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【第1話】

 地下大迷宮の代名詞を持つトーキョー・ステーションはやたら広い。



「広いよね、ここ」


「色々なものが集まりますからね」



 調理道具の調達を目的としてトーキョー・ステーションを彷徨うユーシアとリヴは、そのあまりの広さにうんざりする。


 本当に迷路の如く道が展開されていて、覚えるのが大変だ。あっちの道にはこの店があり、あの方面にはこの商品があったりなどと覚えなければ当て所もなく彷徨うゾンビの完成である。こんなところでお家に帰れずゾンビ化は嫌である。

 しかもそこそこの人間が行き交うので鬱陶しくて仕方がない。片っ端から眠らせてやろうかと画策するぐらいには、ユーシアとリヴの目の前を大量の人間が忙しそうな足取りでどこかに向かっていく。ユーシアはまだ我慢できるかもしれないが、リヴはレインコートのフード下で顔を顰めていた。



「とっとと帰りたいね。あとついでに煙草も吸いたい」


「喫煙所、すぐ近くにありましたよ。シア先輩は煙草型の【DOF】を使用しているんですから吸える時に吸っておかないと」


「お前さんを1人にしたらそこら辺の人をぶっ殺してきそうだからまだいいや」


「チッ」


「殺す気だったんだね」



 ユーシアは肩を竦める。


 リヴがらしくもないことを言ったと思えば、通行人が鬱陶しいから殺害を目論んでいたらしい。レインコートの袖から凶器を引き摺り出さないだけまだマシだろうか。これでレインコートの袖からナイフでも滑り落とそうものならユーシアだけでは止められないので、もう好きにさせる所存である。

 ただ、ここにいる通行人は全員一般人ではない。いいや一般人ではあるのだが、魔法のお薬【DOF】に手を出してしまったが為に異能力を与えられた【OD】である。リヴ相手にその心配をする必要はないだろうが、返り討ちに遭う危険性も――まあ、虚数の彼方程度だが、あるにはある。


 リヴは「いいじゃないですか」と主張し、



「これだけいるなら1人殺そうが2人殺そうが変わらないと思いますが?」


「報復と称して俺たちがいない間にネアちゃんとリリィちゃんのところに襲撃されたら嫌だから止めて」


「その可能性は考えていませんでしたね。すみません」



 ネアとスノウリリィの名前を出すと、リヴは急に殺意を引っ込めた。「リリィはどうでもいいですが」なんて言葉も続けているが、本心ではないだろう。


 世の中には【DOF】が蔓延し、世界各国に大量の【OD】が存在する。おとぎ話にちなんだ異能力は有用なものや意味のないものまで多岐に渡っているが、一般人では持ち得ない異能力であることは変わらないので頭のおかしな連中は変な憧れを抱いてしまうものだ。

 そんな連中だからこそ、殺せば報復しようだなんて無謀なことを考えるのだ。ネアやスノウリリィなどの女性陣に目が向けられた暁には、このトーキョー・ステーションを火の海に変えてもいいぐらいだ。


 すると、



「お、ユーシアとリヴじゃねえか」


「ユーリさんだ。何してるの? 暇なの?」


「【DOF】を届けた帰りだっての」



 調合した【DOF】の配達帰りであると言うユーリカ・ブラドックと遭遇し、ユーシアは「へえ、そうなんだ」と適当に応じる。彼がどこで何をしようが興味はなかった。



「それで? お前らは一体こんな場所で何してたんだ? 今日は貿易船から積荷を強奪してくる日じゃねえだろ」


「語弊がある言い方だな」



 ユーリカの物言いに、ユーシアは低い声で唸る。


 ユーシアとリヴが進んで罪を犯しているとも取れる悪意のある言い方だが、船を襲撃して積荷を回収するのは生活する物資を補給するのに必要なことなのだ。ネオ・東京軍とも正面から殺し合うので、ユーシアとリヴも一応は危険性を背負っていると言ってもいい。

 そんな物言いしか出来ないのであれば、次の襲撃の際はぜひユーリカも連れて行こう。「俺はそんなガラじゃないから」などという言い訳は通用しない。首根っこを引っ掴んでも連れて行ってやる。


