【第2話】
「やっぱり物欲センサーがない相棒は頼りになりますねぇ」
「褒められてる?」
「もちろんですよ。褒めてます褒めてます」
物資調達の帰り道、ユーシアはリヴの運転する車に揺られていた。何だか褒められている気分にはならないが、彼の機嫌がいいので黙っておく。
あれから何個か卵形のチョコレートを処理して、目当てのキャラクターのキーホルダーを全て出したユーシアである。オタクどもからは神のような扱いを受けて何とも言えない気持ちになった。
リヴが好きだと公言するキャラクターのキーホルダーは、珍しいシークレットキャラを含めて3体ほど取ることが出来た。予備の分はネアへのお土産である。どうやらネアもリヴが好きなキャラクターのことが好きな模様である。
「本当に引きがいいですよね。前のカードもそうでしたが」
「日本っておまけ入りのお菓子が多いよね」
「そりゃまあ、こういうものは集めたくなる国民性ですからね」
鼻歌でも歌わない勢いでご機嫌なリヴの横顔を眺めて、ユーシアは「ねえ」と口を開く。
「ネオ・東京発電所の陥落は厳しいかな」
「どうでしょうね。軍隊にセンサー系など、現代兵器の群れを攻略することが出来れば文句はないのですが」
「やっぱりぃ?」
ユーシアは「はあ」とため息を吐いて、ついでに頭も抱えた。
ネオ・東京全体の電力を賄っている発電所――ネオ・東京発電所。インフラ的にも重要な設備ということもあり、ネオ・東京の軍隊も常駐しているとリヴの調べではついている。
さらに言えば赤外線センサーで侵入者も捕捉され、現代でも最新機器と呼べる兵器群がネオ・東京発電所に配置されている。打撃を受ければ間違いなく陥落も容易くなりそうなものだが、そうも簡単に攻略できない最高難度の要塞となっている。
リヴは「まあ簡単ではありませんけど」と言い、
「近々、配備されている軍隊の入れ替え作業があるようです。手薄になる瞬間があるので、狙い目はその辺りかと」
「そんなことも調べてたの? 優秀だね」
「陥落できればネオ・東京への侵入も容易いですからね。頻度は多くないですが、それなりに気にしています」
ネオ・東京全体の電力を賄っているということもあり、警備が手厚い状態なのでリヴも何とか機会を伺っていたようである。ユーシアの知り得ない情報まで手に入れてくるとは、さすが元諜報官と言ったところか。
近々、配備されている軍隊が総入れ替えとはなかなかいい情報である。軍隊さえどうにか出来れば、残りは最新機器の兵器群だけだ。ユーシアの異能力は人間にだけしか通用しないので、機械であれば狙撃でも十分に破壊可能だろう。
リヴは「というか」とユーシアへ視線をやると、
「一応は考えてくれているんですね」
「そりゃそうでしょ。これはお前さんの為なんだから」
日本国大統領の懐刀として機能する諜報機関――カゲロウ。
そこはかつて、リヴが所属していた諜報機関である。リヴは上司の顔面に辞表を叩きつけて諜報機関を抜けてきたみたいだが、重要な機密を知っていると言っても過言ではないリヴの離脱を諜報機関側は許さなかったようだ。
頻度は低いとは言え、襲撃を受けていちゃたまったものではない。ここは日本国大統領をぶっ殺した上で襲撃から逃げようという算段だ。
「…………驚きましたね」
リヴはハンドルを操作しながら、
「僕の為にちゃんと考えているんですね。シア先輩は絶対に適当に考えるかと思いましたが」
「敵を知らないと狙撃できないでしょ。世の中そういうものが多いんだから」
狙撃の腕前に自信のあるユーシアだが、相手がどのような装備や能力を持っているのか調べるのは当然である。一撃必殺の狙撃手は弾丸を外したら居場所がバレ、そこで終わりである。
それ故に、ユーシアは「外したら死ぬしかない」と言っているのだ。元より近接戦闘の才能はからっきしだし、予備の戦力として持っているのは何の改造も施していない自動拳銃である。【OD】などという一般人からすれば規格外の化け物を相手にするなら、それぐらいの覚悟をして然るべきだ。
ユーシアは「だからさ」と言い、
「確実に仕留める為には色々と知っておかないとね。相手は面倒なことに【OD】の集団だからさ」
「全体的に僕以下ですが」
「お前さんの場合は規格外すぎるのよ、優秀さが。諜報機関内の評価でも飛び抜けてたんじゃないの?」
「飛び抜けてましたよ。その分、性格などの内面性で減点を食らっていましたが」
「ありそう」
「髭を毟りますよ」
「止めてよ!?」
