【小話:裸の付き合いって文化】
ある日の出来事だった。
「よう、死神ィ。今暇か暇だな暇だよなァ!?」
「うわ出た。お帰りください」
ユーシアたちにあてがわれた部屋を訪れたのは、ヘルエスト・ラインバーツである。いつもの胴間声を響かせ、豪快に「がははは、そう言うな!!」と笑う。
本当に面倒臭えことこの上ない予感しかしない。高い位置にある彼の野生み溢れる顔立ちはニヤニヤとした笑みを張り付けているので、すぐに部屋の扉を閉めた方がよさそうだ。
ユーシアは扉を閉めようとするのだが、
「閉めんなよ、死神ィ」
「しつこいな。一体何の用事なの、ラインバーツ少佐殿」
「おう、あの坊主はいるよな。真っ黒いてるてる坊主みたいなの」
「リヴ君のこと? まあ、いるにはいるけど」
用事があるのはどうやらユーシアの相棒であるリヴの方らしい。自分が標的にならないだけありがたいが、逆に怒ったリヴがヘルエストを殺しかねないという懸念もある。彼はこのコミュニティ『レジスタンス』に於ける戦力の1人なのだ、殺してしまってユーシアたちの仕事が増えるのは御免である。
部屋へ振り返ると、ちょうどリヴは部屋のソファの上に丸まっていた。退屈だから昼寝をしようとしている様子だが、寝られないらしくソファの上で仕切りに寝返りを打っている。ネアとスノウリリィは日課の散歩に出掛けているので部屋にはいない。
ユーシアは「リヴ君」と呼びかけ、
「お客さん」
「お帰りください」
「どうせ暇なんだから応対しなよ。どうせ暇なんだから」
「2回も言わないでいいんですよ」
リヴは心底嫌そうにソファから起き上がり、ボサボサの黒髪をレインコートのフードに押し込んでユーシアの元までやってくる。来客がヘルエストだと分かるや否や、その表情が盛大に歪んだ。
「お帰りください」
「お断りだ」
「チッ」
リヴの要求を一言で跳ね除けたヘルエストは、
「お前ら、風呂に入りに行くぞ。ちょうど今、大浴場が開放されているんだよ」
「風呂?」
「何でアンタと風呂なんか入らなきゃいけないんです?」
「いいだろうが別に、日本じゃ『裸の付き合い』って言うんだろ?」
豪快に笑うヘルエストに、ユーシアとリヴは嫌そうな表情を見せる。
ユーシアには誰かと一緒に風呂へ入る文化なんて未知の領域だし、その文化を知っているだろうリヴは心底嫌そうな雰囲気しか見えない。よほど『裸の付き合い』という文化が嫌なのだろう。
というか、裸の付き合いって何だ。風呂の時間は最も無防備になりがちなので、ユーシアも湯船に浸かる回数は非常に少ない。そもそも浴槽を使うような文化で生活していないのだ。リヴにだって全裸を晒したことはない。
「絶対に嫌」
「絶対に嫌ですが」
「うるせえ、問答無用だ。行くぞ」
話の聞かねえヘルエストにユーシアとリヴの抵抗は虚しく終わり、首根っこを掴まれると呆気なく大浴場とやらに連れて行かれるのだった。
☆
大浴場とは、トーキョー・ステーションから少し外れた建物にあるらしい。
魔都がまだ『大都市』として機能していた時代に作られた宿泊施設のようで、そこには大浴場なるものが併設されているようだ。いわゆる大衆浴場とか、とにかく大人数で風呂に入る施設だとか。
ユーシアとリヴがヘルエストの手によって引っ張り込まれた時は、まだ利用客も疎だった。それもそのはず、今の時間帯はお昼を少しばかり過ぎた頃合いだ。1日の疲れを癒す風呂に入るような時間帯には少し向いていないと言えよう。
「何でこんなことに」
「そこの筋肉ダルマに言ってください」
「いいだろ、たまには。日本の文化に触れてみろよ、息抜きになるぜ」
