
「相手の暗視ゴーグルを吹き飛ばさなきゃよかったよ。そうすれば装備品を奪えたんじゃないかな」
『ああ、確かにそうですね。暗視用の照準器、ダメにされたんですもんね』
「そうだよ。どこで調達しようかな」
暗視用の照準器は見つかるだろうが、この物資が限られた魔都で簡単に見つかる代物ではないと推測できる。これはコミュニティーのリーダーであるトキナリに言えばどうにか出来るものだろうか。
「それよりも、俺が撃ったその狙撃手ってお前さんの知り合い?」
『全然』
「じゃあネオ・東京の軍隊の人かな。階級章とか、使えそうな持ち物はありそう?」
『用意されていた狙撃銃の弾丸は使えますかね。一応は持っていきますが』
スマートフォン越しに、リヴの声と衣擦れの音が同時に聞こえてきた。おそらくユーシアが狙撃して強制的に眠らせた相手の狙撃手の懐を漁っているのだろう。
『認識票がないですね。おそらく組織に所属している新人でしょう。組織とネオ・東京軍は手を組んでいて、同時に所属しているのが多いかと』
「リヴ君もそうだった?」
『少なくとも僕は軍隊に所属できるようなタマではなかったですからね。ほら、上司とかによく楯突いていましたし』
「そこは自慢できるところかなぁ」
煙草を吹かしながら、ユーシアは呆れた口調で応じる。
確かにリヴの性格を鑑みると、軍隊に所属できるような人間ではない。死なない限りは抜け出せない諜報機関『カゲロウ』に所属しながら、上司に辞表を叩きつけて出奔してきた人間が上下関係の厳しい軍隊の世界に所属できるとしたら相当自由な環境だろう。
ユーシアでさえ傭兵だったが、上下関係の割と厳しい世界に身を置いていた。一応は目上の階級に対する礼儀も知っているつもりである。上官に理不尽な命令をされたら殴りかかりそうなリヴとは違うのだ。
リヴはあらかた相手の装備品を漁り終えたようで、
『そちらに戻りますね。装備品は使えそうなものをまとめて持っていきます』
「暗視用の照準器とかあった?」
『見つけましたけど、シア先輩的に使えるかどうか分かりません。持っていきます?』
「まあ、使えても使えなくても見てみたいから持ってきて。頼んだよ」
そんな会話を終えて通話を切った直後、再びユーシアのスマートフォンに着信が入る。
液晶画面に表示されたのは相棒の名前ではない。何か言い忘れたのかと思って確認してみたら、名前として表示されていたのは『少佐』の文字である。そういえば、強制的に連絡先を交換していたことをすっかり忘れていた。
顔を顰めたユーシアは、仕方なしに通話ボタンを親指で触れる。
「何よ」
『テメェ、今どこにいる!?』
「屋上」
『どこの屋上だよッ!?』
「分かんないよ。ビル名を確認しなかったもんでね」
何やら焦ったような口調のヘルエストに、ユーシアは飄々と応じる。
電話口の向こうから、幾重にもなって機関銃の音が聞こえていた。おそらく誰かと交戦中なのだろう。この状況で言えばネオ・東京軍の第1陣と会敵したか。
それはそれはご苦労なことである。電話をかけてきたということは援軍に来てほしいということだろうが、あいにくと暗視用の照準器が敵狙撃手によって正確にぶち壊されてしまったので加勢に行きたくても行けないのが現状だ。せめて暗視用の照準器を相手の装備からひん剥いてきた相棒の帰還を待ちたいところである。
悠々と煙草型の【DOF】を吹かして文字通りの高みの見物をするユーシアは、
「まあ今回は戦車ないけど頑張ってよ。夜襲だし、相手も戦車を使ってこないでしょ」
『薄情な奴だな、テメェはよ!!』
「いつだって薄情だよ。見捨てる気満々だね」
ヘルエストが叫んだ直後、ダダダダダダダダダダダダ!! という銃声がスマートフォンのスピーカーを通じて鼓膜を突き刺した。通話をしながら機関銃をぶっ放すとは器用なことをする少佐である。
これだけ戦えているならユーシアが援軍として駆けつけることもないだろう。焦らずゆっくりと援軍に向かっても余裕そうである。
そう考えていたユーシアだが、ヘルエストが叫んだ警告の内容に思考回路が停止しかけた。
『ネオ・東京軍が色々なところに散らばってるぞ!! 建物の中にも侵入している可能性もあるから気をつけろよ!!』
「は?」
『じゃあな、切るぞ!!』
「ちょ、待ってそれどういう意味!?」
ユーシアが警告の内容を正す前に通話が切れてしまう。
ネオ・東京軍が色々な場所に散らばって、夜襲を仕掛けてきたらしい。ヘルエストが言うには建物の内部にも侵入している可能性が考えられる、だとか。
それはつまり、逃げ場のない屋上にいるユーシアも危険な目に遭う未来が十分に想像できる訳である。冗談ではない。
「ふっざけないでよ、こっちは狙撃手だよ!? 遠距離支援がお仕事だってのに、敵兵の前に立たせるんじゃ」
うんともすんとも言わなくなってしまったスマートフォンに暴言をぶち撒けていたユーシアだが、遠くの方で扉が開く音に素早く反応する。
足音が複数。
視界でも、黒い何かが暗闇の中を蠢く姿を確認する。黒光りする機関銃を携え、防弾チョッキなど防具も万全に揃えてきた兵士さんがお出ましである。
せめて「リヴ君かな?」みたいな思考回路の余裕を持つことだけは許してほしかった。またの名を現実逃避と言う。
「やだもう、何でこうなるの」
ユーシアは咥えていた【DOF】を足元に落とす。燻る炎を靴底で踏み消して、砂色のコートの下から自動拳銃を引っ張り出した。
予備の弾倉はまだあるが、相手は機関銃である。見たところ敵兵は3人程度だが、もっと援軍はあるかもしれない。
正直な話、状況としては確実に詰んでいる。でも、
「こんな場所で野垂れ死ぬ訳にはいかないんだよね!!」
牽制として自動拳銃の引き金を引くユーシアは、三脚によって支えられていた純白の狙撃銃を蹴り上げて回収する。それから相手が機関銃をぶっ放してくる前に屋上に置かれていた何かの資材の影に飛び込む。
直後、機関銃の雨嵐が物陰に隠れたユーシアに襲いかかった。




