【第6話】
パン、と乾いた破裂音が鼓膜を揺らす。
「いたッ――ぐう」
眉間を自動拳銃で撃ち抜かれたのも束の間、ネオ・東京軍の兵士は膝から崩れ落ちると盛大ないびきを掻きながら寝始めてしまう。
爪先で軽く頭を蹴飛ばして起きないことを確認したユーシアは、残弾がなくなった自動拳銃に新たな弾倉を突っ込む。新たな弾丸を装填してから周囲を見渡すと、驚くほど静かになっていた。
東京湾港は真っ赤に染まっていた。コンクリートの地面にはネオ・東京軍の兵士が流しただろう鮮血が染み込み、鉄錆の臭いが鼻孔を掠める。真っ赤な海に沈む肉塊は、かつてネオ・東京軍の1員として故郷を守らんと立ち上がった勇敢な兵士だっただろうが、今や見るも無惨な肉の塊として死に様を晒している。
苦笑するユーシアの隣に、きゅらきゅらと音を立てて戦車がやってくる。キャタピラは真っ赤に染まり、砲塔から白煙が立ち上る。随分と大立ち回りを披露してくれた様子である。
『よう、死神ィ。随分と戦果が少ねえみたいだな!!』
「うるさい」
戦車に取り付けられたスピーカー越しにヘルエストの胴間声が喧しく響き渡るものだから、ユーシアは思わず耳を塞いでしまった。声量いっぱいに放送機器めがけて喋りかけたせいでハウリングまで起こしてしまっている。周囲の静寂さも相まって非常にうるさい。
「うるさいな、こっちは一撃必殺なんだよ。お前さんのように轢き潰して終わりって訳じゃないの」
『何だ、言い訳かァ!?』
「腹立つな」
戦果を自慢してくるヘルエストに、ユーシアは苦々しげに舌打ちをする。
ユーシアだってライフルの弾丸が無限にあれば同じぐらいの戦果を叩き出せる。弾丸という消耗品費がユーシアの財布に打撃を与えてくるのだから、少しでも節約をしないと今度はこちらが生活できなくなるのだ。
どこかの頭の螺子が外れた血塗れタイガーが貴重な弾薬代を負担してくれるというのであればユーシアも遠慮なく戦果を上げることが出来るのだが、そんな殊勝な考えなど持ち合わせていないだろう。戦車で轢き潰せば全てが終わると考えているヘルエストが恨めしい。
自動拳銃を砂色のコートの下にしまい込んだユーシアは、
「相変わらず頭のおかしい戦い方だよね。轢き潰してさぁ、原型留めてないじゃん。綺麗じゃない」
「お前は妙にお綺麗な死に方だよな。まるで眠ってるみてえ」
「寝てるんだよ。俺の異能力を忘れたの?」
戦車の蓋が開いて顔を覗かせたヘルエストに、ユーシアは悪態を吐き捨てる。
「俺は撃った相手を永遠の眠りに誘う眠り姫の【OD】だからね。俺がキスするまではどんなことがあっても起きないよ」
「え、じゃあそこの坊主にはキッスするってか?」
「しないよ、何言ってんの頭沸いてるの?」
ヘルエストが足元でいびきを掻いているネオ・東京軍の兵士を指差してふざけたことを言うので、ユーシアは即座に否定した。ついでに頭の中身も疑っておいた。
確かにユーシアがキスをすることで眠らせた相手は立ち所に目覚めるのだが、誰がそんなメルヘンチックなことをするものか。ユーシアが相手を眠らせる時は相手を殺す時と同義であり、殺した相手を生き返らせるような真似はしない主義である。
すると、
「ちょっと、いつまでごちゃごちゃと会話をしているんですか。終わったんなら少しぐらい手伝ってください」
「ああ、ごめんねリヴ君。この馬鹿がおかしなことを言うものだから」
ちょうど手付かずのコンテナの扉を開けていたリヴが、恨みがましそうな視線を寄越してくる。コンテナに積み込まれたものは重たそうな袋で、リヴは親指姫の異能力を駆使して次々とレインコートの袖に収納していく。
よく見てみると、どうやら米の袋のようだ。稲穂の絵が描かれた袋にはパンパンに米が詰め込まれており、見るからに非常に重たそうである。それが見上げるほど巨大なコンテナへ大量に詰め込まれているものだから、持ち帰ればレジスタンスの傘下に集まる【OD】たち全員に配ってもお釣りが来そうである。
手際よくレインコートの袖に米の袋を収納していくリヴは、
