【第2話】
蓬莱線のホームは薄暗く、利用者はいないのかユーシアたち以外に人気がない。
「ほら、あそこだ」
「あるね、確かに」
「あそこって駅の売店だった気がしますが、よく店を開けますね」
ユーリカに示された先にあったのは、小さな箱のような建物である。切符でも売っていそうなほどの規模だが、その建物で売られているのは切符でもなければお菓子でも新聞でもない。
軒先に吊り下げられたのはフライパンや鉄製の鍋などの調理道具、他にもお菓子が売られていただろう棚にはスプーンやフォークといった食器類が並べられていた。どれも新品同然にピカピカの状態であり、廃材を利用して作られたとは言い難い代物ばかりである。
食器や調理器具が詰め込まれた売店に大股で歩み寄ったユーリカは、バンバンと机を叩いて来店を主張する。
「おい、来たぞナディア」
「うるさいねェ、聞こえてるよ。アンタらの会話は全部ね」
店の奥から姿を見せたのは、ドレッドヘアが特徴的な褐色肌の美人である。水着のような露出の多い格好をしており、垣間見える肌には様々な刺青が施されていた。人魚、貝殻、極彩色の魚などが彼女の褐色肌の海で踊っている。
端正な顔立ちをした女性は、エメラルドグリーンの海を想起させる色鮮やかな翡翠色の双眸でユーシアとリヴを見据える。それから「はんッ」みたいに鼻で笑ってきた。何だか腹立つ店主である。
褐色肌の女性は「何の用だい」と言い、
「アンタに必要なものなんてウチの店には揃ってないと思うけどねェ」
「調理道具がほしいんだよね。取り急ぎ、鍋とフライパンと包丁をちょうだい」
「まずは対価を寄越しな」
女性の正論に、ユーシアは「まあ、そりゃそうか」と肩を竦める。何に関しても対価は必要だろう。
「質のいいものじゃないと払わないよ」
「アタシが質の悪いものを掴ませると思ってるのかい?」
「質の良し悪しに関係なくぼったくりそう」
「失礼な客だね」
女性は不機嫌そうに応じると、そのやり取りを聞いていたユーリカが耐えきれなくなって「ぶふぉ」と吹き出していた。
「ぼったくり、ぼったくりそうだと。見抜かれてんじゃねえか、なあ、ナディア?」
「うるさいよ、汚い灰被りの魔女め」
「事実を指摘されて痛えようだな、卑しい海の魔女のくせに」
女性とユーリカの間でバチバチと紫電が弾ける。互いを敵視しているようである。
そのやり取りを目の当たりにしたユーシアとリヴは顔を見合わせた。
おそらく彼らの関係性は同業者ということになるだろうか。ユーリカと同じく女性も【DOF】を調合することを仕事としており、だからこそのいがみ合いも発生するのだ。
「ユーリさんの知り合いなの?」
「まあな、同業者だよ」
予想通りの回答をしたユーリカは褐色肌の女性を指差し、
「こいつはナディア、オレと同じ【DOF】の調合屋なんだけど【DOF】の調合は苦手なんだよ。そのくせぼったくり営業するものだから呆れた奴だよな」
「適正価格だろうに」
「適正じゃねえよ、お前の薬品調合の腕で1000ドルはぼったくりすぎなんだよ。この魔都じゃ貨幣価値もありゃしねえし」
褐色肌の女性――ナディアは、ユーリカの物言いにぶすっと唇を突き出すだけだった。思うところがあるのか、反論できずにいた。
しかしまあ、薬品調合の腕前が下手とは意外である。ユーシアやリヴはユーリカの腕前以外に知らないから何も言えないのだが、【DOF】の質に関係しているようだ。質の低い【DOF】とは一体何だろうか。
ユーシアは首を傾げると、
「調合が下手だと何かあるの?」
「早く効能が切れる。本当に過剰に摂取しないと1日持たない」
その説明を聞いてしまうと、ユーリカの腕前が如何に高いか納得する。
ユーリカの【DOF】を使っていると、それほど【DOF】の効能が切れる感覚がない気がする。ユーシアやリヴも効能が切れて幻覚が見え始めて頭が狂うのは嫌なので定期的に摂取しているものの、【OD】の異能力を使わなければ半日は維持できるのだ。
そこでリヴが「違いません?」と言い、
「わざと腕前を落として、大量に【DOF】を買わせるのが狙いではないんですか? 早く効能が切れるほどお粗末な【DOF】なら本当の意味で過剰摂取しなきゃおかしいのであれば、それこそ大量に買い込む必要がありますからね。儲けも出るのでは?」