ハンドルから器用に片手だけ手を離して、ユーシアの髭を狙ってくるリヴ。別に好きで生やしている訳でもないし髭剃りが簡単に手に入るのであればユーシアだって無精髭を全部剃ってやるぐらいだ。
ただ、毟られるのは嫌なのでリヴから伸ばされる手を懸命に回避する。髭だって肌から生えているのだから毟られれば地味に痛いのだ。たびたび髭を狙ってくるのは何故だろうか。
その時である。
――――――――…………。
遠くの方で、何かが光った。
「ッ、リヴ君ハンドル切って!!」
ユーシアは反射的に声を荒げる。
リヴが何か反応をするより先に、ハンドルを操作してその場から離れる。
すると、今までユーシアとリヴが乗る車がいた位置に銃弾が叩き込まれた。コンクリートを抉り、僅かに破片が飛び散る。背後に続いていた車の列もリヴがハンドルを切ったことで同じように回避する。
窓の外を睨みつけたユーシアは、
「何かいるな、狙撃手かな」
「狙えますか?」
「車で走行している状態での狙撃ってなかなか大変なんだよね。弾代の無駄になるのと、あともう移動を始めてる頃だから狙うのは最善手じゃないね」
現在は使われていないとはいえ、高速道路を猛スピードで走行中である。的が大きいならばまだ狙い目はあるだろうが、人間1人程度の大きさしかない的を狙うのはかなり難しい。弾丸を外せばそれこそ銃弾1発の代金がもったいないので、場所が安定していない場合での狙撃は得策ではない。
それに、狙撃が失敗した時点で相手は移動をし始めている頃だろう。何せ場所が割れているのだ。すぐにその場から離れなければ、今度は自分が狙われて終わる。
リヴは高速道路脇に伸びるビル群を一瞥し、
「場所は特定できてます?」
「あのビルだね」
ユーシアが指差したビルは、全面がガラス張りとなった無機質な印象を受けるビルである。建物の高さはそこそこあるものの、全面ガラス張りの建物は周囲を見回すと結構見つかるもので、目を離すとあっという間に埋もれてしまう。
高速道路上だから余計に居場所を見失いやすい。いつのまにやら相手の狙撃ポイントから外れてしまい、狙うことも出来なくなっていた。
リヴは車に備え付けられたカーナビに指を触れ、
「お、生きてますね。まあ通信状況が生きているのであれば、まだ電波も生きてますか」
「地図って使える?」
「一応は。ビル名までの特定はさすがに出来かねますね、積まれているカーナビは旧式のようです」
画素数の荒いカーナビの地図に表示された建物らしきものは、全体的に灰色に塗り潰されていた。建物の名前も表示されていないので、どれがどのビルなのか分からない。
分からないのだが、高速道路の位置とビルの並び方から大雑把な位置情報までは絞り込める。伊達に狙撃手として何年も活躍していないし、何だったら異能力を扱う【OD】という存在相手に狙撃銃だけでどうにか出来るはずもないのだ。
ユーシアは建物を示す灰色の四角の群れを指差し、
「この辺り」
「さすがの空間把握能力ですね。眠り姫ってそういう異能力を持っていましたっけ?」
「才能って言ってほしいね。こちとらまともだった時は狙撃銃で【OD】と渡り合っていたんだよ」
「『白い死神』は言うことが違いますね」
リヴはユーシアが示した灰色の四角の群れを確認し、「はい」と頷いた。
「建物の監視カメラも確認することは出来るでしょうが、どうせ難しいでしょうね。それならいっそあちらから出向いてもらった方がいいかと」
「狙いは俺たちかな。それとも拠点の特定とか」
「拠点なんて特定されてますよ、あっちの方が環境がいいし色々と勢揃いしてますしね。狙うとすれば僕かと」
そんなことをリヴは何でもないような調子で言う。
リヴを狙ってきた狙撃手――つまり、日本国大統領お抱えの諜報機関『カゲロウ』に所属しているのだろう。高速道路を走る車を立ち止まった状態で狙撃するとはなかなかの腕前と見ていい。
ついに相手も動き出したという訳か。本格的に狙ってくるだろうとは思っていたが、今まさにその時なのだ。
ユーシアは懐から【DOF】の煙草の箱を取り出し、
「哨戒任務って言って、夜に外を出歩けば捕まるかな」
「それは確かに捕まりそうですね。腕前だけは持っていてもお馬鹿ばかりですから」
「それ言っちゃう?」
「言っちゃいますよ」
かつて所属していた諜報機関を鼻で笑うリヴを横目に、ユーシアは咥えた黒い煙草に安物のライターで火を灯すのだった。
その直後、リヴから「煙たいです、窓を開けてください」と言いながら髭を毟られたのは言うまでもない。