広々とした浴槽に3人で並んでお湯に浸かりながら、そんな会話を交わす。
石造りの浴槽は日本の風景などでよく見かける風呂で、隅に置かれた箱型のランプが橙色の明かりを落としている。リヴに聞いてみたところ「行燈と言うんですよ」らしい。
まだ【DOF】に手を出していない時にテレビ番組や雑誌などで見かけた風呂に入れるとは感動的だが、同時にまだ犯罪に手を染めていない正気だった時代を思い出す。あの頃の感覚にはもう二度と戻れないだろうが。
湯船にずぶずぶと沈んでいくリヴは、
「僕なんか装備全部引っ剥がされたんですがぶくぶく」
「リヴ君の装備が全部引き剥がされた途端にガシャガシャ色んなのが落ちてくるから驚いたよ。よくもまあ、あれだけ仕込めたね」
「あらゆるものを親指サイズにまで縮める異能力って便利ですよ、しかも触れている間は持続されますしごぼごぼごぼ」
「それさっきから息できてるの?」
ゴボゴボと口でお湯を泡立てるリヴに、ユーシアは「汚いから止めなよ」と注意する。
まあ実際、ヘルエストの手によって身ぐるみを引き剥がされたリヴから色々と転がり落ちてきたのは驚いたものだ。自動拳銃から機関銃、ナイフが大型から小さなものまで多岐に渡り、さらにはスタングレネードや手榴弾や爆薬など無数の武器が転がり落ちてきたものだから驚くしかない。
親指姫の異能力は実に便利なものである。山を築けるほどの規模の武器を隠し持つことが出来るのは凄いことだ。ユーシアの眠り姫の異能力よりも重宝されるのは分かる気がする。
少し熱めのお湯に肩まで浸かるユーシアは、ふと隣を見やった。
「鍛えられてるなぁ」
「お前は随分と痩せてるなァ」
「痩せてるって何。そこそこあるでしょ」
ヘルエストとユーシアの体格を比べてしまうと、差は歴然である。何と言うか、生まれ持ったポテンシャルとかそういうのが違うのではないだろうか。
服の上からでも分かるぐらいに鍛えられたヘルエストの身体は、さすが軍人とも言うべきか、大小様々な傷が目立つ。なおかつ彫像を想起させる肉体美は目を見張るものがあり、裸でいることこそが正しいみたいな気分になる。出来れば隣に並びたくない相手だ。
ユーシアは不満げに、
「リヴ君、痩せてるだってさ。失礼だと思わない?」
「見た目ゴリラだから脳味噌まで筋肉が詰まってるんですよ。視界の圧迫になるので早急に目の前から消えて欲しい類の人間ですね」
「おい、何でそこまで言われなきゃいけねえんだよ」
リヴの数倍にも及ぶ毒吐き攻撃に、ヘルエストは唇を尖らせた。扱いに納得していない様子である。
それにしても、だ。
裸の付き合いだとかいう日本の文化はさておいて、お風呂は気持ちがいい。お湯の温度もちょうどよく、広々とした浴槽は長身のユーシアが足を目一杯に伸ばしても届かないぐらいだ。まだ大浴場にそれほど利用者がいない特権だろう。
ホテルの客室では、わざわざ浴槽にお湯を溜めなければならないので湯船に入る方が滅多にない。お湯に浸かることで日頃の疲れも取れるし、たまにはこういうことも悪くはない。
「ぬあー……お湯気持ちいい……」
「来てよかったろ」
「僕は感謝なんてしてません。来たかったら情報収集して大浴場を訪れてました。さも自分の手柄のように語らないでくれませんか?」
「何でそんなに目の敵にされてんだ?」
「可愛くもねえおっさんだからですかね」
リヴとヘルエストのそんな喧嘩じみたやり取りを聞きながら、ユーシアはお湯の気持ちよさに思わず息を漏らす。
「あー……たまにはいいかもなぁ……」
こういう異文化に触れるのも、たまには悪くはない。悪党だってそういう気分になりたい時もあるのだ。




