【第3話】
調達の仕事から戻ると、ちょうど散歩中のネアとスノウリリィに遭遇した。
「おかえり!!」
「お帰りなさい」
「ただいま。いい子にしてた?」
「ただいま戻りました」
ネアに満面の笑みでお出迎えされ、ついでにユーシアの胸元に飛び込んでくる。正面衝突とばかりの衝撃が襲いかかってきて「ぐはッ」と意図せず口から変な声が出た。
わざわざ【OD】の異能力を使用して空中浮遊した上で突撃されたので、まあまあな勢いはあった。ユーシアに抱きついて楽しそうに笑うネアに、もう何も言える気分ではなかった。この笑顔を守れるのであれば多少の痛みなど安いものである。
ユーシアはネアの小さな頭を撫でてやり、
「ネアちゃん、今日のお土産はチョコレートだよ。卵形のチョコ」
「ちょこ!!」
ネアは翡翠色の瞳を輝かせる。お菓子が大好きなネアにとっては嬉しいお土産だろう。
「はい、ネアちゃん。いっぱい食べると虫歯になるから、ちゃんと歯磨きは忘れないようにね」
「はぁい」
ユーシアが持ち帰ってきたビニール袋の中には、大量の卵形チョコレートが詰まっていた。まだ未開封の状態のものなので、景品も取られている様子はない。彼女にもどんな景品が出てくるのかというワクワクさを味わってもらいたいところだ。
小さな箱に描かれた好きなアニメのキャラクターたちに、ネアの表情がパッと明るくなる。ビニール袋から取り出した小さな箱を矯めつ眇めつ眺めては、描かれたキャラクターを指先でなぞって「かわいい!!」とはしゃいでいた。
ネアは小さな箱たちをスノウリリィの頬にぐりぐり押し付けて、
「みて、ねあのすきなやつ!!」
「よ、よかったですね。あのネアさん、ちゃんと見えてるのでほっぺに押し付けてくるのは」
「みてみて!!」
「わ、分かりました分かりました。ネアさん、大丈夫ですよ見えてますよ」
大好きなアニメキャラクターのお菓子ということもあって、ネアは興奮気味にスノウリリィへお菓子の箱を押し付ける。喜んでくれているようで何よりだが、その興奮具合が凄まじかった。
スノウリリィは困ったように笑いながら、ネアの手からお菓子の箱が大量に詰まったビニール袋を回収する。「これはお部屋に戻ってから食べましょうね」と言うと、ネアは元気よく頷いていた。
ユーシアは調達したばかりの食品の山を示し、
「俺たちはまだ調達してきた食材とかを運び入れなきゃいけないから、先に帰っててくれる? それともまだお散歩してる?」
「いえ、もう帰ろうかというお話になっていたので帰ります。お菓子ありがとうございました」
「うん、気をつけてね。部屋に戻ったらちゃんと施錠しておくんだよ」
散歩を切り上げて部屋に戻っていくネアとスノウリリィの背中を見送り、ユーシアは何とはなしに隣へ視線をやる。
「……リヴ君、何してるの」
「尊みの極みでゴージャスハレルヤ」
「それちゃんと言語化されてる? 俺の知らない単語を喋らないでくれないかな」
顔面を両手で覆い隠し、膝から頽れると天井を振り仰いで意味の分からない言葉を羅列する相棒の真っ黒てるてる坊主に、ユーシアは困惑せざるを得なかった。たまに意味不明な言葉を吐くので困ったものである。
英語じゃなくて日本語かなと思ったのだが、どうやら間違いなく英語でぐちゃぐちゃに話しているようだ。ユーシアでもちゃんと「尊みの極みでゴージャスハレルヤ」とか言っていたので、全く持って理解できない。どういう意味が込められているのやら。
ユーシアはリヴを軽く蹴飛ばして、
「ほらリヴ君立って。食料品を運び入れなきゃ」
「僕の語彙力がどこかに行きました」
「常にどこかお散歩してるでしょ。拾ってこれないんだから諦めなよ」
膝をついたまま動く気配もないリヴの首根っこを掴み、ユーシアはずるずると引き摺りながら調達してきたばかりの食料品を運び入れる仕事に戻るのだった。
☆
調達の仕事に戻ると、何やら現場が騒がしかった。
『おい、やばいぞこれ』
『すでに第一陣は送り込まれてるって』
『いつここに攻め込まれるか分からねえな』
深刻そうな表情で、【OD】たちの口から日本語が飛び交う。
ユーシアは日本語が分からないので、リヴに翻訳を頼むと「第一陣は送り込まれてるらしいですが、何のでしょうね?」と首を傾げていた。さすがのリヴでもまだ情報収集には至っていないようである。
調達任務から帰ってきた【OD】たちは、ラジオやら新聞やらを引っ張り出してきては何事か日本語が頭上を飛ぶ。忙しなく色々と行動しているのだが、果たしてどこの第一陣が送り込まれているのかさえユーシアもリヴも分かっていない。
