↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/106

【第3話】

「ただいまぁ」


「おかえり!!」



 根城にしているホテルの部屋に戻ると、ちょうどテレビを見ていたネアが抱きついてきた。部屋も荒れている気配がないので、ちゃんといい子でお留守番が出来た様子である。

 遅れて、風呂場に洗濯物を干していたスノウリリィも「お帰りなさい」と顔を覗かせる。今回の外出は調理道具一式を揃えるだけなので、女性陣の表情も晴れやかだ。


 ネアはテレビを指差して、



「いまねっ、いまねっ、おいしそうなけーきがねっ」


「ちょっと待ってね、ネアちゃん。今の俺は危ないものばっかり持ってるから、せめて下ろしてからお話を聞いてあげるね」



 ユーシアはもらってきたばかりの調理道具一式が詰まったビニール袋を示す。中身はフライパンや鍋、それから包丁といった調理に必要のありそうな代物ばかりである。これなら冷蔵庫に詰め込んだ生鮮食品もある程度は調理できるだろう。

 ついでにリヴに持たせた携帯用コンロがあれば完璧である。火を使うことが出来れば大抵はどうにかなる。欲を言えばきちんとインフラ設備の整ったキッチンがほしいところだが、この状況で文句は言えない。


 ネアは「はぁい」と素直に返事をし、



「あれぇ?」


「どうしたの、ネアちゃん」


「おにーちゃん、りっちゃんがいないよ?」


「ああ」



 ユーシアは納得したように頷く。


 どうやらネアは、ユーシアがリヴと一緒に出かけたことを覚えていたようだ。部屋に戻ってきたのはユーシアだけで、相棒であるリヴの姿はない。

 不思議そうに首を傾げるネアに「大丈夫だよ」とユーシアは言う。別に何か悪いことをしに行こうとしている訳ではないのだ。



「ただね、ちょっとお仕事に行ってもらってるだけ」


「おしごと?」


「そう。りっちゃんの本当のお仕事はね、色々なことを調べてくることなんだよ。だからこの東京の街を調べてもらってるの」



 ユーシアの説明に、ネアは「そっかぁ」と納得してくれた。子供にでも分かりやすい説明を心がけたが、理解してくれて助かった。

 5歳児の精神を宿したネアにリヴの本職が諜報員であることを伝えても、多分彼女は理解してくれないだろう。諜報員らしくないし、隙あらば誰でも殺してくるものだから暗殺者か殺し屋の類を名乗った方がまだ職業的にも合っている気がする。まあ、彼の情報収集能力を見てしまうと「さすが諜報員」となってしまうが。


 ネアは特にリヴの行方について追及することなく、またテレビ鑑賞に戻ってしまった。ちょうど退屈だったCM放映が終わり、お昼のバラエティ番組に切り替わった様子である。明るい調子のスタジオと、賑やかな芸人を中心とした出演者が番組を盛り上げる。



「本当にリヴさんは情報収集に出かけたんですか?」


「そうだよ、情報収集。誰も殺してはいないと思うんだけど」



 ユーシアは調理道具を片付けながら、スノウリリィの質問に応じる。特に包丁はネアの手に届かない場所にしまう必要があるので、しまう場所に気を遣った。



「リヴ君にはネオ・東京の街へ侵入する方法を調べてもらってるの」


「ネオ・東京って、【DOF】を検知されたら即殺害される危険な街じゃないですか。何でそんなところに侵入なんか」


「え? 興味ない?」


「興味で侵入しようとかお馬鹿なんですか?」



 スノウリリィからの頭の中身を疑うような視線に、ユーシアは曖昧な笑みで返しておく。


 本当は、日本国大統領であるゴトバガワラという男を殺害する為だ。彼の抱える諜報機関に所属していたリヴは現在、元の組織から追われる立場となっている。彼を自由の身にするには上司であるゴトバガワラをこの世から始末する他はない。

