【第9話】
さて、戦利品の確認である。
「お醤油」
「おしょーゆ」
「こっちはお砂糖」
「あまあま」
「お塩と油、オリーブオイルもあるね」
「うまうま」
「ネアちゃん、興味があるようだけど調味料だからそのまま舐めないようにね。身体に悪いよ」
「あい」
リヴが運搬してくれた箱から調味料の容器を取り出していくユーシアは、興味深そうに眺めるネアに軽く注意をする。
意外にもかなり融通してくれたようで、一通りの調味料が揃っていた。これであとは調理器具も揃えば完璧である。ホテルの部屋住まいなので調理台がほしいとか贅沢なことは言えないが、まあ携帯用のコンロなどは持ち込んでも問題はないだろう。
家電はどうだろうか。電子レンジがあればレトルト食品も簡単に食べることが出来るし、世の中にはレンチンでも美味しく出来る料理は山ほどある。ユーシアからすれば可能な限りこだわりたいところではあるが、この魔都ではまあまあ難しいだろう。
首を捻るユーシアは、
「携帯用のコンロと鍋と、あとはフライパンがあれば何とか。包丁は最悪、リヴ君のナイフを使えばいいし」
「僕のナイフ、血糊とかついてますがよろしいですか?」
「何もよろしくないね。ちゃんと綺麗にしてから貸して」
ちょうど食材が詰め込まれていた段ボールを開封していたリヴが、そんなふざけたことを言ってくる。
段ボールの中身はレトルト食品の他にトレイに詰め込まれた肉や魚などの生鮮食品も見受けられた。ホテルの部屋に冷蔵庫があってよかったかもしれない。下手をすれば食中毒を起こしかねない代物が勢揃いである。
ただ、ホテルの冷蔵庫はかなり小さいので考えて入れなければすぐにキャパオーバーである。今回はレトルト食品の割合が多いので心配はいらないだろうが、今日から食材のことをよく考える必要がありそうだ。
リヴは段ボールの奥から袋のようなものを取り出し、
「ネアちゃん、お菓子ですよ」
「おかし!!」
ネアが瞳を輝かせて振り返る。
リヴの手に握られていたのは、コットンキャンディの袋だった。日本では『わたあめ』と呼ぶらしく、雲のようなキャラクターに可愛らしく顔を貼り付けたようなデザインの袋が特徴的だった。色味もパステル調だから女の子が好みそうである。
他にも飴やチョコレート菓子などの袋や箱などが食品の箱の奥の方に詰め込まれていた。子供を匿う【OD】に取られないようにする為の行動だろう。とはいえ、リヴは横から自分のものを盗もうと考える輩が現れれば品物と一緒に銃弾やナイフの刃もくれてやりそうなものだが。
日本語で『わたあめ』と書かれた袋を眺めていたネアは、袋の文字が読めずに首を傾げる。
「んんー?」
「ネアちゃん、それは『わたあめ』と呼ぶんです。コットンキャンディですよ」
「むらさきとぴんくだったりする?」
「お空を飛んでる真っ白な雲みたいな色ですよ。お砂糖の塊なので甘いですが」
「じゃあたびる」
どうやらネアは、紫色やピンク色と言った目のチカチカする色合いのコットンキャンディであることを警戒していた様子である。リヴに言われて安心したようで、ネアは早速とばかりに『わたあめ』と書かれた袋を開封する。
中身は真っ白な綿のお菓子で、本当に雲が詰め込まれているようなお菓子だった。甘やかな砂糖の匂いがするので甘いことは確かだろうが、砂糖の塊らしく甘さしかないようだ。ネアもわたあめの匂いを嗅いで「あまーい」とはしゃぐ。
綿を千切ったネアは、ふわふわな見た目のお菓子を口に含んで顔を綻ばせる。
「おいしっ」
「よかったですね」
「りっちゃん、ありがと」
ネアはリヴにお礼を言うと、
「りりぃちゃーん、くもさんもらったの!!」
「く、蜘蛛!?」
「わたあめー」
「あ、あ、わたあめでしたか。すみません、てっきり虫さんの蜘蛛さんかと思って」
「むしさんはねあもやだよ?」
