【第4話】
――東京湾港。
「こんな場所あるんだね」
「ネオ・東京が出来た際に作られた港ですね。主にこの場所からネオ・東京に向けた貨物が運搬されるようです」
東京湾を切り開かれて作られたとされる港を前に、ユーシアは「へえ」と応じる。
大型の貨物船が停止している東京湾港には、数多くのコンテナが運び出されていた。カラフルなコンテナの中身に食料が詰まっているのだろう。大量の作業員が行き交う中で、迷彩柄の軍服を着た人間も混ざって周囲を警戒している。
港に配置するには明らかに物々しい雰囲気のある戦車の群れや、機関銃などを携えた軍人が大勢配備されていた。この東京湾港は魔都に存在するものだが、すぐ近くにネオ・東京もあるので【OD】に狙われる訳にはいかないのだろう。
建物の影に潜んで東京湾港の様子を伺うユーシアとリヴは、互いの顔を見合わせた。
「あれをどうにかするの? 無茶じゃない?」
「まあ、多少の無茶は重々承知でしょう。【OD】は人智を越える異能力を発揮しますからね、腕が鳴りますよ」
リヴは「ところで」と言い、
「あちらの人はどうにかならないんですかね」
「まだ邪神様のところから帰ってこれないみたいだね」
数人の仲間たちに取り押さえられるヘルエストの姿を眺め、ユーシアとリヴは苦笑する。まだ今朝のスノウリリィ特製邪神料理の幻覚症状から帰ってこれていないようで、未だに「あははひははは」と平坦な声で笑っていた。あのままだと今後一生帰ってこれないかもしれない。
それは困る。この場においてヘルエストはなかなか使える戦力だ。革命戦争で【OD】を轢き潰して真っ赤な道を敷いたその実力を発揮してもらわないと、ユーシアとリヴもちょっとばかり困る。
ユーシアは肩を竦めると、
「ほらいい加減に起きなよ、ラインバーツ少佐。そろそろいい夢は見られたでしょ」
「へぶぅ!?」
ユーシアは問答無用でヘルエストの顔面を殴った。
狙撃手だからあまり力が入らないと言っても、的確に鼻っ面を捉えてぶん殴る。いきなり顔面を殴られたヘルエストの口からくぐもった悲鳴が聞こえてきて「何しやがる!?」と叫んできた。どうやら正気に戻ったようだ。
しれっと明後日の方向を見上げるユーシアは、
「さて、ラインバーツ少佐も元気になったし仕事しようかな」
「おう、ちょっと待てや死神。あの飯は一体何だ」
「大丈夫、俺も最初は見た目が悪いだけで食べても平気だろとか思って食べて正気を失ったことあるから」
「どの辺りが大丈夫って言えるんだ!?」
ヘルエストに掴みかかられるユーシアは、うんざりしたような表情で「んもー」と言う。
「別にいいでしょ、無事だったんだから。正気に戻れてよかったね」
「下手すりゃあのまま頭が狂ってたかもしれねえってのに……」
「身体が頑丈でよかったじゃない。もしかしたらおつむの方は緩かったから助かったかもしれないよ」
「テメェ、友軍爆破してやろうか」
「その脳天に気をつけな、ラインバーツ少佐殿。俺はどこからでも狙えるからね」
革命戦争で名を馳せた『血染めの虎』と『白い死神』による真っ向からの睨み合いで、他の戦闘要員はハラハラした面持ちで見守る。この2人を止められる人物などそうそういないので、このまま武力行使でも始めたら止められる訳がなかった。
食料を強奪する作戦が実行される前に、最大戦力が身を削り合って喧嘩をするのは合理的ではない。ユーシアも出来ればヘルエストとの殴り合いは回避したいので、ここは適当に流すべきだったかもしれない。
すると、
「シア先輩、いつまで睨み合っているんですか。とっとと仕事をしますよ」
「うわ、リヴ君どうしたのその格好」
「ネオ・東京軍の戦闘服です。さっき剥ぎ取りました」
仕事を促してきたリヴの格好を目の当たりにして、ユーシアは素直に驚いた。それまでは真っ黒なレインコートを着ていたはずなのに、いつのまにか迷彩柄の戦闘服を身につけていたのだ。軽機関銃や防弾チョッキなども完全装備で、建物の向こう側を歩き回る軍人たちと同じ格好をしている。
