【第5話】
リヴが奪った戦車にヘルエストが乗り込み、いざ戦闘開始である。
『逃げろ、奴らだ!!』
『クソ、邪魔しやがって!!』
『殺せ!!』
『連中なんて敵じゃない、殺せ!!』
東京湾港には無数の怒号と悲鳴が飛び交う。
戦車が砲塔をこちらに向ければ横から別の戦車が突っ込んで体当たりをし、同じく砲塔を振り回して攻撃。別方向から攻撃されるより前に正確な砲撃をお見舞いして敵兵を吹き飛ばす。まだ生きている無事な兵士を容赦なく轢き殺し、蹂躙する戦車は東京湾港を赤く染めていく。
逃げ惑う兵士はどこからともなく飛んでくる銃弾に脳天をぶち抜かれるも、その弾丸で傷ついた様子はない。すやすやと夢の世界に旅立ったまま帰ってくる気配はなく、そこに戦車が追い打ちをかけるように轢き殺す。
銃声と悲鳴と怒号、それからその他諸々が飛び交う東京湾港はまさに地獄そのものだった。
「全く、弾代だってバカにならないのに」
「これが終わったらボスに請求すればいいんじゃないですか? 実費で精算してくれるか、もしくは今度から弾丸も必要物資として寄越してくるのでは?」
「それもありか。一応は外資系の会社を経営してたって言ってたよね、そのぐらいの知識は持ち合わせているかぁ」
建物の影に潜んで、ユーシアは純白の狙撃銃に頬を寄せる。冷たい銃把に縋り付き、引き金に指を乗せて、照準器を覗き込んだ。
十字線の上に乗る兵士はこちらに気づいていない。引き攣った表情で彼が見上げているのは、東京湾港の中心で味方を轢き潰して遊ぶ戦車乗りである。轢き潰して、砲撃を浴びせて吹き飛ばし、次々と無防備に殺されていくのは、あまりにも哀れで仕方がない。
リヴはそんな大暴れをする戦車を眺め、
「さすがですね、あの熊みたいな奴は。戦車乗りには数人ほど必要なはずですが」
「レジスタンスの中に砲撃手と操縦士がいるんじゃない? あの少佐はどっちも出来るけど、どちらかと言ったら操縦士で轢き殺していくのが多かったなぁ」
革命戦争でかつて見た彼の荒々しい戦いっぷりを思い出し、ユーシアはのほほんとした口調で言う。
ヘルエストは戦車乗りとして名を馳せたが、どちらかと言えば戦車を操る操縦士の役目が多かったような印象だ。容赦なく【OD】を轢き潰していく様は歯止めの効かなくなった猛獣と言えよう。一応は砲撃手も担ったことはあるらしいが、根本的に彼の頭の中には『轢き殺す』ぐらいしか手段はないようだ。
それならわざわざ戦車ではなくても、重量のある車両で轢き殺せばいいだけの話にならないか。おそらくヘルエストの中では「相手を轢き殺せて、なおかつ砲撃も出来て蹴散らせるお得な武器」ぐらいの認識だろう。
「やだね、死体もぐちゃぐちゃ。もうちょっとぐらい綺麗に殺してほしいものだよ」
「僕は綺麗に殺せますよ?」
「どこで張り合ってんの」
リヴが何故かヘルエストと張り合ってきたので、ユーシアは「そうだね」と適当に肯定しておく。まあ実際、リヴも綺麗に殺そうと思えば殺せる方なので何も文句はない。
一方でヘルエストが殺した兵士はぐちゃぐちゃな死体を晒すばかりだ。骨はひしゃげ、肉は押し潰されて弾け飛び、臓腑と血液でコンクリートの地面を汚していく。綺麗もクソもない殺し方である。本当に見ていられない。
ユーシアは照準器を覗き込み、それから引き金を引く。
――タァン!!