 それに、次の目標が一国をまとめる主人となれば燃えてくる。容易に殺せる相手ではないから殺し甲斐があるというものである。


 その目的を女性陣に話せば「ついて行く」と言われるかもしれないので、ユーシアは興味本位であることを装った。そうすればついてこないと判断した。



「おにーちゃん、かべのむこうにいくの?」


「そうだよー、ちょっと遊びに行くの。ネアちゃんは危ないからお留守番しててくれる?」


「うん」



 ネオ・東京への侵入計画を聞いて絶対に「行きたい」と騒ぐだろうと予想していたネアだが、意外にも聞き分けよく頷いていた。一体どういう風の吹き回しだろうか。



「ねあ、あんなぎらぎらぴかぴかしたところにいきたくない。こわいもん」


「ぎらぎらぴかぴか」


「そうなの、ぎらぎらぴかぴかしてるからやなの。おにーちゃんとりっちゃんだけでいって」



 ネアはぷいとそっぽを向いてしまう。連れて行ってもらえないことが分かっているから、もしかしたらいじけてしまったのだろうか。



「リリィちゃん、ネアちゃんってもしかしていじけてる?」


「いえ、ネオ・東京のビル群が元々のお家を思い出してしまうから嫌みたいなんです。今も美味しいご飯の特集は見ていますが、ニュースや街並みが映ったらチャンネルを回してしまいますし」


「なるほどね」



 どうやらお出かけで連れて行ってもらえないから、という理由ではないらしい。単純にアメリカにあった自分の家のことを思い出すネオ・東京の街並みが嫌いな様子だった。

 これなら外出もしやすいし、お留守番も命じやすい。ネアからネオ・東京の街並みを嫌ってくれさえすればお土産を理由に潜入しやすいだろう。


 ユーシアはテレビに夢中なネアに、



「ネオ・東京に行ったらお土産買ってくるよ。何がいい? さっき言ってたケーキ?」


「けーき!!」



 ネアはパッと弾かれたように振り返り、



「あのねあのね、ふわふわでね、くりーむがいっぱいのったぱんけーきでねっ」


「パンケーキかぁ。ふわふわだとスフレパンケーキかな? 材料があれば作れるし作ろうか」


「やったー!!」



 満面の笑みで喜びを露わにするネア。この笑顔が見られるならば、多少は苦労してもお望みのものを作ってあげようという気分になる。



「騒がしいですが、どうしました?」


「あ、リヴ君お帰り」


「ただいま戻りました」



 遅れて、リヴも仕事を終えて部屋に帰還を果たした。上機嫌なネアから晴れやかな笑みで「おかえりっ」とお出迎えされた途端、彼は膝から崩れ落ちる。変態紳士は相変わらず健在の様子である。

 いい加減に慣れてほしいものだ。これでは普通に生活することさえままならない。今までだってちゃんと一緒にアニメ鑑賞を楽しんだり、ぬいぐるみで遊んでいたりと面倒を見ていたのに日本へやってきた途端におかしくなってしまった。


 ユーシアは床に転がる真っ黒な饅頭と化したリヴを蹴飛ばしてやると、



「リヴ君、起きてよ。いい加減にして」


「いつもより3割増しで可愛くないですか……しかし僕は紳士さんなので頭をナデナデもしませんし匂いもクンカクンカしませんとも」


「ぶっ飛ばされたくなければ今すぐ立ちなよ、リヴ君。お前さんの言葉の選び方が気持ち悪いんだよ」



 そこはかとなく寒気のするような単語を羅列させるリヴからネアを引き剥がす為、ユーシアは「そうだ」とスノウリリィに振り返る。



「リリィちゃん、そろそろネアちゃんのお散歩の時間じゃないかな?」


「あ、そうですね。ちょっと行ってきちゃいましょうか」



 スノウリリィは「ネアさん、お散歩の時間ですよ」と声をかける。運動不足解消を目的として、ネアとスノウリリィはほぼ毎日このトーキョー・ステーションの地下大迷宮をお散歩しているのだ。いい運動になるようで、ネアも積極的に散歩に出掛けている。

 呼びかけに応じるようにネアは自分のクマさんポシェットを引っ掴んでくると、スノウリリィの手を引いて部屋を飛び出してしまった。お散歩がよほど楽しみだったようだ。これならネオ・東京に行きたいだなんて駄々を捏ねないだろう。


 2人が出かけたことを確認したユーシアは、



「リヴ君」


「はい」


「どうだった?」


「案の定ですね。繋がってます」



 リヴは何事もなかったかのように起き上がると、



「どうしますか?」


「出来れば今夜辺りに1回は実行しておきたいな」


「了解です」



 読みは正しかった。

 ならば、今度は実行に移すまでである。


 ネオ・東京への侵入計画を今夜に実行することに決めた悪党は、早速準備に取り掛かるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。