【第8話】
お仕事を達成したので、無事に帰還である。
「おがえ゛り゛!!」
「ただいま、ネアちゃん。熱烈な歓迎は嬉しいところだけど、淑女としていきなり抱きつくのはどうかな」
東京の地下大迷宮『トーキョー・ステーション』まで戻ってきた途端に、ユーシアの顔面へネアが抱きついてくる。わざわざ【OD】の異能力を使って、弾丸のような速度でユーシアの頭に飛びついてきたものだから首が折れるかと思った。
遅れて、スノウリリィが慌てて駆け寄ってくるとネアをユーシアの頭から引き剥がしてくれる。ネアはなおもジタバタと暴れてユーシアに飛びつこうとしているようだが、スノウリリィに「ダメですよ」と注意されてしょんぼりと肩を落としていた。
それだけネアが心配してくれていたことに苦笑するユーシアは、
「無事に帰ってきたでしょ、ネアちゃん」
「うん……」
「いい子にお留守番してた?」
「してた……」
「よし、いい子だね」
自己申告で「いい子にお留守番をしていた」と伝えてくるネアの頭を撫でたユーシアは、
「じゃあお土産。お菓子は好き? 今回ね、お菓子がいっぱいあったから」
「わあ!!」
いい子にお留守番をしていたと言うネアに差し出したものは、彼女の好きなアニメキャラクターの絵が大きく描かれたスナック菓子である。おまけのカードがスナック菓子の袋の裏側に貼り付けられた、例のあれだ。
拠点に戻る際、1袋だけくすねておいた訳である。もちろんおまけのカードもちゃんと貼り付けられたものだ。彼女にも何のカードが出るか分からないドキドキ感を味わってほしいので、まだおまけのカードだけ開封されていない状態のものをちょろまかしておいた。
目をキラキラと輝かせてお菓子の袋を掲げるネアは、
「おいしそう!!」
「お菓子は晩ご飯が食べられなくなるから、もし食べるとしたらちょっとだけね。甘いものもあるからあとでもらってこようか」
「わーい!!」
早速とばかりにネアはスノウリリィにお菓子の袋を開封してもらっていた。中身の塩味のポテトチップスをパリパリと口に運んで「おいしっ」と満面の笑みを浮かべる。
まだおまけのカードには気づいていない様子だったが、お菓子の能書きが書かれた袋の裏側に何とはなしに視線をやったネアは銀色の袋の存在に気づいて声なき悲鳴を上げる。しっかり貼り付けられた銀色の袋に悪戦苦闘しながらも引き剥がすと、銀色の袋の方もスノウリリィに開封をお願いしていた。
中から出てきたカードは、
「ん!!」
「ネアさんの好きな女の子ですか?」
「そう!! このこね、とってもつよいんだよ!!」
銀色の袋から顔を覗かせたカードは、桃色の髪を持つ少女の絵が描かれていた。どうやらネアが好きな女の子を引き当てたようで、嬉しそうにカードを眺めている。
どこかで見覚えのある女の子だと思えば、リヴも同じように好きな女の子だっただろうか。彼女の特別な衣装を身につけたレアカードをユーシアが引き当てた際は奇声を上げながら土下座をしていたぐらいなので、おそらく好きの度合いで言えばネア以上だろう。純粋な子供の精神を持つネアと比べてはいけないだろうが。
スノウリリィはネアからカードを預かり、
「ネアさん、落としちゃうといけないから預かっておきますね。お部屋に戻ったら飾りましょうか」
「くまちゃんのかばんにいれるー」
「じゃあそうしましょうね」
「うん」
素直に頷いたネアは、再びパリパリとお菓子の消費に戻ってしまう。ポテトチップスの味が気に入ったのか、その手が止まることはない。「少しだけね」と言ったユーシアの言葉はもはや無視されていた。
「リリィちゃんも、心配かけたね」
「ご無事であれば文句はありませんよ」
スノウリリィはネアからお菓子の袋を取り上げて「もうダメですよ、ご飯が食べられなくなっちゃいます」と注意する。ネアもご飯が食べられなくなってしまうことは理解していたのか、スノウリリィにお菓子の袋を取り上げられても文句はなかった。
