【第1話】
銃声が耳朶を打つ。
『持ってけ持ってけ!!』
『こっちが狙われてる!!』
『おい何してんだ、戻れ!! この荷物を運ぶぞ!!』
波の音や風の音を掻き消す銃声に混ざり、男たちによる怒号と悲鳴が飛び交う。
本日は港に物資を乗せた貨物船が到着する日である。そんな訳で、魔都を根城にする【OD】たちもまた明日を生きていく為の食事を調達するべく襲撃を決めた。わらわらと貨物線から引き下ろされたコンテナから、次々と食材が詰め込まれた箱を取り出しては運んでいく。
自分たちが食べるものであるから、ネオ・東京側も黙ってはいられない。戦車や機関銃といった武器を引っ提げ、食料を狙う【OD】を撃退するべく銃弾や爆薬をばら撒く。有事の際に訓練はしているのだろうが、劣勢を強いられているのはネオ・東京側の軍隊である。
そんな戦場を高みから見下ろすユーシアは、純白の狙撃銃に頬を寄せる。
「あらら、誰もこっちに気付いてない」
馬鹿だね、とユーシアは口の中で嘲る。
ユーシアは狙撃手なので、地上にいるよりも建物の内部や屋上を陣取った方が仕事がしやすい。戦場を俯瞰で観察することが出来る屋上は最適な場所だった。今もなお逃げ惑う魔都側の【OD】と、それを機関銃で脅しながら追いかけ回すネオ・東京軍のやり取りがよく見える。
照準器を覗き込み、ユーシアはネオ・東京軍に所属する兵士を狙う。相手はこちらに気付いておらず、勝利を確信したらしい彼らの自信に満ち溢れた愚かな表情がすぐ目の前にある。こっちはすでに獲物を狙っていると言うのに。
引き金にかけられた指先が、兵士を射殺すタイミングを見計らう。照準器の向こうにいる兵士は機関銃を掲げ、食材の詰まった段ボールを運搬する【OD】を狙っていた。自分が獲物であることさえ気づいていない。
「――――ッ」
息を止め、ユーシアは引き金を引く。
タァン、という銃声が曇天の空に響き渡る。たくさんの銃声や怒号が飛び交っているので、ユーシアの放った銃声には見向きもされない。
放たれた弾丸は、寸分の狂いもなく兵士の眉間に突き刺さった。本当であれば重症どころか即死の位置だが、撃たれた衝撃で膝から崩れ落ちた兵士には血の1滴も流れていない。
その兵士は眠っていた。間抜けな寝顔を晒し、いびきを掻いて夢の世界に旅立ってしまう。きっと向こうの世界は楽しすぎるから帰ってくることはないだろう。
「はい、まずは1人」
排莢し、次の兵士を探しながら薬室に弾丸を叩き込む。
先程、撃たれた兵士は横からすっ飛んできた戦車によって轢き殺されていた。すでに夢の世界に旅立ってしまったので、もう帰る肉体がなくなってしまったことになる。可哀想に、キャタピラで踏み潰されたあとの兵士の身体は見るも無惨な肉塊と成り果てた。
人間の形を保っていた肉袋から内臓やら何やらが飛び出た影響で、グロテスクな光景に慣れていない一般の【OD】は今にも吐き出しそうな顔をしていた。目の前で人間が殺されればそんな反応にもなるだろう。
照準器を覗き込んで兵士を次々と轢き潰す戦車を追いかけるユーシアは、
「ラインバーツ少佐も頑張ってるなぁ」
ポツリと呟く。
兵士を轢き潰していく戦車に乗っているのは、おそらくヘルエスト・ラインバーツ少佐だ。容赦なく敵兵を轢き殺すことが出来るのは彼だけである。
ぷちぷちと蟻を靴底で踏み潰して殺すかの如く、ラインバーツ少佐を乗せた戦車はネオ・東京軍側として戦う兵士たちを轢いていく。貨物船が停止する港の地面が、真っ赤に濡れていった。ああ全く、綺麗な戦いじゃない。
ユーシアもまた遅れないように照準器でネオ・東京軍の兵士を狙う。暴れる戦車から逃れるように距離を取る兵士の横顔に、照準を合わせた。
「よそ見はいけないよ、と」
タァン、とまた銃声。
銃弾はこめかみのすぐ下の辺り――耳に吸い込まれていく。実弾であれば生きていないだろうが、やはり先程の兵士と同じくコンクリートの地面に倒れ込んで寝始めてしまった。
仲間が流す血の海に顔面から飛び込み、すぐ側には誰かの肉塊が転がっている最悪の状況だが、ユーシアの異能力によってお構いなしに夢の世界へ突き落とされる。彼もまた戦車によって轢き潰される運命なのだ。
ふとユーシアは、照準器から顔を上げる。
「…………」
視線の向こうにあるのは、暗い海に浮かぶ人工島だ。
大小様々な建物が密集し、何本も屹立する煙突を擁する巨大な建造物。その人工島に至るまでの橋などはなく、ポツンと放置されたそこは不気味で仕方がない。これだけユーシアたち魔都の【OD】が暴れているにも関わらず、あの建物にいるだろう人間たちは何もしてこない。