すると、
「おい、死神ィ!! 大変だァ!!」
「うわびっくりした」
「何ですか、いきなり。心臓でも止めるつもりならその作戦は大成功ですね、枕元に立って同じく地獄に連れ込んでやりますよデカブツがよ」
耳を劈く胴間声に、ユーシアとリヴは素直に驚いた。特にリヴの場合は野良猫のように飛び上がっていたので、その腹いせに声の主を相手に暴言を吐き散らかす。
声の主は言わずもがな、ヘルエスト・ラインバーツである。その手には草臥れた新聞紙を握りしめており、表情もどこか焦りを感じさせる。新聞に重要な情報が書いてあったことは明らかだ。
ヘルエストは新聞を広げて、
「おい見てみろよこれ!!」
「日本語読めない。リヴ君、要約して」
早々に細かい日本語の翻訳と要約を相棒にぶん投げたユーシア。新聞紙を広げられても、文字が細かくて内容が頭に入ってこないのだ。英字新聞ならまだしも。
リヴはヘルエストから新聞をひったくり、書かれた文章に視線を走らせる。それから「あー」とようやく納得したように頷いていた。
丁寧に新聞を折り畳んでからヘルエストに返却したリヴは、
「どうやらネオ・東京から軍隊が派遣されるようですね。第一陣として何名か、精鋭が魔都に送り込まれたようです」
「その通りだよ」
横から声が飛んでくる。
見れば、覚えのあるスーツ姿の男が胡散臭い笑みを見せて「やあ、調子はどうだい?」なんて挨拶をしてくる。この大規模なコミュニティを束ねる頭領の【OD】――トキナリ・ナルセだ。久しぶりに見たが、姿が変わっていないのはちょっとした恐怖を感じた。主にクローンとかそういう意味合いで。
ボスが出てきたからか、ヘルエストも珍しく居住まいを正す。元軍人として上下関係が叩き込まれている証拠だ。敬礼なんかもしていたが、トキナリから「楽にしていいよ」なんて言われたので『休め』の体勢で話を聞く。
一方で元軍人ではあるものの、トキナリをボスだとは認識していないユーシアは気さくに挨拶を返した。
「やあどうも、優先的に食料を融通してくれるおかげで快適な生活が出来ているよ」
「それはよかった。君たちは調達部隊の要だからね、簡単にいなくなられでもすれば困るのさ」
トキナリは「それはそうと」と話を切り替え、
「ネオ・東京軍の軍隊が魔都に派遣されると正式に発表があった。各コミュニティでも大混乱だ。すでに第一陣は送り込まれているって聞いているから、もう間もなく被害が出てもおかしくはない」
「それは大変だね」
「ああ、大変だとも」
笑顔で応じるトキナリに合わせ、ユーシアもまた笑顔で答える。全く、食えない男である。
「だから、我々のコミュニティでも哨戒任務をしようかという結論に至った。今までは少人数で持ち回りだったけれど、今回から本格的に夜間の地上を警戒してもらおうとね」
「へえ、それを俺たちに話すってことは白羽の矢が立ったってこと?」
「察しがよくて助かるよ」
ユーシアは「わあ、面倒臭い」と口先だけで反抗する。
内心ではまたとない機会である。調達任務から帰る際、所属不明の狙撃手の姿を確認したのだ。
あの狙撃手が狙っていたのはユーシアとリヴの乗った車である。おそらくリヴを殺害する目的で送り込まれた日本国大統領直轄の諜報機関『カゲロウ』からの刺客だろう。かの狙撃手をどうにかする為にも、哨戒任務か何かをやらせてもらえないかと思っていたところだ。
なので、ユーシアは本心を表に出さずに言う。
「仕方ないな。主食をいつもより多めに融通してくれるなら引き受けるよ」
「【DOF】の調合を多めに、格安にするからそれで手を打ってくれないかい?」
「それを出されると弱いな。分かったよ、条件を飲む」
ユーシアが条件に応じると、トキナリは「では詳細な情報は、あとで部屋に届けさせるよ」と告げて立ち去ってしまった。何だかんだと忙しいのだろう。
「お仕事だよ、リヴ君。とっととお部屋に戻って寝ようか」
「添い寝のサービスはありますか?」
「ないよ。ふざけてんの?」
哨戒任務を与えられてしまった以上、ユーシアとリヴは食材を運ぶ仕事は出来ない。早々に夜間でも戦える体力を温存して置かなければならないのだ。
そんな訳で調達任務は食材を運び込むまでがお仕事だが、そのお仕事を無視してユーシアとリヴはとっとと与えられた部屋に戻るのだった。あとからヘルエストが胴間声で叫んでいたが無視をした。