食べているわたあめを食材を片付けていたスノウリリィに見せつけに行ったネアは、千切ったわたあめをスノウリリィの口の中に詰め込んでいた。口の中にわたあめを詰め込まれたスノウリリィは困惑しながらもお礼を言い、口に放り込まれたわたあめの処理に困っていた。
甘いわたあめに、ネアも満足げである。アメリカのお菓子は着色料がバリバリ使われているし目にも優しい色合いではないので、日本のお菓子はネアの舌にはよく合うのだろう。
楽しそうな女性陣を眺めていたユーシアは、調味料の容器を片付けながらリヴに小声で問いかける。
「リヴ君、頼んだ情報は?」
「もちろんです」
リヴはユーシアへ視線をやることなく答える。
「ネオ・東京発電所ですが、ガードが硬すぎますね。軍隊もいくらか派遣されておりますし、赤外線のセンサー系も飛んでいます。簡単に破壊できない要塞ではあります」
「なるほどね、難しいってことか」
「ですが、ネオ・東京の電力を一手に担っていますので破壊できれば大打撃ですね」
「いいね、ネオ・東京のお高く止まった顔が歪む様を見れるなら、多少のリスクを冒すべきだよね」
ユーシアはリヴを一瞥し、
「さすが日本国大統領お抱えの諜報機関『カゲロウ』所属だけあるね」
「…………」
リヴの段ボールから食材を取り出す手が止まる。
「……どこでそれを?」
「ラインバーツ少佐から。結構優秀な諜報員だったんだね」
低い声で問いかけてきたリヴに、ユーシアはあっさりと出どころを吐く。
リヴの所属していた諜報機関について教えてくれたのは、ヘルエストだった。どうしてその情報を知っていたのか分からないが、おそらくそれほど有名だったのだろう。
彼が所属していた諜報機関『カゲロウ』は、歴代の日本国大統領お抱えの諜報機関らしい。忍者のように情報を収集し、必要であれば要人すら殺害する冷酷無慈悲な諜報員たちが勢揃いしているようだ。なるほど、リヴが優秀だったことにも頷ける。
黒曜石の瞳でユーシアを見据えるリヴは、
「僕が情報を漏らしていると疑っておいでですか?」
「まさか。そんなことをするような奴じゃないって思ってるし」
「では何故、今更その話題を出してきたんです?」
「単に興味本位で。日本国大統領お抱えの諜報機関所属って格好いいじゃん」
別に、ユーシアはリヴが情報を外部に漏らすような男ではないと理解しているので特に追及するようなことはない。彼がこの場から立ち去ろうとしても追いかけることはないだろう。
ただの興味本位である。彼が何故、その組織を抜け出したのか興味もある。日本国大統領お抱えの諜報機関に所属していれば給料もいいだろうし、食いっぱぐれることはないだろうに。
リヴは「そんなにいいところじゃないですよ」と言い、
「僕が情報を拾える理由はですね、僕が辞めてからシステムが変わってないんですよ」
「え、そうなの?」
「今まで辞めた奴は殺されていましたからね。システムを変えるより先に辞めた奴を殺害した方が早いという決断だったようです」
箱の中から取り出したチョコ菓子を開封するリヴは、
「だから僕って命を狙われてるんですよ、実は」
「日本国大統領を殺害しようというのは?」
「元上司なんで。辞めた奴を殺さなきゃいけないという妄執に囚われている上司を殺せば、僕は命を狙われることなく自由になれる」
ボリシャリとキノコの形をしたチョコ菓子を貪り食っていたリヴは、その1つをユーシアに差し出してくる。
「アンタは僕の為に生きてくれるんですよね?」
それはいつか求められたことだ。
「僕が自由になる為、上司を殺してくれますよね?」
「もちろん」
ユーシアはリヴが差し出してきたキノコの形をしたチョコ菓子を齧る。
チョコレートの甘さの中に、サクッとしたクッキー生地が美味しい。これは癖になりそうだ。
その行為は、まるで酒を酌み交わすかのようだ。
「殺して自由になろう」