「ッたく、轢き潰すしか能のない脳味噌筋肉ゴリラ野郎は困りますね。困っている人がいたら助けましょうとは習わなかったんですか、習わなかったんでしょうね、習っていたら人間を轢き潰してヒャッハーなんてしてませんもんね」
「誰がヒャッハーしてるだよ、お前さっきから何言ってんだ?」
「支離滅裂なことを言うほど苛立ってるとお分かりではないですか? 本当に脳味噌を抉り出した方がいいんじゃないでしょうか?」
ヘルエストに対して悪態どころか、もはや暴言さえ吐き捨てるリヴ。それほど運搬係は退屈極まりない作業なのだろう。
普段のリヴを知っているユーシアからすれば、ネオ・東京軍を相手に虐殺を仕掛けないだけ異常さは感じている。何せ身内以外は弾け飛ぼうが轢き殺されようが構わず、むしろ進んで殺しに行く殺意の強さを見せつける始末である。そんな邪悪な真っ黒てるてる坊主が運搬係に甘んじているのだから驚くべきだ。
ユーシアは苛立つリヴを「まあまあ」と宥め、
「ほら、俺も運ぶの手伝うわ重たいッ!?」
「10キロ近くありますよ、それ。普通に運ぶのは容易ではないかと」
米の袋を持ち上げたらとんでもない重力が襲いかかってきて、ユーシアは思わず袋を落としかけた。寸前でリヴが袋を引っ掴み、親指程度のサイズに縮めるとレインコートの袖に収納していく。
こんな10キロ近くある米の袋を次々とレインコートにしまい込むとは、さすが希少な異能力持ちの優秀な相棒である。重さすらも無視するとは驚くばかりだ。
米の重さのあまり腰をやりそうになったユーシアは、
「やばッ、ちょ、腰やりそうになった……」
「シア先輩はだらしないですね。その年齢でぎっくり腰にでもなったら指差して笑いますからね」
「いや本当にそうされてもおかしくない……」
痛む腰をさすったユーシアは、とりあえず米が積まれたコンテナから離れることにする。このコンテナに積まれた米はリヴに任せて、他の手付かずのコンテナから荷物を取り出そう。
ヘルエストはそんなユーシアの姿を見て「情けねえなァ!!」と胴間声を響かせたが、すかさずリヴが彼の脇腹に肘鉄を叩き込んでいたのでその場に崩れ落ちた。ざまあみろである。
他のコンテナに向かおうとするユーシアが顔を上げると、
――ぼおおおおおお。
どこからか、低い音が聞こえてきた。
汽笛というにはどこかくぐもっている。何の音かと周囲を見渡すと、潮風に混ざって煙の臭いがかすかにユーシアの鼻孔を掠めた。
海からやってくる荷物を受け入れる為に作られた東京湾港から離れたその先――海の上に巨大な建造物が浮かんでいる。どうやら人工島に建てられているようで、何本もの突き出た煙突から黒煙が噴き出ていた。工場か何かの設備だろうか。
ユーシアがその巨大な建造物に目を凝らしていると、
「シア先輩、何をそんなに熱心に眺めているんです?」
「ああ、うん。あれ」
あらかた米の袋をレインコートの内側に収納し終えたのか、リヴが背後から寄ってくる。
ユーシアは海に浮かぶ人工島と、巨大な建造物を指差した。箱が重なったような建物の見た目は、外から眺めているだけでは正体が掴みづらい。狙撃手として培った視力を駆使しても何なのか不明だ。
リヴもまたあの巨大な建造物に覚えはないのか、不思議そうに首を傾げるばかりだ。もしかしたらリヴが日本を飛び出したあとに作られた建造物なのかもしれない。
「どうした、お前ら。カモメでも食おうって魂胆なら止めとけよ」
「それはお前さんだけではないの、ラインバーツ少佐」
「いやそんなこと考えてねえし!?」
ヘルエストが声をひっくり返す。どうやらカモメを食おうと考えたことはあるようだ。
ユーシアとリヴの冷ややかな視線を無視して、ヘルエストが巨大な建造物の存在にようやく気がつく。遠くに見える人工島、そして黒煙を噴き出す煙突の群れが突き出た建造物を前に「ああ」と頷いた。
そして、彼の口からとんでもない事実が飛び出す。
「ああ、ネオ・東京発電所だろ。あそこの発電所でネオ・東京の電力が賄えてるって噂だけど、どうなんだろうな」
――これ以上なく、いい情報ではないか?