「おいコラ、がめつい海の魔女がよ」
「何だい、悪いことはしてないだろうに」
ナディアはリヴに事実を指摘されたからか、睨みつけてくるユーリカに開き直る。
「腕前が低いことはもう昔からのことだったし、開き直って大量に買ってもらうようにしてるんだよ。立派な商売だろう?」
「やっぱがめついな、がめつい魔女だよ。だからその【OD】になったんだろ」
吐き捨てるユーリカに、ユーシアが反応する。
「さっきから海の魔女とか言ってるけど、もしかしてそこのお姉さんは人魚姫に出てくる海の魔女の【OD】で当たってる?」
「ご名答だよ。対価の代わりに願いを叶えてくれる海の魔女の【OD】さ」
ナディアは意地悪そうな笑みで答えた。その仕草は、確かに童話『人魚姫』に出てくる海の魔女そっくりである。
海の魔女と言えば、人魚姫の歌声を対価に人間へ変身する魔法の薬を渡した物語の鍵となる存在である。当然ながら薬品の調合の腕前は高そうに見えるのだが、彼女は海の魔女の【OD】ながら薬品調合の腕前は低いようだ。
ユーリカは店先に吊るされている調理道具を指差すと、
「他の奴が上手いんだよ。対価を差し出せば割と何でも作ってくれる。子供たちが集めた廃材を調理道具に作り替えてんのさ」
「へえ、地球環境に優しいアピールですか? 可愛くないですよ引っ込め」
「何だい、アンタ」
リヴの暴言に、ナディアは低い声で唸る。
幼女の味方である変態紳士にとって、ナディアは妖艶な美女である。守備範囲対象外ということだろう。
ツーンとそっぽを向くリヴをとりあえず店から引き剥がしたユーシアは、
「とりあえず、調理道具をちょうだいって言ったよね。ちょうだいよ」
「だから対価を寄越しなって言ったろう。話はそれからだよ」
「貨幣価値なんてこの世界に必要?」
「金はあればあるほどいいだろうに」
ナディアは手のひらをユーシアに突き出して、なおも対価を要求してくる。
この荒れ果てた東京の街並み――魔都では金銭など意味ない。碌に経済が成立しているとは思えないのだ。物品は船で運ばれてくる時を狙って強奪するぐらいだし、金をもらったところで何に使うというのか。もはやコレクションにしかならない。
ただ、それ以外の対価を差し出すつもりはない。持っていないという意味ではなく、彼女に渡すものは何もないのだ。渡したくないとも言う。
なので、
「ねえ、今日はご飯食べた?」
「は?」
「食べたかって聞いてるんだけど、食べてないの?」
「何だい、急に」
怪訝な表情を見せるナディアは「食べたよ」とだけ答えた。その答えが聞きたかった。
「いやね、俺らが命を懸けて取ってきたんだよね。お前さんが食べているご飯ってさ」
「ああ、戦力として新しく来たのかい」
「それが対価だよ」
ユーシアとリヴはすでに対価を支払っていた。
彼女が食べる食べ物や飲み物は、ユーシアとリヴが命を懸けてネオ・東京に運び込まれる前に強奪してきたものだ。最近に配給があったみたいだし、ナディアもまた配給を受け取っていると見ていいだろう。
すでに大きな対価を払っているのに、どうしてこれ以上の対価を要求するのか。ユーシアとリヴが頑張らなければ彼女だって食事にありつけないのに。
「それじゃ対価にならないよ」
「分かった、じゃあ銃弾をあげるね。永遠に目を覚まさせてあげないから安心して?」
「何も安心できないよ」
砂色のコートの下から自動拳銃を引っ張り出して脅すユーシアに、ナディアは「分かったよ、待ちな」と折れてくれる。これで対価になるならしばらく引っ張れそうだ。
ナディアが商品を用意している間、ユーシアはふと線路に視線を投げる。
もう電車が走らなくなってから使われていない線路は、薄暗いだけの道となっていた。ホームドアらしきものがホーム全体に敷かれており、簡単に線路へ降り立つことが出来ない仕様になっている。
ユーシアは線路から視線を外すことなく、
「リヴ君、あそこ使えそうかな」
「ですね」
リヴは短く頷く。
やることは決まっていた。
あの線路を使おう。