ネオ・東京の電力を賄う、ネオ・東京発電所と呼ばれる場所だ。発電所と言われれば「まあ確かにそうだ」と納得できる見た目ではあるものの、堅牢な要塞のようなそこを制圧するのは困難だろう。
「どうにかして行けないかな」
ユーシアのその言葉は、すぐに銃声によって掻き消された。
☆
ユーシアの前に可愛らしい箱が5個ほど並べられていた。
「さあ、シア先輩」
「何これ」
「エッグチョコレートです。卵の形をしたチョコレートで、中身に景品が詰まっているんですよ」
可愛らしい箱をユーシアの目の前に並べてきた張本人であるリヴが、どこか誇らしげに言う。
彼の手のひらに並べられた5個の小さな箱には、可愛らしいアニメキャラクターの絵が描かれている。今回の戦利品の中から見つけたお菓子類なのだろう、後ろには同じ箱を抱えた如何にもオタクっぽい見た目の【OD】どもが並んでいた。
前回の物資調達の際、ユーシアがうっかり同じようなお菓子のおまけでレアカードを引き当ててしまったことが原因のようである。味を占めたリヴがまたユーシアのくじ運に頼ろうとしているのだ。
ユーシアは嫌そうな表情を見せ、
「俺のくじ運をアテにしないでほしいんだけど」
「ですが僕の場合では絶対に目当ての景品が来ないんですよ。シア先輩、物欲センサーをご存知でない?」
「存じ上げないなぁ」
日本特有の言い回しのようだが、残念ながらユーシアの理解の範疇外にある言葉である。
「大体、俺のくじ運だって悪い時もあるんだからね。そんなアテにされても困るよ」
「では選ぶだけでもいいので。直感で、どの箱がいいとかあります?」
「ええー」
頑なに引かないリヴに困惑しながらも、ユーシアは「じゃあ右から2番目」とだけ言う。言っても引いてくれそうにないなら、適当に選んで分からせてやるまでである。
リヴはユーシアが選んだ箱の封を切り、卵形のチョコを取り出す。卵の大きさまで再現してあるそのチョコレートの表面に前歯を突き立て、ガリガリと卵のチョコレートを食べ始めた。
その中身は空洞になっており、透明な小袋が詰め込まれている。小袋に収まっていたものは、青色の髪をしたドレス姿の少女であった。
少女のキーホルダーらしい景品を引き当てたリヴは、膝から崩れ落ちる。
「推し……違い……!!」
「だから言ったじゃん」
どうやらユーシアのくじ運もここまでのようである。
リヴは後ろに待機していたオタク仲間に慰められていた。引き当てたキーホルダーは仲間内に渡していたので、彼の推しがその青い神の少女なのだろう。
ユーシアは、リヴたちのすぐ近くに置かれている段ボール箱に視線をやった。
中身は同じようなエッグチョコレートの箱が詰め込まれている。店舗に流通させるものだったからか、非常に多い。全てのチョコレートを開封したら別のお菓子が作れそうである。
試しにチョコレートの箱を1つだけ適当に選び、ユーシアは箱の能書を読みながら開封する。どうやらピンクの髪の少女と青の髪の少女と黄色の髪の少女と紫色の髪の少女の4人がおり、さらにシークレットキャラが1人だけいるようだ。ハテナマークだけしか表示されていないので、どんな姿をしているのか見当もつかない。
開封した卵形のチョコレートに齧り付くと、チョコレート特有の甘さが口いっぱいに広がる。子供が喜びそうな味のチョコレートだ。
「ん」
空洞の中に詰め込まれていたのは、ピンク色の髪を持つ少女である。
ただし、少女の姿は箱に描かれているドレス姿とは変わっていた。羽が生えているし、豪勢な杖も装備しているし、あと何だか女神様っぽい見た目をしている。ネアが好きそうな雰囲気のキャラクターだ。
ユーシアは3個目らしいエッグチョコレートを無心で喰らいつくリヴの肩を叩き、
「リヴ君、ネアちゃんってこのキャラ好きかな。お土産にした方がいい?」
「…………」
「あれ?」
エッグチョコレートを頬張っていたリヴは、手から食べかけのチョコレートを取り落とす。中身に詰め込まれていたらしい青色の髪の少女のキーホルダーが一緒に滑り落ちた。
同じく、エッグチョコレートを両手に装備して頬張っていた仲間たちも固まっていた。目を見開き、わなわなと震えている。
これはもしかしなくても、覚えのある展開の予感がする。
「〜〜〜〜ッ!?!!」
「痛い痛いリヴ君腕にしがみつかないであげるからあげるからぁ!!」
興奮気味に腕へ飛びついてきた相棒を引き剥がし、ユーシアは引き当ててしまった彼の推しキャラとやらをくれてやるのだった。