「お2人が出かけたあと、ネアさんがしょんぼりしていましたのでお散歩していたところだったんです。ここは広いので運動不足の解消にも繋がりそうですね」
「そっか、連れ出してくれてありがとうね」
ユーシアは複雑な笑みで返す。
これからもユーシアとリヴは、このコミュニティ『レジスタンス』の為に外へ出る機会があるだろう。戦力として売り込んだのだから仕方がないと言えば仕方がないのだが。
そして今後もネアには心配をかけさせるかもしれない。何度も泣かせる羽目になるだろう。けれど、それでもちゃんと彼女の元には帰ろうとは思う。唐突にいなくなれば、ユーシアとリヴのことを探して危険なことをしそうだ。
「これからもさ、多分また呼ばれると思うんだよね」
「ええ」
「無事には帰ってくるけど、リリィちゃんには面倒をかけさせると思うんだ。迷惑をかけるだろうけど頼むね」
「迷惑だなんて思っていませんよ」
じゃれついてくるネアの頭を撫でるスノウリリィは、
「言ったでしょう、無事に戻ってきてくれるのであれば文句はありません。何も言わずに死んだ暁には、貴方がたの死出の旅路がより一層楽しくなるかもしれませんが」
「何それ怖いんだけど」
「言わなければ分かりません?」
「言われなくても分かります、ごめん本当に。ちゃんと帰ってくるから」
スノウリリィの真っ直ぐな瞳に、ユーシアは底知れぬ恐怖心を感じた。
つまりは、ユーシアとリヴが何も言わずに死んだ暁には後を追いかけてくるつもりなのだ。普段から神様がどうとか言っているスノウリリィは自分の命すら簡単に投げ出すだろうが、ネアまで巻き込むとは末恐ろしい女である。
いいや、そもそもネアだって同じことをやらかしそうだ。失意のままに【DOF】すら摂取しなくなり、頭を狂わせながらこの世を去るなど可哀想である。
すると、
「何を話しているんですか、シア先輩。とっとと帰りましょう」
「あれ、リヴ君。いつのまに戻ってきたの?」
「今さっきです」
ひょっこりとユーシアの背後からリヴが音もなく現れる。今まで運び込んだ荷物を別の場所に移す作業の為に連れ出されていたので、レインコートのフードの下から垣間見える彼の表情には若干の疲労の色が滲んでいた。
「りっちゃん、おかえり!!」
「むはあぅッ!?」
「あ、変態紳士に概念幼女が抱きつきに行っちゃった……」
ユーシアも食らったネアによる弾丸速度の「おかえり」の抱擁を受け、リヴの口から変な声が漏れた。
幼女を好み、しかし幼女には自ら触れずに眺めて崇め奉るほどの変態紳士であるリヴにネアが自分から抱きつけに行けば変な声も漏れる。常日頃から「僕は紳士さんです」とか「イエスロリータ、ノータッチ」とか叫んでいるので抱きしめ返すべきか変態紳士の矜持を維持する為にそのままハンズアップの状態でやり過ごすのか悩んでいるようであった。
ユーシアは固まるリヴからネアを引き剥がし、
「ネアちゃん、リヴ君ちょっと疲れてるみたいだからあとで遊んでもらいな」
「わあい、りっちゃんあそんでね」
「はい、ぜひ。それまでには頭の中も切り替えておきますので」
血反吐を吐く寸前だったリヴは、ネアが安全に離れたことで安堵の息を吐いていた。ネアが怖がるような無様さは見せたくないようである。もうすでに色々と遅い気がするが。
「シア先輩、今日いただきました食料品を持ってきました。部屋まで運びましょうか」
「何をもらってきたの?」
「米やレトルト食品などは元より、調味料などもありましたので料理に必要そうなものは一通り。食料調達に出かけた人員が優先的に商品を取っていってもいいそうなのでよさげなものは確保してきました」
「さすがリヴ君だね。頼りになる」
「褒めても調味料しか出ませんよ」
そんなやり取りを交わしながら、ユーシアとリヴは確保した食料品を部屋まで運び入れるのだった。