細長い銃声が、戦車の駆動音に掻き消される。
照準器で狙われていた兵士のこめかみにユーシアの撃った弾丸がぶち当たるも、彼の身体から血は流れない。風穴も開かない。悔しいかな、ユーシアの【OD】の異能力がそうさせるので、撃たれた彼らは永遠の眠りの世界に誘われるだけだ。
撃たれた衝撃で血塗れの地面に飛び込み、そのままぐーすかと寝こける兵士の姿を確認してからユーシアは排莢する。新しい銃弾を薬室に叩き込んでから、再び照準器で新たな標的を探す。
すると、
『あっちにもいるぞ!!』
『狙撃手だ!!』
『面倒な奴から殺せ!!』
標的がこちらを向いていた。
軽機関銃を一斉に構えたところを目撃してしまったユーシアは、慌てて建物の影に隠れる。
その直後に、銃弾の雨が建物の壁を穿つ。立て続けに聞こえてくる銃声が鼓膜に突き刺さり、銃弾が壁を擦る嫌な音が混ざり込む。居場所がバレた狙撃手など攻撃できない。
ユーシアは舌打ちをし、
「ラインバーツ少佐もちゃんと囮役をやってよね。何でこっちがバレてんの」
「囮役の才能がないんですよ、きっと」
リヴはネオ・東京軍の戦闘服からいつもの真っ黒なレインコートに着替えていた。格好よかった戦闘服から真っ黒てるてる坊主に戻った訳だが、レインコート姿の方が見慣れているので何も言うことはない。
着替え終わったリヴは、レインコートの袖から真っ黒い球体を取り出した。パイナップルのように表面が凸凹としたそれは手榴弾である。
手榴弾のピンを引き抜いたリヴは、
「これでさっさと死んでくださいね」
銃弾の雨が吹き荒ぶ中、手榴弾を放る。
兵士たちの足元に手榴弾が落ちると、相手は慌てたように銃撃を止めてその場から逃げ出す。が、逃げ出す前に手榴弾が爆発して数名の兵士を巻き込んで爆発した。
どうにも普通の手榴弾よりも威力があるように見える。建物の影から状況を確認すると、黒ずんだ地面の上にバラバラとなった死体が転がっていた。あれはもう無事では済まないだろう。
余波も凄まじかったようで、片腕や片足をなくした兵士が地面に転がって痛々しげに呻いていた。見るも無惨な最後である。
「せめて安らかに眠らせてあげようかな」
「お優しいですね」
「俺は優しいでしょ、いつだって」
「はにゃ?」
「引っ叩くよ」
何か変なことを宣う相棒の脳天を引っ叩いてから、ユーシアは純白の狙撃銃で次々と四肢欠損状態に陥った兵士たちを眠らせていく。これで麻酔代わりになればいいが、まあ誰かしらに殺されるだけだろう。
「それよりリヴ君、荷物の方はどうしたの? そのまま放置されてるみたいだけど」
「おっと、そうでしたそうでした。拾わなきゃいけないんでしたっけ」
放置されたままの巨大なコンテナには、回収の任務を請け負った仲間の【OD】が群がっている。コンテナの扉を荒々しく開け放ったと思えば、中に積まれていた箱や大きめの袋などを次々と運び出していた。
彼らはリヴのようにどんなものでも親指サイズにまで縮める異能力など持っていないので、自然と乗ってきた車のトランクやトラックの荷台などに詰め込んでいる。まるでバケツリレーのように運び出している様は協力していて素晴らしいだろうが、どこか効率が悪いようにも思えた。
レインコートの袖から注射器を滑り落としたリヴは、
「すみませんがシア先輩、援護をお願いしてもいいですか」
「いいよ。機関銃でいい?」
「何でも構いません。僕が死ななければそれで」
「了解」
注射器の針を首筋に突き刺し、シリンダー内で揺れる高濃度の【DOF】を投与したリヴは、フッとまるで幽霊のように姿を掻き消す。相棒の姿が消えたところを見計らい、ユーシアは純白の狙撃銃をライフルケースにしまった。
ライフルケースを背負い、ユーシアは建物の影から飛び出す。地面に落ちていた軽機関銃を拾い上げると、慣れた手つきで安全装置を外して銃口をネオ・東京軍の兵士たちに向けた。
引き金を引くと、リズミカルな銃声が鼓膜を打つ。
――タタタタッ、タタタタタタッ!!
連続で射出される銃弾は、大半が兵士たちの身体を射抜く。戦闘服を血で染め上げることはなく、その場で崩れ落ちるといびきを掻きながら寝始めてしまった。
やはり純白の狙撃銃ではなくても、ユーシアの異能力は健在のようである。撃たれた人間はみんな夢の世界に囚われてしまった。
あっという間に軽機関銃の弾丸を撃ち切ってしまったユーシアは、
「やっぱり狙撃銃の方がいいな」
そんなことを呟き、残弾がなくなった軽機関銃をあっさりと手放して懐に忍ばせた自動拳銃を引き抜くのだった。