 ユーシアは「違うよ」と否定し、



「食材を色々ともらったし、調理道具がほしいんだよね。鍋とフライパンと携帯用のコンロと包丁が」


「包丁ならお前の相棒君が大量に持ってるだろ」


「へえ、ユーリさんは血糊がベッタリついたナイフで料理を作るんだね。俺は知らなかったよ、毎日血液を摂取して吸血鬼みたいだね」


「不衛生ですね、軽蔑しておきます」


「おい何だその扱い。止めろ、ちょっとしたお茶目だろ」



 ユーリカは「冗談なのに」と呟くが、悪党を相手に冗談なんて言おうものなら100倍の罵倒で返ってくることを学んでいない様子である。この体験で学んでくれると嬉しいのだが。



「ユーリさん、調理道具とか持って――なさそうだね。いいや、自力で探そう」


「持ってねえって決めつけんじゃねえ。ちゃんと調理道具ぐらいは持ってるっての」


「スープを作る時も【DOF】の調合用の鍋を使い回しそうじゃん。そうだよね、血糊がベッタリついたナイフで料理するぐらいだから不衛生な料理には慣れてるか。余計な心配だったね」


「まだその話を引きずるのか? 謝ればいいの?」



 ユーリカは「ごめんってば」と謝罪し、



「調理道具って言えばいい奴がいるぞ。廃材を使って自分で調理道具を作ってんの」


「それ大丈夫なの?」


「大丈夫、大丈夫。むしろ使い勝手がいいから」



 ユーシアは「ふーん」と応じる。


 ここは【OD】だらけの魔都だから、まあ廃材を利用して調理道具が作れたとしてもおかしくはない。日本人の職人気質は目を見張るものがあり、仮に【OD】でなかったとしてもそれぐらいの技術は持っていそうだ。

 それなら信用は出来そうである。どのみち調理道具は洗って使用するから、多少の汚れなら目を瞑ってもいい。その目を瞑る範囲も限度があるのだが。



「まあいいや、物を見て判断したいからその人のところまで案内してくれる?」


「こいつ、蓬莱線《ほうらいせん》のホームにいるから分かりやすいぞ。方向感覚に自信があるならすぐだし、看板にも書いてあるし」


「何? 何線だって?」



 聞き慣れない場所を提示され、ユーシアは思わず聞き返していた。


 案内をお願いしたはずなのに、どうしてか提示されたのは路線である。注文と違う商品が届いたような気分だ。何でそんな場所をさも当然とばかりに提示してくるのか。

 しかも店を構えている場所が電車の走っていたホームである。『蓬莱線』だとかいうよく分からない路線を示されたところで、わざわざ看板を頼りに探さなければならないではないか。このトーキョー・ステーションにどれほどの路線が走っていたと思うのか。


 ユーリカは首を傾げ、



「あれ、分からねえ? 結構見やすいと思うぞ?」


「お前さんはここに来て長いのかもしれないけどさぁ、俺は最近来たばかりなんだよね。『案内しろ』って言ってんのに何で場所を普通に伝えてくるの、案内しろよ手を引いてさぁ」


「そんな迷子の対応みたいな感じでいいのか? お前がいいならいいんだけど」


「ここにどれだけの路線が走ってたと思うの? お前さんは来たことあるかもしれないけど、俺は日本に初めて来たんだよ」


「お前の相棒は元々日本人だろうがよ。トーキョー・ステーションにも来たことぐらいあるだろ?」



 ユーリカに指摘され、ユーシアはチラとリヴを見やる。


 そういえば、彼は日本人である。日本出身だからトーキョー・ステーションを利用したことも、ここを走っていた路線も把握しているだろう。

 なのに、路線について彼は何も語らなかった。しれっと壁に貼り付けられた交通安全のポスターなんて眺めている。自分の推しのキャラクターを起用していないポスターをよくもまあ熱心に眺められるものだ。



「リヴ君?」


「何です?」


「どうして何も言ってくれなかったの?」


「言われてないですからね」



 言われなきゃ教えなかったようである、この野郎。



「じゃ、そういうことで」


「ユーリさんも一緒に来るんだよ、知り合いがいた方がいいでしょ」


「ちょ、案内は相棒君に任せるって言ったじゃねえか何でだよ!?」


「誰も言ってない、いいから案内して。連れてけ」


「ちくしょー!!」



 逃げようとしたユーリカの首根っこを引っ掴み、ユーシアはその調理道具を作る職人のいる店を目指すのだった。

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