彼の足元には、下着1枚にひん剥かれた男が転がっていた。口には紫色の何かが詰め込まれており、白目を剥いて紫色の何かが詰め込まれた口の隙間から泡が噴き出ている。あの紫色の何かは、きっとスノウリリィ特製の邪神料理だろうか。
ユーシアはリヴの足元に転がる男を指差し、
「リヴ君、それ何?」
「お疲れなんじゃないんですか?」
「お疲れじゃないよね、どう考えても別の原因が口にあるよね」
「嫌ですね、シア先輩。僕はお疲れの公僕様に元気をお届けするべく差し入れをしただけですよ。お口にこんな詰め込んで、よほど美味しかったんでしょうね」
「口に詰め込まれているんだよね。自分から詰め込んだ訳じゃなくて、詰め込まれているよね」
リヴがいい笑顔で「差し入れした」とか言うが、絶対にこんな紫色の物体を自ら口に詰め込むとかあり得ないのだ。どうせ抵抗したところで無理やり口の中へ捩じ込んだに決まっている。スノウリリィの邪神料理すら武器として扱うとは末恐ろしい相棒である。
迷彩柄の戦闘服で集団の中に紛れ込む気満々のリヴは、軽い調子で片手を上げて「じゃ、行ってきます」と言うなり堂々とした足取りで建物の影から飛び出してしまう。何をするのかと思えば、同じように警備の任務中であった軍人に敬礼すると何やら日本語で話し始めていた。
漏れ聞こえてくる会話は、概ねこんな感じである。
『お疲れ様です。こちら異常ありません』
『そうか』
『引き続き、向こう側の見回りをしてきます』
『気をつけろ。【OD】は何をしてくるか分からん』
『了解しました』
そう言うと、リヴはまた堂々とした足取りでどこかに立ち去ってしまう。
彼が向かった先に視線をやると、待機状態にある戦車があった。なるほど、とりあえず武器を調達するのは定石である。
リヴがあっさりとネオ・東京軍の軍人たちに紛れ込む姿を見ていたヘルエストは、
「あの坊主、何者だぁ? あんな自然と溶け込めるなんてよほど演技力が高えんだなぁ」
「元々は優秀な諜報官だったらしいよ。辞めたみたいだけど」
「へえ?」
ユーシアの言葉にヘルエストは琥珀色の瞳を眇め、
「どこの諜報機関にいたんだろうな。あんなに優秀だと組織も手放したくなかったんじゃねえか? 調教も大変そうだしよ」
「どこだったかな、カゲロウって言ってたっけ。あんまりよく話は聞いたことないんだけど」
「カゲロウだって?」
ヘルエストがあからさまに驚いたような口振りで言う。
過去に、リヴが『カゲロウ』という諜報機関に所属していたという話は聞いたことがある。ただ、その組織がどんなものなのかまでは詳しく聞いていない。ユーシアも革命戦争時代の話をしていないので、そこはお互い様の雰囲気があるのだ。
ところがヘルエストの反応を見る限りだと、どうにもその『お互い様』で片付けられなくなってきているような気がした。もしかしたら、リヴはとんでもない諜報機関に所属していたのではないかと予想できる。
ユーシアはヘルエストの野獣めいた顔を見上げ、
「何か知ってるの?」
「カゲロウって言えば」
ヘルエストの声は、砲声によって掻き消される。
晴れ渡った青い空に、戦車の砲弾が打ち上げられた。放物線を描いた砲弾はネオ・東京軍が用意した別の戦車や軍用の車両などを吹き飛ばす。ちょうどコンテナを移動させていた作業員や待機状態だった軍人たちの口から悲鳴が上がった。
ネオ・東京軍の軍人に囲まれながらも、ひとりでに動き回る戦車を確認した。キャタピラで味方を轢き殺し、大砲で作業員ごとぶち抜き、たった1台で地獄のような光景を作り上げる。
ユーシアはライフルケースから純白の狙撃銃を取り出すと、弾丸を薬室に送り込んでいつでも撃てるように整える。
「リヴ君が戦車を盗んだよ、少佐。お前さんの出番じゃないの?」
「お、おう、そうだな」
周りの軍人をあらかた蹴散らしたことを確認して戦車から顔を出すリヴの姿を一瞥し、ユーシアは逃げ惑う軍人たちを狙うのだった。




